第53話
「……これから、色々あると思うけど、くじけないでね」
チェスタスは微笑を浮かべ、「ああ」と頷き、今度こそ本当に部屋を出て行った。残された私は、ナディアス王子に問う。
「チェスタスは、本当に大丈夫でしょうか?」
ナディアス王子は腕組みをし、少しだけ思案してから、答える。
「これからしばらくは、今までの優雅な生活とのギャップで、相当につらい日々が続くでしょう。先程までの甘ったれた根性のままであったら、耐えきれずに、自死の道を選んだ可能性もあります。しかし、今の、去り際の彼の瞳には、生き方を改めるという決意と、確かな意志の力を感じました。だから、心配いりませんよ」
「そう……ですね。……あの、ナディアス王子、もしかしてさっきは、チェスタスに考え方を改めさせるために、わざと厳しい言い方をしたんですか?」
「ええ、まあ。王立高等貴族院に教師として潜入し、半年という短い期間でしたが、チェスタスくんも、私の受け持った生徒の一人でしたからね。なるべくなら、彼を正しい道に導いてあげたかったんです。彼のためにも、私自身の、教師としてのけじめのためにも」
……そっか。
もう、潜入を続ける理由はなくなったから、ナディアス王子――いえ、メイナード先生は、学校を去ってしまうんだ。そう実感すると、なんだか切ない痛みが、胸の中に浮かんだり消えたりする。
私は、自分の胸に手をやり、ナディアス王子に問いかけた。
「……ナディアス王子、またいつか、あなたに会えますか?」
ナディアス王子は、これ以上ないほど優しい笑みを浮かべ、答える。
「もちろんです。アンジェラさん、あなたが成長し、宮廷魔導師になったなら、私たちは一緒に、この国のために働く良き仲間となれるでしょう」
それは、未来への希望をともすような、明るい答えだった。
しかし、私が求める答えには、少し足りない。……『この国のために働く良き仲間』というフレーズが、小さなとげのように心に刺さり、純粋に喜ぶことができない。
そう。
『良き仲間』では、いやなのだ。
だって私は、分不相応にも、ナディアス王子殿下に、ささやかな恋心を抱いてしまっているから。
ナディアス王子にとって、特別な人になりたい――
なんて、図々しい考えだろう。
理性ではそう思ったが、心はもう、止まらなかった。
私はナディアス王子の袖を引き、緊張で身を強張らせながら、口を開く。
「あ、あの、ナディアス王子。私、あなたに伝えたいことがあるんです」
言いながら、私の理性は、必死で私の口を閉じさせようとする。
伝えたいことって、何を伝えるつもりなの?
まさか、『あなたが好きです』だなんて、戯言をほざくつもり?




