『3-7・不意』
土の底。暗闇の中。
雫は待っていた。
時が来るのを。一瞬の好機を。
その手にあるのはSDGsの能力。
SDGs17‐共に歩むは扶けとなる-。
その能力は他者から能力や技能を借り受けるというもの。
未來から預かったSDGs2‐其れは全てを喰らうまで‐の能力によって、雫の腕は異形へと姿を変えていた。
巨大に、凶悪に、人ならざる物へと変化した腕。
雫は獲物が落とし穴に誘導されるのを待っていた。
声がする。
共犯者が勇気を振り絞って声を張り上げているのが聞こえる。
そして。
頭上が崩壊する。
突如光が射し込む。
降ってくる瓦礫を異形の腕が喰らいながら、それに続いて降ってくる標的の姿を捉える。
「あなたにも信念があるんだよね、自分の正義を成し遂げるっていう」
突然の出来事に訳も分からずといった様子で、空中で体勢を崩した水田は唖然とした表情をしていた。
むしろ何が出来ただろうか。
ただ落ちていくこと以外、彼の能力ではどうしようもない。
その隙だらけの姿に向けて雫は異形の腕を向ける。
「でもさ、あなたみたいな人にあたしの信念は負けてられないから」
「正義に立てつくなぁっ!」
「うるせぇっ!」
たまらず、まるで湧き出るように言葉が漏れ出る。
雫に似合わぬ乱暴な口調と共に異形の腕は牙を剥いた。
巨大な口が人間を丸呑みにする。
「やめろぉっ!」
断末魔すら腕は一瞬で喰らった。
叫び声は途絶える。
あまりにも簡単に、人を丸呑みしても、異形の腕には何の動揺も見せなかった。
質量を無視して腕は平然としている。
「だ、だいじょうぶですか……!」
落とし穴の上から声がする。
上から不安げな顔を覗かせた未來に対して雫は言葉を返す。
「平気、上手くいったよ」
「は、はしご。作ります」
「うん」
未來が木の枝を組み合わせて作った簡易な梯子が能力によって頑丈な造りとなった。
それが穴の下まで降りてくる。
長いなと苦しみながら雫は梯子を登る。
地上で心配そうに待っていた未來に対して、雫は拳を突き出した。
そして笑みを作る。
どうしていいかと右往左往していた未來の手を取って拳を作らせる。
そして自分の拳と合うように雫は手を引く。
たどたどしくも勝利を祝う讃え合いの形を作って雫は言う。
「鉄さんの作戦勝ち、だよ」
「は、はいっ……!」
突き合った未來の拳が泥とキズだらけなのを見て雫は胸が熱くなる。
こんな自分の為に、必死になってくれる。
巻き込まれただけなのに、奮い立たせて共に闘ってくれる。
それに。
SDGs同士の戦いにおいて才能の様な物を感じる。
未來という存在に雫は昂ぶりを感じていた。
この子となら先に進める。
そんな確信があった。
雫は地面に向けて腕を振り下ろした。
口を開けた腕が地面に向かって吞み込んでいたものを吐き出す。
異形の腕が生き物のようにえづきながら、中から物が零れ落ちる。
落とし穴を作った残骸や土が、今までどこにしまっていたのか不思議に思うほど大量に出てきた。
やはり吞み込んだものの質量はどういう仕組みか無視されるようだ。
雫はそう推測する。
腕の大きさが変わるわけでもなく、腕を振り回している時に質量を感じることもない。
不思議な力だ。そう改めて雫は実感する。
腕がひときわ大きな物体を吐き出す。
水田の姿だった。
腕の中でずいぶんと「シェイク」されたのか、水田の姿は痛々しいものに変わっていた。
泥だらけになり裂けたスーツ。ひしゃげた革靴の隙間からは血が見える。
痣と擦り傷だらけの顔面は蒼白で地面に倒れた彼は起き上がることままならず、瀕死であった。
その手元にSDGsのペンダントが落ちていた。
SDGs15の文字が発光している。
それを雫は拾い上げた。
「SDGs15……」
奪ったペンダントを掲げる。
これで3つ、ペンダントは全部で17。
こんな戦いをあと何度繰り返せばいいのか、そんなことを雫は考える。
「あ、あとこのクマはどうしましょう……」
未來が草むらの陰から拾ってきたのはクマのぬいぐるみだった。
銃弾に足を吹き飛ばされ中から綿が漏れ出ている。
銃で撃って行動不能にしてから、クマのぬいぐるみは動く気配がなかった。
これもSDGsの能力によって、まるでキャラクターのように動いていた。
水田のペンダントは一つだけ、別にSDGsの能力を持っている人間が協力している筈だった。
そんな考えに意識がいっていて、故に二人は水田の動きに気が付かなかった。
瀕死の彼が動くとは思ってもいなかったのも確かであった。
「こんなっ……ところでっ……!」
水田が声を振り絞る。
その手元にハンドガンがあることに遅れて気が付く。
銃声が轟く。
その銃弾は未來の身体を撃ち抜いた。
雫の目にそれは鮮明に、そしてゆっくりと映った。
赤い飛沫が散っている。
未來の背から血が飛び出す。
悲鳴と苦悶の声が混じって未來の口から漏れた。
吹き飛ぶように地面に倒れていく未來の姿。
咄嗟に雫は水田の手を蹴とばした。
ハンドガンが地面を滑り、その指が明後日の方向に曲がる。
呻き声が一つ増える。
「鉄さんっ!」
雫が未來の元へ駆け寄る。
撃たれた痛みから絶叫のような呻きと悲鳴を上げ続けている。
その身体に雫は躊躇いながら触れると両手に血が付いた。
未來の背からは大量の血が溢れ出している。
手で押さえても血が止まらない。
未來の苦し気な姿に雫は焦燥する。
そんな時。
『ねぇ』
雫の足元に腕の力だけで這ってくるクマのぬいぐるみがいた。
いつのまにかクマのぬいぐるみはその手に小さな端末、ヘッドセットらしきものを持っていた。
それを必死に雫の方へと差し出してくる。
ヘッドセットから微かに声がする。
クマを操っていたSDGsの持ち主だろうか。
声が何を喋っているのか微かに聞き取れた。
『あのさ! 交渉しない!? その子助けたいんでしょ!』
通信越しにも大声をはりあげているのが分かった。
未來を助けたい、という問いに咄嗟に雫はヘッドセットを手にする。
苦しそうな未來の姿から目を離せなかった。
「何?」
『病院行くのはマズイっすよね? その子を助けられる闇医者を紹介するっす』
「闇医者?」
銃で撃たれたことを医者にどうやって説明すべきか思いつかない。
しかしそれよりも、今すぐ未來を何とかしなくてはという焦りがあった。
「助けられるの?」
『腕は確かっす。だから、その……カーニバルちゃんを返してほしいっす』
「カーニバル?」
クマのぬいぐるみは、その丸い腕で自らのことを指し示していた。




