『3-6・大地』
水田の言葉に彼女は応える。
「え、っと、ダメです!」
どもりの混ざった、たどたどしい喋り方。
自信を感じない声に反して勢いのある否定。
水田は目線だけを周囲に遣りもう一人の居場所を探す。
彼女の周りは草の途切れた開けた場所。
明らかに誘い込まれていると水田は勘付く。
彼女に近づいたところを狙って、茂みかどこかに隠れた銃を持った方が撃ってくるのだろう。
まずは銃を持った方の位置を特定する必要がある。
そう水田は判断した。
注意を惹く為に水田は話を続ける。
彼女には足元からの岩の槍の攻撃に何度も対応されている。
倒すなら二人同時に不意打ちでだ。
「私には目的があります」
水田の脳裏を過るのは過去の記憶。
今語る言葉はなんだっていい筈だった。
だが、水田の抱く強い想いが、正義感が彼を雄弁にさせる。
自らの描く理想を語りたくさせる。
「私はSDGsの力を使って正義を執行する」
「せ、正義?」
水田にとって公安という立場に就いたのは、いわば当然だった。
彼の中に幼少期から在った正義感。
テレビで見たヒーローへの憧れ。
悪を成敗する存在になりたかった。
それを原動力に彼は警察を目指した。
だが、彼を待っていたのは現実という巨悪であった。
「この社会は悪が幅をきかせている」
いくら正しくても、いくら悪を相手としても。
正義を執行することは簡単ではない。
煩雑な手順と根回し、正義もまた社会においてはただの仕組みではなかった。
どれだけの悪だとしてもその順序を踏まなければならない。
圧倒的な正義の力などなかった。
そして幾ら悪だと断じても、その仕組みを介さなければ裁けない存在が多すぎた。
それどころか、法に反していても警察という組織のさじ加減で見逃すことすらある。
政治家、大企業の社長、警察上層部の血縁者、起訴するには見合わないが故に見逃される者、法のグレーゾーンにいる者や起訴するまでもない小物。
悪に対して何故配慮しなければならないのか、それが水田の中の正義感を燻ぶらせる。
自らの正義によって社会を変革出来ないことが苛立ちを生む。
そんな時に舞い込んできたSDGsという存在の話。
水田にとってそれは彼の正義を為すことが出来る力であった。
「この社会は自らを悪だとも思っていない存在ばかりだ。そして……この私の目的を阻む君も悪でしかないのでは?」
それは水田にとって真っ当な問いだった。
理解できない事であった。
正義を阻むのは、それは悪に決まっている。
なら何故、人は悪を選ぶのか。
少女はたどたどしくも、しかし手にした槍は手放すことなく叫ぶ。
「あ、あなたの理念が正しいかは、その、わ、わかりません!」
「では彼女の理念が正しいと?」
「そ、それは、会ったばかりだしそれも、よく分かりません」
ならば何故、そんな言葉と理解のできない者への怒りが水田の中で込み上げてくる。
「で、でも! 突然襲いかかってくる人よりは信用できます。SDGsを集めるって、みんなで協力するのは駄目なんですか。す、すごい力だから、独り占めしなくちゃいけないんですか?」
「では、彼女が力を預けるに信用に値する存在であると?」
「そ、そうじゃなくて、どっちがって言うなら……い、いきなり襲い掛かってくる人なんて、し、信用っ! できるわけ……ないじゃないですかっ!」
少女はその言葉と共にその手を振り上げる。
手にした槍の重さに彼女はよろめきながら、攻撃の姿勢を取ろうとしていた。
どう考えても槍の届く範囲ではない。
投げるにしてもまともに飛ばないだろう。
一方的に攻撃が出来る距離だった。
まだ焦る時ではない。
そう判断した水田に向けて彼女は叫ぶ。
「す、凄く勝手じゃないですか! そ、そんな、じ、自分は正しいからなんて思い込みっ」
それは。
その言葉は。
水田に響いた。
神経を逆なでするぶしつけな言葉に水田は怒りを露わにする。
「君ごときがそんな言葉を吐くべきではないっ!」
そういって水田が足を踏み出す。
確実に仕留められる距離まで。
岩の槍が今、不届き者を貫くのだ。
水田がペンダントを握り、大地から呼び起こすように拳を突き上げる。
その瞬間。
彼を支えていた大地は崩れた。
呆気なく。
まるで仮初の地面であったかのように。
例えるなら雪庇、いや。
「落とし穴!?」
足元が崩れて、その先には大きく広がった穴があった。
明らかに人工の穴、そして踏みぬくまで気が付かないほどに巧妙に隠されたフタ。
木の枝を組み合わせて、踏めば折れるように組んである。
落下しながらもそれだけの情報を水田は見抜く。
目隠しの砂利と葉っぱが彼と共に穴へと落ちる。
誘いこまれた。
落とし穴のある場所へ。
身体が落下しているのが分かる。
「なんだこんな!?」
そしてその姿を。
底で捉えている者がいた。
高さにして約3メートル。
深い地の底で雫はずっと待っていた。
SDGs12‐工匠は雑兵に非ず‐。
その力によって造られた落とし穴はあまりにも精巧で巨大だった。
簡易的に掘った穴と被せた目隠し。
それをいとも簡単にSDGsの能力は匠の物へと変えた。
頑強に仕立てられた土の壁。
造った雫達の目でも見抜けないほどの目隠し。
少し掘っただけの穴が質量保存の法則を超越した深さへと変わった。
そうして出来た落とし穴のその底で、雫はずっと待ち伏せていたのだ。
遠距離攻撃をしてくる相手の懐へ、潜り込む為に。
弾薬の尽きた銃を捨て、次の一手を仕掛ける為に。
未來が姿を晒したのも、その手に武器を持っていたのも。
雫の位置を気取られない為だった。
そして接近さえすれば勝機があった。
SDGs17‐共に歩むは扶けとなる-。
その能力は他者から能力や技能を借り受けるというもの。
雫の手には。
雫の腕には。
未來から預かった力があった。
雫の腕は異形へと姿を変える。
巨大に、凶悪に、人ならざる物へと変化した腕。
地の底で落ちてくる獲物を待ち受ける飢えた獣。
「SDGs2……!」




