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板の上

作者: 千子
掲載日:2022/09/18

昔から綺麗なものが好きだった。

キラキラ光ってまるでお星さまのような。

そう、スターになりたいって思ったのは自然の事のようだった。

そして中でも舞台の上で一発勝負、決して失敗は許されないスポットライトが当たる役者への憧れが強かった。

でも、私には人目を引く美貌も特出した才能もなく、演技は下手でオーディションも何十回、三桁を越えた辺りで夢は諦めてしまった。

私は、役者にはなれなかった。

違う。なることを諦めてしまった。


けれど、輝くスターを一番近くで見ていたくて、小さな劇団ながらも裏方の仕事に就くことが出来てとても幸せだった。

劇団の規模からもいつも小さな会場でしか演技が出来ないけれど、それでも舞台に上がる主役達は私にとって特別な存在だった。

キラキラキラキラ煌めいて、その輝きに自分まで光ってどこまでも行けそうな感覚に陥る。

例え幕が上がれば脇から見ているだけでも、舞台の上のことを支えるだけの存在でも、私も舞台に関わっていてこの煌めきを作る一員だと誇りが持てていた。




ある日発表された大きな劇団の新人発掘オーディション。

数日間開催されるこのオーディションは既に役者として活動していても活動開始から三年以内なら参加でき、上位賞に入れば大きな仕事が貰え、主役に選ばれることもあるという。

その舞台裏の手伝いに所属劇団を通じて私も呼ばれた。

本当は、オーディションを受けてみたい気持ちはある。

でもきっと私なんて予選落ちだろう。

今までを考えてみても、私にスポットライトは当たらない。




そして迎えたオーディション当日。

見知った顔が居ることに気が付いた。

神崎明子。

彼女には覚えがあった。

小学校から高校まで同じ学校で、同じ演劇部に所属していた。

大学時代は知らない。

彼女にも才能はなく、いつも舞台袖で一緒に主役達のサポートをしていた筈であり、特に親しくはないけれど、同じ道を歩いていただけに顔見知りと言ってもいい仲だった。

けれど彼女はあの頃の彼女とは違う。

彼女は、舞台女優としてこのオーディションに挑もうとしている。

裏方しか出来なかった私とは違う。

いつの間にか道は違えていたのだ。




オーディションの待ち時間の最中、神崎さんは私を覚えていて、久し振りと声を掛けてくれた。

二人で自販機近くのベンチに座る。

「そっちもオーディションに参加するの?」

「ううん。裏方の仕事だよ」

「そっか。頑張ってね」

笑う神崎さんとの間に溝を感じた。

オーディションを受けないと決めたのは自分なのに、過去に同じように舞台袖にいた彼女がオーディションを受けることに少しの嫉妬のような感情が芽生えた。

「神崎さんはすごいね。私なんてオーディションを受けようとすら思えなかったよ」

「そんなことないよ。オーディションを受けるだけなら誰でも出来るから応募しただけで、どこまで出来るか分からない。でも、出来るだけ頑張るつもりだよ」

「それでもすごいよ。私には、そんな度胸も才能もないから」

「ふぅん」

神崎さんは興味無さ気に言うと席を立ち、「道がないから歩かないっていうのは、楽でいいわね」と言った。

その言葉は酷く私に突き刺さった。

「道がないなら、作ればいいのよ」

神崎さんが笑った。

彼女はこんなに強い女性だっただろうか。

彼女はあれほど才能がないと過去に散々見せ付けられたにも関わらず、自分の道を自分で作ってきたんだろう。

彼女は確かに女優になれる、いや、もう既に女優であると思った。

私にしか見えないスポットライトで彼女は輝いていた。


簡単な私は嫉妬も失くなりかけ密かに神崎さんを応援した。

失くしたと思った夢を彼女に託したいのかもしれない。

単なるファンになってしまっただけかもしれない。

なんでもいいから、神崎さんが舞台に立つと小さく頑張れと願ってしまっていた。


神崎さんは一次審査も二次審査も合格し、私は一人で自宅で祝杯を上げた。

飲むことは得意ではなかったけれど、無性にお酒を飲みたくなった。

今まで飲んだどのお酒よりスーパーで安売りされていた缶ビールが美味しく感じた。


残るは三次審査。

三次審査で舞台の上でスポットライトを浴びる彼女は確かに女優だった。

私がなりたいと渇望した姿がそこにあった。




結果として。

神崎さんは、オーディションの三次審査で落ちた。

あれほどの女優はそうは居ないと裏方で支えていた私は思っていたのに。

他の出演者もまた役者として優れていたのだ。

これは仕方がないことだ。

だけど、私は悔しくて一人でトイレで泣いた。

一番悔しいのは神崎さんだというのに、烏滸がましくも私は神崎さんが審査に合格出来なくて悲しくて泣いた。




三次審査が終わり片付けをし会場から出ると神崎さんが居た。

「やっと出てきた。お疲れ様」

笑う神崎さんには泣いた跡があった。

「なんであなたが泣いてんの」

私が泣いたこともすぐにばれた。

当たり前か。応急処置したけど目はまだ腫れているし顔もひどいものだろう。

いつも二人で帰ったことはない。

舞台の上に立つ神崎さんを、その幕の袖で見詰めることしかなかった。

「一緒に帰ろう」

神崎さんからの誘いを断る理由もなく、ただ頷いて神崎さんの元まで走った。




「裏方の私が泣くなんて変でしょ」

「そんなことないよ。私のために泣いてくれたのに、そんなこと思うわけないじゃん」

神崎さんはいつもの顔で笑っている。

一番泣きたいのは神崎さんなのに、気を遣わせてしまっていることが申し訳ない。

「神崎さんをもっと輝かせたかったのに、私の裏方仕事じゃなんの役にも立たなかった」

しょぼくれる私の髪を神崎さんは乱雑に撫で回した。

「知ってた?裏方が居ないとスポットライトも輝けないの」

目をぱちくりさせる私に神崎さんに笑った。

「舞台は舞台上に上がる人ももちろんだけど脚本も衣装も照明も音響も大道具も小道具も舞台装置を動かす人も他にもたくさん、誰かが欠けていたら作り上げられないの。私は舞台裏でその事に知ったから、舞台の上で目立つスポットライトを浴びることの大変さを知れた。今回のオーディションはその舞台裏の苦労を舞台上で感じるための記念みたいなもんよ」

「そんなことないよ!神崎さんは舞台上で女優だった!スポットライトに負けないくらい輝いていた!私は、女優の神崎明子を見てみたいよ!」

神崎さんは笑って「ありがとう」と小さく応えてくれた。

舞台女優神崎明子を見れる日はくるのだろうか。

いいや、きっと来る。

数々の舞台役者を見てきた私が言うんだ。間違いない。

彼女は、神崎明子は役者になる。




その日を境に神崎さんとは会わなくなった。

元からオーディションの日にしか会ってないし連絡先も交換していない。

でも、きっと舞台でまた会える気がする。


裏方でも舞台の上で一生懸命な役者に少しでも輝きを与え、見てくださってるお客さんが楽しんでくれるように頑張ろうと思えた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 学生の頃、公演系の部活に入ってスタッフをしていました。 スタッフの必要性・重要性に気付きながらも、プロの世界においてはどうしてもステージでスポットライトを浴びるスターばかりを観てしまいます。…
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