『2‐2・装飾』
学校を飛び出した未來は、通学路にごった返す生徒達を早足で避けて進む。
突然、雫に話しかけられたことで緊張のあまり逃げ出してしまったことを、今になって冷静に捉えることが出来た。
自責の念がのしかかり、口からはたまらず呻き声が漏れ出る。
「やってしまいました……うぅ」
未來にとって雫という存在は恐怖の対象であった。
どう見ても人間としてのカテゴリーが違う。
しかも、まだよく知らない転校生だ。
もっとも、別に転校生でなくとも仲の良い生徒はいないのであったが。
「どうしましょう……どうすれば……」
無礼な態度を取ってしまった後悔に独り言が止まらなくなり、歩くスピードも知らぬうちに早くなる。
そんな中、未來は足を止めた。
通学路の途中にあるゴミ置き場に放置された掃除機が目に止まった。
粗大ゴミの処理券を貼らずに置かれたせいで回収されていない。
新しい機種で見たところ綺麗な外観をしている。
それを見て未來はたまらず近付く。
使えなくなったものを修理して復活させる。
未來のそんな趣味におあつらえ向きな物がそこに落ちているのだ。
それは未來にとってゴミではなくお宝であった。
ゴミ置き場の中で掃除機を検分する未來の姿を、通学路を通りがかった同級生が白い目を向ける。
声を潜める事もなく、嫌悪の感情を向ける。
「クズ鉄、やばー」
クズ鉄というあだ名が苗字の「鉄」をもじったもので、そしてこうやっていつもゴミを漁っていたりゴミをいじっていたりする様を揶揄するものだと未來は知っていた。
それでも、分かっていても止められないのだ。熱中してしまうのだ。
たとえ授業中の教室であろうとも、やらずにはいられないのだった。
掃除機を分解して捨てられた原因を探そうとして未來は思い出す。
教室を飛び出してきたせいで、あの時にばらまいたパーツをそのままにしてきてしまった。
そこら中にネジやバネが散らばっていることだろう。
その惨状を目にして同級生が何を思うか想像して未來は息苦しさを感じた。
自分のしでかしたことで、誹りや軽侮を向けられるであろう予想が未來の心を刺す。
「ぁぁぁぁ……」
本日何度目かの、後悔と自身への嫌悪が混じったが故のため息を吐いていると背中から声をかけられた。
「見つけた、鉄さん」
振り返ると、そこには先程逃げ出した相手である風野雫が立っていた。
たまらず未來は弱々しい悲鳴を上げてしまう。
「ひぇぇ……」
「何それ?」
その疑問の言葉には不思議と嫌味はなく、雫の表情には決して冷笑ではない類の笑みが浮かんでいた。
「慌てて帰っちゃうからさ、ビックリしちゃったよ」
そう言いながら雫がスクールバッグから取り出したのは、先程未來が教室中にぶちまけた置時計のパーツ達であった。
透明なチャック付きのケースにパーツがまとめられている。
置時計本体も、雫が持っていた。
わざわざ拾い集めてくれたという事実に、未來は動揺と罪悪感がごちゃ混ぜになって困惑していた。
何故、こんなにも住む世界が違いすぎて近寄りがたい人間がわざわざ向こうから近接してくるのかと未來はたじろぐ。
未來にとって雫のような「キラキラ」とした人間は恐怖の対象であった。
しかし向こうはそんなこと気にする素振りもなく優しく接してくるのだ。
未來の頭は今にも破裂しそうだった。
口の端から言葉にならない奇声のような物を漏らし、身体を硬直させたままの未來に雫は困り果てた様子だった。未來の持っていた掃除機を見て首を傾げる。
「掃除機?」
「あ、え、えーっと、これはですね」
言い訳のように未來は言う。
「ま、まだ……直したら使えそうだったので……です」
通学路を行き交う生徒達が、不釣り合いな二人の姿に興味深そうに視線をやる。
その外見から人目を引くと同時に、ゴミ置き場で掃除機を抱える女生徒の姿が一緒に目に入るのは奇妙な光景であろう。
クズ鉄やキモイという嘲笑の言葉が未來の耳に届く。
それを吹き飛ばすように、明るく大きな声が聞こえた。
「え? すご、めっちゃすごいじゃんそれ」
雫が目を輝かせ、そう言った。
その笑みには何の含みも感じられず、感嘆の表情を見せた。
純粋な賞賛の言葉に不慣れであった未來は気恥ずかしく卑下する言葉を選んでしまう。
「へ、変ですよね……」
「そっかなー。いいと思うけど。なんかエコ、って感じじゃん」
砕けた言い回しながらも嫌味のない言葉。
「教室でも時計修理しようとしてたよね。得意なんだ、そういうの?」
「ま、まぁ……得意というほどでも。へ、下手の横好きです……」
横好き?と雫が引っかかった素振りを見せるも深く気にせず、彼女は次の言葉を次ぐ。
「ちなみに何だけどー」
「な、なんですか?」
うわ擦った声ながらも何とか返事をした未來に、雫は首元に手をやった。
指先にひっかけたのはチェーンで、制服のシャツの下に隠したペンダントをひっぱりあげる。
その何気ない所作の中でも、細長い指や綺麗な鎖骨のラインに何処か艶めかしく思えて未來は何となく目を逸らす。
取り出したペンダントを手の平に乗せて、雫は未來の顔の前に示した。
「こういうのも直せちゃったりする?」
雫がそう言って見せたアクセサリーには細長い台形のペンダントトップが付いていた。
未來は興味深く細部を観察する。
「直せる?」という言葉通り、確かにそれは壊れているようだった。
半透明のカバーが付いているが、留め具が曲がっている。正しい位置と思わしき場所から半分ズレてカバーは外れかけている。
その下には何かの細工がしてある様子で金属製のパーツが組み込まれていた。
装飾ではなく、何か実用的な目的の為の物であると未來は感じた。
雫が声を潜める。
「大事なモノなんだけどさ」
カバーの表面には「12」という数字が刻まれていた。




