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第8話 魔術と避難者達



 世界が異世界となって、3日目。


 相変わらず疲れている所為か、毎日10時間ほど寝ている気がする。

 そんな事を置き時計の時間を確認しながら、ベッドから起き上がった。

 リビングに向かうとオムニスが既に起きており、部屋の片隅には畳まれた布団が置かれている。広めの部屋を借りているとはいえ、部屋数に余裕がある訳ではない。

 ちなみに、俺の借りている部屋は、寝室、書斎、リビング、キッチン、トイレと風呂別という2LDKだ。

 勿論、家賃は俺ではなく義理の両親が払ってくれている。異世界になる前にはバイトもしていたが、バイト代は全て衣服や食事、学校関連などの生活費に回していた。


「おはよう」

「おはよう、オムニス」


 俺に挨拶を終えたオムニスは、直ぐに視線を空中へと向けた。

 おそらく、ステータスを見ているのだろう。


「ステータス戻った?」

「いや、まだだ。やはり、決まった時間が経過するまでステータスは半減したままのようだな」


 ステータスが半減した所で、俺の何十倍も強いオムニスだが、昨日の『シャウラ』の様な敵が来た時に戦うのには不安がある。

 オムニス自身も低下した能力値を確かめる様に、体を動かして感覚の変化などを昨夜から確かめていた。


 『虚飾』のデメリットは、レベルが高く能力値が高い程に反動が大きい。頭では半減していると理解していても、体と精神の歪みや認識の不足など様々な所で支障を来してしまう。

 しかも、24時間と言う時間は流石に長い。それに、能力値が半減した状態に慣れてしまうのも、それはそれで問題もある。


 俺の場合は、【神呪ペナルティー:All1】を受けて全ての能力値が『1』になっている。それによって、能力値の低下というデメリットは受けない。身体能力自体が低下している感覚もない。

 これは、【All1】の説明にあった『システム適応以前の身体能力が維持される』という効果があるからなのか、適応されるのがステータスの能力値だけなのか。




 

「美味いっ」


 オムニスは、自家製のタマゴサンドに齧り付く。

 マヨネーズとバターを多めに使い、からしと黒胡椒をアクセントにした甘味とコクのある味が、齧り付いた途端に口に広がる。

 ポイントは、卵をケチらずたっぷりパンに挟む事だ。

 

 結構自信がある味だったが、口にあって良かった。


 他にも、コンソメで細かく切った野菜を煮込んだコンソメスープは手軽な割に失敗のない定番メニューだ。


「美味い物が食べれるだけでも幸せだな」

「そうだな」


 卵を口の周りに付けながら言われると、結構説得力がある。


「そういえば、前の世界ではどんな物を食べていたんだ?」

「ん?……基本的には、獣を焼くか茹でるかして火を通して食べていたな」

「え、なんか原始的……」


 それっていつの時代の料理なんだ。


「慣れれば、なかなか美味いぞ」

「そうなんだ」


 もう少し文化的な食事をしているかと思っていたが、食事は淡白な物が多く、素材の良さをそのまま食べる料理が主流だった、とオムニスは話す。

 

「勿論、種族や階級により食事習慣は違う」

「例えば?」

「……いずれ話してやる」

「それじゃ、楽しみにしてるよ」


 


 オムニスのステータスが元に戻るまでの間、俺は屋上に来ていた。

 双眼鏡で周辺の状況を確認する。


 相変わらず、道で姿を見る事が出来るのはモンスターばかりだ。

 時折、家のカーテン越しの人影や荷物を背負って移動する人間を見つける事が出来るが、積極的にモンスターと戦っている姿は見つからない。

 


《熟練度が一定に達しました。『観察』がLV:2→3にレベルアップしました。》



 暫く目立たない様に、屋上から見える周辺の様子を観察していたが、一旦『簡易拠点』に双眼鏡をしまい、スキルの訓練に取り掛かる。


 まず初めに、昨日『シャウラ』を倒す事で獲得した『水魔術』を使用してみる事にした。

 現状のスキルレベルでは、〝水球〟しか使えない様だが、俺にとっては初めての魔術だ。

 正直、期待をせずにはいられない。


 だが、そんな俺の期待は、自身の能力値が低かった所為で易々と打ち砕かれる事になる。



□□□□□



 アキラ達が『シャウラ』との戦闘を繰り広げた場所より離れたに、広い敷地を持った建物ーー高校は以前と変わらない姿で存在していた。

 敷地の側に、一夜にして生えた巨大な大樹のお陰で、周辺から目立たない位置となった場所に校舎はある。広い校庭には、運良く辿り着けたと思われる車が数台並び、ビニールシートや簡易テントが貼られている。

 高校の敷地は、1.8メートル程のコンクリートの壁に囲まれているが、安全を保証出来る盾には心許ない。


 高校の出入り口では、机や椅子などを針金で固定し、バリケードが貼られている。バリケードの奥には、鉄で作られた校門があり、人が1人通れる程度の隙間のみを開けた状態で閉じられていた。

 校門の周りには、鉄パイプやバットを持った生徒や大人達が立ち、周囲を警戒している。

 そこへ偵察に行っていた生徒達が戻って来た。


 全員怪我もなく無事だった事に、人々は安堵の表情を浮かべるが、戻って来た生徒達の顔色が悪い事で不安が生まれる。

 現状の世界で偵察に行った人々の表情が、悪い状態で戻って来るのは特別な事ではない。


 だが、戻って来た生徒の中には、何を見たのか恐怖で震えている生徒までいた。


「何があった!」


 校門の前に立っていた男子生徒は、思わず大声で問いただすが、教師と思われる若い男性が落ち着かせる。そして、「ゆっくりで良いから、話して欲しい」と語りかけた。

 すると、偵察部隊のリーダーと思われる少女が話し始める。


「何もかも無くなっていました」

「そうか。ドラッグストアの商品が誰かに盗られてしまったんだね?」


 若い男性教師の言葉に、少女は首を横に振った。

 困惑するのは、若い男性教師を含めた偵察隊を迎え入れた人々だ。


「違います。昨日まであった筈のドラッグストアが、建物ごと崩れていました」


 その報告に人々は唖然とする。


 だが、報告は続く。


「周囲には爆発の痕跡が幾つもあり、モンスターの死体の一部と思われる物を幾つも発見しました」

「つまり、モンスターと何かが戦っていた、と……」

「モンスターの死体の数は、少なくても10体以上はあったと思います」


 少女の報告に、人々の表情は一層悪くなる。

 「少なくても10体以上」と報告されれば、一体どれ程の凄まじい戦闘が起きていたのか想像する事も難しくない。

 高校内のスキル保持者達では、ゴブリン1体と戦うのにも、例外を除き、2対1という数的有利な状況で戦う事を心掛けていた。


「ドラッグストアを破壊し、多数のモンスターを倒したのがモンスターか人間かは不明です」

「……」


 こう言う場合、どうしても人々の想像は悪い方向へと転がって行く。そして、負の感情は簡単な程に他人に伝播してしまう。


「それでは、私は報告に向かいますので」

「おそらく、校長先生と斎賀君は校長室にいると思うよ」

「はい」


 颯爽と立ち去ろうとする直前、男性教師が少女を引き止める。


「本当は俺達大人が皆を纏めなくてはいけないのに、生徒達や他校の君にまで、負担をかけて申し訳ない」


 その言葉に、男性教師以外の大人達も表情を曇らせる。


「先生。こんな状況で、大人も子供も関係はありません。私達は、それぞれが出来る事をしているんですから」


 覚悟を決めているかのような少女の口調と意思の強さを感じた人々は、息を呑んだ。そして、少女が立ち去った後を眺める男子生徒は感嘆した。


「凄いな」

「あれで、高校3年生かい?」


 生徒だけでなく、大人達も少女の事を褒め称える。一緒に行動していた偵察隊の生徒達も、否定せず、寧ろ「そうだ」と同意を示す程だ。


「名前は確か、斎賀夕華サイガ・ユウカさんだったね」

「はい。御両親と避難中に離れ離れになってしまったと言うのに健気なもんです」

「皆もご苦労だったね。少しだけど、食料を貰って休んでくれ」


 若い男性教師の言葉に生徒達は、心身的な疲労を隠す事も出来ずに校舎へと向かって言った。



 



 校門から1人で校長室に向かう夕華の元に、生徒達が駆け寄って来る。

 皆それぞれに、新しい怪我をしている様子が見られる事から、モンスターとの戦闘があった事が予測出来た。


「斎賀さん、大丈夫でしたか?」

「外はどうだった?」

「無理はダメですよ」

「先輩が倒れたら大変ですからね!」


 皆それぞれに夕華を思いやる声をかけてくれる。

 夕華も優しげな笑顔で、人々の声に答えていく。そして、食料が配給される量には限りがあると言うのに、僅かな食料を夕華に渡して去って行こうとする。


「ぇ、これは貰えませんよ!」

「良いんだ。違う高校の奴が、俺達の為にスゲー頑張ってくれてんだ。これくらいさせてくれ」


 照れ隠しで語尾を強めに発して、廊下を歩いていく男子生徒を追って他の生徒達も何処かに行ってしまう。

 あの人々も偵察隊の生徒達だ。部隊は違うが、人手が足りない為、昨日夕華が力を貸していた。


 最早、返す事も出来ない食料を夕華はポケットにしまった。そして、目的地だった校長室前に辿り着く。

 ノックをすると中から、「どうぞ」落ち着いた老人の声が聞こえた為、ドアノブを回して扉を開ける。そこでは、白髪の初老の男性と向かい合う形で、可憐な少女と山の様な男性がソファーに座っていた。


 可憐な少女は、この高校内で隣に座る山の様な男と同じくらい高い戦闘能力を持つ戦闘のエキスパートだ。見た目から想像は出来ないが、可憐な少女ーー獅堂玲シドウ・レイは刀を扱う達人である。そして、この場には席を外している生徒会長の代理として座っていた。


「夕華さん、無事だったんですね」


 頬を僅かに赤くし、微笑む美少女の視線を受けて夕華の緊張も自然と解れた。


「えぇ、偵察隊の皆も無事。でも、どうしても緊急の報告があるの」


 真剣な夕華の視線を受けた玲の視線は、話し合いを続けていた校長と男性に向かう。

 2人は互いに頷くと、夕華の話を促した。そして、その内容を聞いた3人は表情を顰める事になった。


 3人の前に置かれていた紙には、避難して来た人数と食料の備蓄、医療品の備蓄など細かく書かれている。そこから、今後どれだけ耐えられるかなど、予測した内容を別な紙に書き込んでいる最中だった。


それ以外の紙には、『家族や友人を探したい。でも、1人では不安なので護衛を貸して欲しい(文章の要点を掻い摘まんだ内容)』と言った避難民の意思と名前、探す対象が書かれた紙が置かれていた。


 正直、切羽詰まった現状で人探しなど不可能に近い所だが、避難民の中にはなかなか納得出来ない者もいる。家族や恋人と離れ離れになったのであれば、気持ちも分からなくはないが、タイミングが悪過ぎるのだ。


 今は、生き残る為に一致団結して未曾有の大災害に対処しなければいけない時だ。それなのに、現状を飲み込めず自身の意見を突き通そうとする者程、障害となる存在はいない。そして、そう言った人々程、こちら側の説明や要求に耳を傾ける事が難しいのが現状だ。


 だが、だからと言って無視している事も出来ない。その為、人数を限定する事で行方不明者の捜索を行えないか話し合っていたが、夕華の言うようなモンスターが徘徊している可能性があるなら、捜索は断念せざる負えない。

 二次被害が出てからでは、遅過ぎる。


「避難者達には儂から説明しよう」

「すみません、校長先生」

「良いんじゃよ。儂の様な老人には、こんな事しか出来ないからのぉ」


 

 夕華は、正直こういった災害の時に問われるのが、上に立つ者の資質だと感じている。その中で、夕華達が避難して来た高校の校長は優れた人格者だった。

 人の弱さを知っており、厳しさと責任を背負う覚悟も持ち合わせている。

 校長は、初老でありながら夕華達の力を借りて率先してモンスターを倒し、レベルを上げる姿を避難者に示した。そのおかげで、避難者からモンスターを倒そうとする人々が増える結果となり、現在では偵察に振り分ける戦力も作り出す事が出来た。


 だが、1人にだけ負担はかけられない。


 腰を上げた校長と共に、山の様な男性も立ち上がる。


「俺も行きます」

「空悟君……助かるよ」


 こういう時、頼りになるのが斎賀空悟サイガ・クウゴーー夕華の実兄である。

 夕華の父に似て真っ直ぐな男だ。戦闘でも頼りになり、年齢問わず人々から頼りにされている。


「本当に、夕華さんと空悟君には申し訳ない。2人も両親や弟君を探しに行きたいだろうに……」


 校長の言葉に、斎賀兄姉は表情を曇らせた。

 斎賀兄姉にとって両親が避難した先は予想が出来ているが、義弟の行方は不明のままだ。


「いずれ、必ず探しに行きます」


 決意の固まった言葉を受けた校長は、力強く頷いて力になってくれる事を約束してくれた。


「ぁ、そ、その時は……私も…」


 儚く消えそうな声を辿るとソファーに座ったままで、モジモジしている玲に向かう。

 幼馴染である夕華でも、玲のそんな仕草はあまり見た事がない。


「でも、玲がいなくなったら皆大変じゃない?」

「あっ、そ、そうだよね……」


 幼馴染が急に萎れたしまった理由が分からず、困惑する夕華だが、男達の方は何やら話をしているのを見て視線を向ける。


「む。校長先生、早く向かいましょう」

「そ、そうですな」


 何故か足早に去って行く2人がいなくなった校長室に、幼馴染2人だけが残される事になった。

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