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第6話 現実を知る


 隣で美味そうにハムレタスサンドを食べ終え、冷たい麦茶を飲んでいるオムニスが俺の視線に気付く。

 

「どうした?」

「試したい事があるんだ」

「何を試すつもりだ?」


 ステータスから【LVカード】を選択し、掌の上に権限させる。大きさや形は、一般的なトランプなどのカードと変わらず、倒したモンスターの絵柄と名前が書かれている。


「【LVカード】を使ってみてくれないか?」

「……どういう事だ?」


 オムニスに事情を説明する。

 

 俺は【神呪ペナルティー】でレベルを上げる事は出来ない。それだと、せっかく貯めた経験値《LVカード》が無駄になってしまう。それなら、オムニスのレベルを上げる事でパーティーの戦力を強化した方が良いと考えた事を伝える。


「俺に使うより、【神呪ペナルティー】が解けた時の為に保管しておくべきかじゃ無いのか?」

「いつになるか分からない未来より、今に最善を尽くすべきじゃ無いか?それに、このくらいの経験値なら、直ぐに貯まると思うしな」


 何より、俺の固有スキル『憂鬱』は、スキルの熟練度の獲得を倍増させる代わりに、獲得する経験値を半分にしてしまうデメリットもある。

 正直に言えば、経験値は幾らあっても足りない。


 だが、現状で俺を戦力として数えるのは難しい為、オムニスには少しでも強くなって欲しいと思った。

 そんな俺の気持ちに気付いたのか、【LVカード】をオムニスは受け取ってくれた。


「有り難く使わせて貰う」



《【LVカード】を『オムニス』に譲渡しますか?》


 俺は、心の中で『YES』と念じた。

 すると、【LVカード】は光となりオムニスの中に吸い込まれた。


「少しは足しになったか?」

「ああ。レベルが1つ上がった」

「ちなみに、今のレベルは?」

「11だ」


 オムニスは結構な数のモンスターを倒している。

 それでも、比較する対象が【神呪ペナルティー】持ちの俺しかいないのでレベルが高いのか、低いのかすら分からない。


「良し。お互いステータスの確認が終わったら、ドラッグストアに行こう」

「分かった。それで、どらっぐすとあとは何だ?」







 オムニスにドラッグストア以外にも、電柱や車などに付いても説明を行う。そして、俺からもオムニスにモンスターの習性や戦い方に付いて質問をしていた。

 自然と交互に質問を行いつつ、互いの理解を深める。


「なるほど。化学か、面白いな」

「そっちの魔術師って、まるで魔法使いみたいだな」


 互いに、正反対の様な世界。だからこそ、互いに相手から語られる話は興味深く面白かった。そうしている間も、互いに周囲を警戒しつつ、直ぐに戦闘に移れるだけの準備をしている。そして、漸くドラッグストアに到着すると、周囲にはゴブリンやシャドウ・ドッグとオムニスが呼ぶモンスターが倒れていた。

 明らかな戦闘の痕跡もある。


 物資を運ぶ時にモンスターに襲われた様だな。


 地面に落ちていた未開封の缶詰を拾い上げて、簡易拠点にしまう。

 周囲を警戒しつつドラッグストアの中に入ると、予測はしていたが棚から商品が無くなっていた。


 だが、食料や水を中心にして無くなっている事から回数を分けて運び出している事が考えられる。

 やっぱり、『簡易拠点』のスキルは案外珍しいのかもしれない。


「どうする?」

「やる事は決まってるよ」


 俺は、ドラッグストアにある全ての物資を回収して行く。

 さっきの学生達には申し訳ないが、置いて行ったのであれば俺が全て回収させて貰う。残っていた食料品は、日持ちしない物が殆どだったが背に腹は変えられない。それに、『簡易拠点』の中は『保存』の効果がかかるので状態が悪化する事はない筈だ。


 だいたいの物資を回収し終え、オムニスの元に向かう。


「お前は、俺の後ろにいろ」


 明らかに焦りが見えるオムニスの視線の先、そこは先程まではなかった深い霧に包み込まれていた。そして、霧の向こう側には濁った黄色い眼光が幾つも蠢いている。


 店の外を漂う生温い風と肌を舐められているかの様な不快感に緊張感が否応無く高まる。


「っ!?」

 

 俺に向かって放たれた火球をオムニスが剣で斬り裂き、速度を失った炎がドラッグストアの壁にぶつかる。反応すら出来ず、間違いなく直撃していた軌道に冷や汗が流れた。

 その様子を嘲笑うかの様に、ゴブリン達が一斉に声を上げる。


「ホシイ……オマエタチノイノチ、スベテヨコセ」

 

 耳障りな不快音の様な声。

 いや、それ以上に霧の奥から姿を現した存在に対して、俺は本能的な恐怖を感じる事になった。

 体の肉が腐り、腐敗し、顔の半分の骨が露出した女性の姿。生きているとは到底思えず、ゾンビ映画のゾンビを見ている様だった。そして、霧から姿を現すゴブリン達も皆生きているとは思えない状態をしている。 

 オムニスは、女の姿を目にすると「リッチ」と呟いた。


「リッチ?」

「声による呪いや魔術を使う厄介な不死者アンデッドだ」


 不死者アンデッドとは、既に死んでいる生命体が死者として活動を続ける様になったモンスターの事だ。

 こんな世界だ。ゾンビやグールの様な元人間だった可能性のあるモンスターと戦う事もあるかもしれない、と心の何処かで思っていた。それでも、実際に目の前にすると複雑な思いだ。


 目の前のリッチは、着ている服などから元々俺の住んでいた世界の女性だという事が分かる。本来なら、倒す事に戸惑いや救う方法を考えようとするのが普通なのかもしれない。それなのに、俺の頭の中は一瞬戸惑いはしたが、直ぐに『リッチ』を倒す方法を考えるので一杯になった。


「奴を倒す方法は?」

「ゴブリンを倒すのと変わらない。だが、気を引き締めろよ」

「ヨコセ、チヲ、アツイイノチヲッ!」


 悲鳴の様にも聞こえるリッチの声に反応して、ゴブリン・ゾンビ達が動き出す。

 常に笑い声を上げながら、刃物以外にも棍棒や金槌を振るうゴブリン・ゾンビの動きはゾンビパニックの様だ。


「オムニス、俺の事は構わずに戦ってくれ」

「分かった」


 俺の言葉に頷いたオムニスは、ゾンビ集団の要と思われるリッチに向かって駆け出す。

 襲いかかるゴブリン・ゾンビ達は、鋭いオムニスの剣技によって首を刎ねられると、再び動き出す事はなかった。そして、オムニスの間合いの外から俺に、ゴブリン・ゾンビ達が襲いかかる。


 ゴブリン・ゾンビの動きは、ゾンビになった事で生前より鈍くなっているが、明らかにSTRが上昇している。

 体のすぐ脇を通り過ぎた鉄パイプをコンクリートを叩き付ける音が、生々しく頭に直撃した際の光景を想像させた。

  

「正面からは不利か……」


 周囲を囲まれ攻撃を受ける際に、ゴブリン・ゾンビ達の目の前に『簡易拠点』からタンスや家電などを取り出して視界と動きを阻害した。

 運良く下敷きに出来たゴブリン・ゾンビ達は、足止めが出来そうだ。そして、変装のスキルを使い姿をゴブリン・ゾンビに変身する。

 変装のスキルは、見た事のあるモンスターなどにも変装する事が出来る。


 だが、ステータスが変わる訳でもなければ、体の動きに違和感が生まれたりもする為、使い勝手の良いスキルではない。それでも、集団の中で、突然敵の姿を見失えばゾンビと言えども戸惑う。

 俺は、その戸惑いという曖昧な感情を感情操作で増加させる。そして、ゴブリン・ゾンビの背後に周り『簡易拠点』から取り出した片手斧を首に向かって振るう。


 「グギャ?!」

 

 首を飛ばす事は出来なかった為、片手斧を直ぐに『簡易拠点』にしまい、直ぐに取り出す。これにより、無理に引き抜く必要がなくなり、勢いをつけた状態なら攻撃に転じる隙も最小限に出来る。

 攻撃の際は、必ず『認識誘導』を行い俺から認識をズラす。


 ズバァッと音を立てて、ゴブリン・ゾンビの首の半分まで片手斧が突き立つ。そして、流石と言うべきか、ゾンビの生命力は脅威的で、片手斧が突き立った状態で片手斧を掴んで来た。

 一度動きを止めるとゴブリン・ゾンビ達は、俺に群がり肉を食い千切る。


「いてっ!!」


 肉を食い千切られるのは、『痛み』というレベルではない。

『虚飾』のスキルを使いゴブリン・ゾンビが群がる中から脱出する。



《熟練度が一定に達しました。『精神耐性』がLV:3→4にレベルアップしました。》

《熟練度が一定に達しました。『痛覚耐性』がLV:1→3にレベルアップしました。》

《熟練度が一定に達しました。『認識誘導』がLV:3→4にレベルアップしました。》

《熟練度が一定に達しました。『感情操作』がLV:4→5にレベルアップしました。》

《熟練度が一定に達しました。『急所突き』がLV:1→2にレベルアップしました。》

《熟練度が一定に達しました。『度胸』がLV:4→5にレベルアップしました。》

《熟練度が一定に達しました。『変装』がLV:1→2にレベルアップしました。》

《熟練度が一定に達しました。『簡易拠点』がLV:5→6にレベルアップしました。》


 頭の中にスキルのレベルアップを知らせる声が鳴り響く。


 だが、今はそんな事を確認している場合じゃない。

 

 『簡易拠点』から取り出す家具などと変装のスキルを用いて視覚を作り、戸惑いや焦りの様な感情を煽り、不意打ちで確実に敵の数を減らして行く。それでも、ゴブリン・ゾンビに群がられて何度も激痛と『虚飾』による脱出を繰り返す。

 低い能力値である所為で、戦いが長引く程に俺の動きは鈍くなり致命傷を受ける回数が増えて来た。

 幾ら『独占の欲望』によって敵の能力値を徐々に下げているとはいえ、【神呪ペナルティー:All 1】を持つ俺を下回る可能性はないだろう。


「はぁ、はぁ……」


 

《熟練度が一定に達しました。『疲労耐性』がLV:6→7にレベルアップしました。》



 疲労耐性のレベルが上がった所で、スタミナが増える訳ではない。

 その上、何度も致命傷になる筈の攻撃と痛みを受け続ける事は思った以上に体や心に負担となっていた。体がゴブリン・ゾンビに近付く度に震え、心が『逃げてくれ』『死にたくない』『痛いのは嫌だ』と恐怖を訴える。


 だが、それがどうした。


 足を止めれば、確実に死ぬ。武器を振るわなければ、確実に死ぬ。どちらにせよ死ぬ程の痛みを感じるなら、意地でも体を動かしてやる。


 俺とゴブリン・ゾンビが、死闘を繰り広げる渦中に、火球が着弾した。爆風と熱気、割れたコンクリートに叩きつけられる痛みに、『虚飾』が自動で発動する。


「大丈夫か!」


 どうやら、リッチの攻撃の流れ火球が俺のいた所に偶々直撃したようだ。それでも、リッチのおかげでゴブリン・ゾンビ達はほぼ全滅している。残っている個体の姿は見当たらない。


「……俺は大丈夫だ」


 本当の所は、体も心も限界だが、強敵と戦っているオムニスに言う事は出来ず精一杯強がって見せる。

 出来るだけ早くリッチと戦うオムニスの元に向かう。


「来るな!」

「っ」

「お前が来ても足手纏いだ」


 オムニスと出会って、まだたったの2日にも満たない。それでも、オムニスがつまらない嘘や見栄を張る男ではない事は知っている。だからこそ、オムニスは本気で俺の事を『足手纏い』と思っているのだろう。

 それが理解出来てしまった故に、足が止まる。


「ムダ、ムダムダ」


 リッチの周囲に10を超える数の火球が創り出され、俺とオムニスに向かって放たれだ。

 先程以上の爆風と熱風によって、俺の体は何度も地面に叩きつけられる。『虚飾』が繰り返し発動する中で、オムニスは爆風の中を突き進んで行く姿が見えた。



 自分の弱さが嫌いだ。

 俺は、強くなりたい。


 だが、俺が弱い事は変えようのない事実なのだ。


 今更足掻いた所で、変える事は出来ないし、覆る様な状況ではない。

 アニメの主人公の様に、急に力に目覚める様な奇跡は起きない。


 何故なら、これが現実だからだ。




ーーだったら、諦めれば良い。


 そうだな。自分の身の程にあった弱い敵と戦っていれば、辛いけど、ある程度の勝利を味わう事は出来る。


ーー認めて仕舞えば良い。


 だけど、それじゃ、駄目なんだ。

 この世界で生きるなら、現実を受け入れるだけじゃ駄目なんだよ。



 


 

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