第37話
ナディアス王子はガンアイン氏の質問には答えずに、私のそばへと歩いて来た。いつもとはまるで違う雰囲気にドキドキとし、私は思わず上ずった声をあげてしまう。
「あ、あ、あの、メイナード先生、い、いや、本当は、先生じゃなかったんですよね? ナディアス王子殿下とお呼びしなきゃ……」
慌てる私に、ナディアス王子はいつも通りの優しい笑顔で答える。
「どちらでも構いませんよ。アンジェラさんの呼びやすい方で呼んでください」
呼びやすい方でと言われたら、当然、今まで通りに『メイナード先生』と呼ぶ方が呼びやすいが、さすがにこの国の王子様をそんなふうに呼ぶわけにはいかないだろう。私は一度咳払いし、襟元を正すと、改めて尋ねる。
「で、では、ナディアス王子。改めてお聞きしたいことがあります。……ナディアス王子は、どうして名前と身分を偽って、王立高等貴族院で先生をやっていたんですか?」
ナディアス王子は穏やかな笑みを浮かべたまま、ぴしゃりと言う。
「端的に言うと、潜入調査です」
「潜入調査? 王子様が、何故そんなことを……」
「そうですね。では、順を追って説明しましょう。あちらで聞き耳を立てているガンアイン殿も、その方が、なぜこんなことになったのか理解しやすいでしょうし。……まあ、彼はもう、おおよその事態を把握しているとは思いますが」
ガンアイン氏は、びくりと肩をすくませた。その表情はまるで、追い詰められた獣である。ナディアス王子は、一度だけガンアイン氏に視線を向けると、私の方を向いて静かに語り始めた。
「私はこの国の第二王子として、王宮で働く宮廷魔導師たちを指揮し、様々な問題を解決する立場にあるのですが、ここ数年、若い宮廷魔導師たちの素行の悪さがあまりにも目立つようになり、調査の結果、その原因がどうやら王立高等貴族院と、ディアルデン家にあることを突き止めました」
「…………」
「王立高等貴族院の理事長と、ディアルデン家のガンアイン殿は結託し、多額の報酬と引き換えに、ありとあらゆる不正をおこなっていたのです。……裏口入学、成績の操作、挙句の果ては、本来なら宮廷魔導師に選抜されるべきではない、問題のある生徒を王宮に推薦したり、それはもう、やりたい放題でした」
ガンアイン氏が、卑屈な愛想笑いを浮かべながら反論する。
「ほほ、ほほほ……わ、わたくしめは、決してそのようなことは……」
その反論を無視して、ナディアス王子は話を続ける。
「しかし、彼らの悪行を裁くための決定的な証拠が、どうしても見つからない。この国の司法制度は、『疑わしきは罰せず』ですからね。どんなに怪しくても、状況証拠や、関係者の証言だけでは罪に問えないのです。……だから私は身分を隠し、自分自身で王立高等貴族院に入り込み、さらに深く問題の根を探ろうと思ったんです」




