第55話
「先日、近隣国の第一王女との縁談の話を持ち掛けられましたが、丁重にお断りすることにします。……ずっと、待っていますよ。あなたが約束通りに、この国一番の魔導師になる日を」
本当に……?
王女様との縁談を断ってまで、私を待ってくれるんですか……?
いや、でも、そんな……
こんなこと、あるはずがない……
夢?
違う、夢じゃない。
じゃあ、冗談?
ナディアス王子は、こんな冗談で人をからかうような人じゃない。
軽いパニックになり、「あぅあぅ」という、意味のない言葉しか発することのできない私に、ナディアス王子は優しく微笑みかけ、少しだけ照れたように言う。
「アンジェラさん。私も、気高く誠実なあなたのことを好いていたのです。……しかし、私たちは教師と生徒でしたし、歳の差もありますから、この気持ちは決して話すまいと心に決めていました。そもそも、私は身分を偽っていましたからね。どう状況が変わっても、この恋は成就するはずがない……そう思っていました」
「あぅ……あぅ……」
「しかし、あなたは身分の差や歳の差などものともせずに、想いを打ち明けてくれた。だから私も、自分の想いを正直に話すことにしたんです。……それとも先程の告白は、もしや冗談だったのですか?」
いつまでたっても「あぅあぅ」としか言わない私に、ナディアス王子は不安そうな顔を向けてくる。私は、大急ぎで首を左右に振ると、やっと、まともな言葉を口から出すことに成功した。
「ち、違います! 真剣です! 私、こんなことで、冗談を言ったりしません!」
「良かった。では今ここで、婚約を結びましょう。さあ、誓いの口づけを」
ナディアス王子と婚約……そして、誓いのキス……
信じられない……本当に、夢のような話だわ……
私は、夢うつつのまま、ナディアス王子の広い背に手を回し、口づけをした。
甘い喜びに頭の芯がしびれ、体はチョコレートのように蕩けていく。
不意に、先程エミリーナが見ていた天窓が、視界に入る。
青空に映える、白い雲。そして、そよ風に揺らされる青々とした木立。その輝かしい光景は、かつてエミリーナの曽祖父が日記に書いたように、この世の何よりも美しく、私には見えた。
『景色というものは、見る側の心境や立場が違うと、まったく違って見えるもの』
ついさっき、ナディアス王子が言っていたことが、頭によぎる。
……本当に、その通りだ。最上の幸福に包まれている今の私にとって、天窓から差し込む陽光は、天国から漏れだした聖なる光としか思えないほどに神々しい。




