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10 愚かな自分

(フランチェスカ……)



フランチェスカを愛していたのだと自覚してからは、よりいっそう自分の愚かさに呆れた。



(私は何ということをしてしまったんだ……)



彼女が亡くなってからそれに気付くなど……遅すぎた。



私はフランチェスカを愛していたのだ。

それもずっと前から。

ただ単に、気付けなかったというだけで。



(待てよ……それなら私がフレイアに抱いていた気持ちは一体何なんだ……?)



私は自分のことがよく分からなくなっていた。

私がフランチェスカに抱いている感情を愛と呼ぶのならば、フレイアに抱いていた感情は何なのだろうか。



五年前、私は市井で働くフレイアの笑顔を見て恋に落ちた。

間違いなく初恋だと、そう思っていた。

だけど今はもう何が何だかよく分からない。



そもそも私が王に即位してからフランチェスカに会わなくなったのは仕事が忙しいというだけではなかった。

成長した彼女を前にすると変な気分になるから出来るだけ会うのを避けたのだ。

あの頃は何故そんな気持ちになるのか分からなかったが。



その後、フランチェスカに会わないことで疲れが溜まっていった私は気分転換として市井へと下りたのだ。

そこでフレイアと出会い、親しくなった。

私はそれまでフランチェスカ以外の異性とはほとんど関わったことが無かった。



(あのとき、私がフランチェスカだけを見ていれば彼女は今も私の隣で笑っていたのかもしれないな……)



私は愚かだ。



フランチェスカを蔑ろにし、追い詰め、最後は……

考えるだけでゾッとした。

私はどれだけ彼女に酷いことをしたのだろうか。



フランチェスカは私の光だった。

国王と王妃である私の両親は優しい人だったが、忙しくてなかなか会うことが出来なかった。

そのため、子供の頃は一人で過ごすことの方が多かった。

そんなときはいつだってフランチェスカが私の傍にいてくれた。



フランチェスカは他の貴族令嬢のように私に媚びたりもせず、純粋に私を慕ってくれていた。

そんな彼女に好感を抱いてプロポーズした。



一体いつから、私たちはすれ違ってしまったのだろうか。

私の婚約者になってからのフランチェスカは私と過ごす時間よりも王太子妃教育を優先することがよくあった。



そんな彼女を見ているうちに自分の妃では無く王妃になりたいだけなのではないかと疑うようになった。



(そんなわけがないのにな……)



今なら分かる。

フランチェスカは私のために良き王妃になろうと努力していただけなのだ。



それなのに私は、そんな彼女を―






――コンコン



そんなことを考えていたそのとき、自室の扉がノックされた。



「陛下、私です」



外から侍従の声がした。



少しだけ寝るつもりだったのに、気付けばもう朝になっていたようだ。

部屋の窓からは陽の光が差し込んでいる。

よく晴れた空なのに、私の心はずっと曇ったままだ。



フランチェスカのいない世界はこんなにも寂しいのだなと改めて思う。



「入れ」



私は寝台から起き上がって、部屋の外にいる侍従に声をかけた。



「失礼します」



部屋に入り、私の姿を見た侍従は驚いた顔をする。



「陛下、汗が……何か悪い夢でも見られたのですか?」



侍従が心配そうな顔で尋ねた。

嘘を付く気にもなれなかったので、私は正直に答えた。



「……フランチェスカの夢を見た」

「……そうですか」



その瞬間、侍従の声は先ほどとは打って変わって冷たくなった。

私は気にせずに、そのまま言葉を続けた。



「私は……愚かだった。フランチェスカを愛していたのに……」

「陛下、気付くのが遅すぎますよ……」



そう言った侍従の顔は悲しみに暮れていた。

きっと侍従もフランチェスカの死を悲しんでいるのだろう。

この男もフランチェスカとは長い付き合いだったから。



「それより、昨日フレイア様の元へ行かれると言っていたのに結局行かれなかったのですか?」

「……あぁ、一度は会いに行ったんだがな。フレイアといると何故か疲れる。しばらくの間、出来れば会うことを避けたい」



昨日はフレイアと少し話をしただけでどっと疲れが溜まった。

ただでさえ仕事が残っているというのに、これ以上面倒事を増やしたくは無かった。



「……そうですか」



侍従の声が普段通りに戻る。



この侍従は前からフレイアのことを良く思っていなかった。

少し前までの私はそれが不愉快だった。

しかし、今はこの侍従の気持ちがよく分かるような気がする。



私はそう思いながらも着替えを始める。

今日もやることがたくさんある。

相変わらず身体は重いままが、昨日よりかはだいぶマシだ。

夢でフランチェスカに会えたからだろうか。

これなら執務も出来そうだ。



そのとき、着替え中の私に侍従が話しかけた。



「陛下。今日、先代の国王夫妻が王宮へ訪れるようです」

「なんだと?父上と母上が?」



私は突然の知らせに驚いた。



――先代の国王夫妻



私の父と母だ。

六年前に退位してからはここから少し遠い離宮にて二人で過ごしている。



私の父は国王にしては珍しく側妃や愛妾を作らず、母だけを愛していた。

そして母もまた父を心から愛していた。

政略結婚ではあったが、二人は間違いなく愛し合っていた。

そんな両親から生まれたからか、私も愛されて育った。



国王と王妃という忙しい身ではあったが、定期的に私と過ごす時間を作ってくれたり、誕生日はいつも盛大に祝ってくれる優しい両親だった。



「はい、フランチェスカ様が亡くなったことで陛下を心配していらっしゃるのではないでしょうか」

「……」



それを聞いた私はふと思った。



父上と母上は私がフランチェスカにしていたことを知ったらどう思うのだろうか。



父は私の憧れだった。

強く、優しく、時には厳しい、国民から慕われる父上が。



そして母もまた好きだった。

いつも優しく穏やかな笑みを浮かべ慈しむように私を見つめていて、頭を撫でてくれる母上が。



私は父上と母上にフランチェスカとフレイアのことを包み隠さず話そうと思った。

きっと父上と母上は私を蔑み、罵倒するだろう。



だけどそれでもよかった。

父上と母上に隠し事はしたくなかったから。



「……分かった、すぐに準備する」



私は侍従にそれだけ返した。




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