『3-4・連携』
未來は雫との会話の最中、突然言葉を止める。
雫が首を傾げる。
「鉄さん、どうしたの?」
「な……にか……音が……っ!」
それは直感とでも言うべき反応だった。
未來は咄嗟に雫の身体を突き飛ばす。
驚く雫の顔がはっきりと見えた。
そして次の瞬間。
二人の間を切り裂いたのは岩だった。
地面が割れるように動き、押し出されるようにして岩の塊が天を衝く。
二人の足元から飛び出してきたその岩は先端は不自然なほど鋭利で、貫かんとする意志のようなものすら未來は感じ取れた。
あと1歩あと1秒でも遅れていたならば、それは何を貫いていたのだろうか? そんな想像が未來の脳裏を過る。
明確な殺意を感じる。
岩の槍とでも言うべきか、足元から飛び出してきた岩塊は自然界の事象からはかけ離れている。
超常的な現象。
岩の槍から距離を置いて二人はぐるりと周り観察する。
「な、なんですかこれ!?」
「SDGs……!」
雫が確信を得た言葉を吐く。
次の瞬間、雫の足元が隆起を始める。
それを対面にいた未來は見逃さなかった。
「し、下!」
張り詰めた声に雫は慌てて跳び退く。
雫が寸前まで居た場所、その足元から出現した岩の槍が勢いよく鋭く虚空を裂く。
「っ!」
明らかにSDGsの能力を用いた襲撃だ。
雫は周囲を見渡す。
だが、敵の姿は見当たらなかった。
背の高い草の陰に目を凝らしても人影は見当たらない。
敵の姿が見えず慌てる未來に対して雫は冷静に状況を把握しようとする。
見通しは悪い。
だが、それは向こうも同じ筈で。
「あたしたちの位置をアッチだけ分かるってなんで」
「と、とにかく逃げましょうっ!」
未來がそう叫びながら勢いよく身を捻って、足元から飛び出してきた岩の槍を躱す。
そのままバランスを崩して河原に尻もちを突く。
岩の槍の先端が天を衝いたのを見て、顔面を蒼白とさせる未來。
その姿を見た雫は、未來に対して意外な印象を抱いた。
本人の雰囲気やキャラに反して案外身体の反応がいい。
動きこそぎこちないが、直感に優れているのか上手く躱している。
「一回逃げよう」
雫が未來に手を貸して身を起こす。
河原の石に足を取られながらも二人は駆け出す。
その後ろを追うように岩の槍が再び地面から飛び出す。
「ど、どうし、どうします!?」
「向こうは、あたしたちの顔を知ってるわけでしょ。ここで決着つけないと」
「け、け、決着……」
「とりま半殺しくらいにしないと」
「な、い、いつもなんでそんな、ぶ、物騒な」
「いきなり襲ってくるヤツのほうが物騒じゃん!」
「……た、たしかに!」
そう返した未來は、一瞬視界の端に映った違和感を見逃さなかった。
草陰が揺れる。
何かが追いかけてきている。
逃げようとする未來達を追う何かの存在。
それが人の背丈ではないが故に、草の根元をかき分けて動く何かを見落としていた。
未來は今、奇妙な物を見つけたのだ。
違和感の正体。
草陰で動いていた存在。
「え、あ、え? く、クマ?」
追いかけてくるクマのぬいぐるみの姿に未來は驚いた声を上げる。
雫もその存在に気がついた。
首元のリボンが目立つキャラクターチックなクマのぬいぐるみ。
高さはあるが、河原の石の上を器用に動き回れるほどの手足の長さはない。
未來がそれを見て素っ頓狂な声を上げる。
「な、な、なんですか……あれ!?」
「そんなのSDGsの能力に決まってんじゃん」
ひとりでに動き追いかけてくるクマのぬいぐるみ。
その可愛らしい見た目がたどたどしく走っている。
奇妙で間抜けにも見える光景だ。
だが、雫は一つの可能性に思い当たる。
「あのクマ、もしかして……」
草陰から飛び出してきたクマのぬいぐるみと目が合う。
距離にしておよそ5メートル。
キャラクターチックなデザインだが見たことのないぬいぐるみだと雫は思った。
次の瞬間。
雫は足元から飛び出してくる岩の槍に行く手を阻まれる。
今にも身体を易々と貫きそうな鋭い攻撃。
寸前で雫を救ったのは未來が咄嗟に雫の肩を掴んで引き留めたからだった。
乱暴に肩を掴み身体に触れてしまったことに気が付いて未來は慌てた声を出す。
「す、す、す、ごめ、ご、すみませんっ!」
未來のおかげで岩の槍を躱したことに雫は驚いた表情をしながら、困惑した声で言う。
「……ありがとう、助かったよ」
「え、は、はい」
「あのクマ、あたしたちに攻撃してるんじゃない?」
「ぬ、ぬいぐるみが……?」
「ぬいぐるみが場所を伝えてるのかも」
ぬいぐるみを操る能力と岩の槍で攻撃する能力。
その二つの能力を組み合わせて攻撃されているのでは。
それが雫の予想だった。
襲撃者の影も見えない位置からの遠距離攻撃、それを可能とする観測手となるクマのぬいぐるみ。
ふたつの能力を有しているのか二人いるのか。
どちらにせよ岩の槍とぬいぐるみを操る能力はそれぞれ別の物だろう。
雫のその話を聞いて未來は言う。
「あ、あのクマが居なければってことですか」
「あたし達の場所がバレないかも」
「じゃ、じゃあっ」
未來が踵を返してクマのぬいぐるみに向かおうとするが、その進路は岩の槍の噴出に阻まれる。
岩の槍を躱し、それを迂回し、クマを追いかけようとする未來の姿に当のクマは驚き慌てるコミカルなジェスチャーを見せた。
生きている、というよりもまるで生きたぬいぐるみというキャラクターを演じているかのようにも見えた。
「じ、銃を!」
未來の叫んだ声に雫は慌てて隠していたホルスターからハンドガンを引き抜く。
慌てた様子にも関わらず、未來の素人目から見てもひどく滑らかな仕草でハンドガンを構えた。
昨晩銃撃していた場面も目撃したが銃の扱いに慣れているように見える。
その動きと昨晩の銃撃の様子から、たとえ小さなクマのぬいぐるみであっても当ててくれるだろうという期待感があった。
「撃ってください! あのクマ、狙って!」
未來に言われるがまま雫は引き金に指をかける。
しかし、引き金を引き絞るその寸前で動きは止まった。
撃たなかった。
クマはそのまま草むらの中に飛び込んで姿が見えなくなる。
再び岩の槍に進路を阻まれ、これ以上はクマを追いかけても意味がないなと思った未來は雫の元へと引き下がる。
ハンドガンを握ったまま脱力している雫の姿に未來は声をかける。
傍目から見ても意気消沈しているようだ。
「あ、当てるの、む、無理でしたか」
雫は首を横に振る。
「じゃあ、どうして……」
しばらく答えに困っていた雫だったが、何か意を決したように口を開く。
「ごめん。黙ってたけどさ、あたしはもう戦えない」




