第3話 異世界に外出
早速、行動を開始するかと思ったが、急に雨が降り出した為、雨上がりに行動を開始する事になった。
オムニスは、隣の書斎に置いてある本を物色している。書斎には、教科書や専門書以外にも、漫画やライトノベル小説などを並べていた筈だ。
その間に、俺は、ステータスの中の『職業』と『副職業』を選択する方法を探す。
説明書が欲しいな、と呟きたくなる気持ちを抑えて、念じたり、ステータスを映し出している半透明な板に触れたりなどして試す。
すると、『職業』の欄に触れる事で転職可能と思われる職業が映し出された。
=========
職業:道化師・学生・市民・オタク・料理人・傍観者・冒険者・盗賊・流浪人・流者・旅人
=========
戦闘経験的なのが皆無な俺にとっては、当然だが、戦闘向きな職業は一つもない。
盗賊という職業には、少しだけ惹かれたが、明らかにDEXなどの能力値に左右されそうなので直ぐに諦めた。
他の職業は……流浪人、流者、旅人。別に旅をしたい訳じゃない。
冒険者はありだが、名前的に器用貧乏感が半端ではない。となると、残りの選択肢は『道化師』だけになる。
能力が想像できない上に、名前だけ聞くとピエロの様なイメージしか湧かない。
だが、『道化師』は固有スキルである『憂鬱』を獲得する事で開放される職業だ。おそらく、全く使えない職業な訳ではない筈だ……と思いたい。
本来、道化師は他人を楽しませる存在だ。ピエロは、道化師の一種の姿に過ぎない。それに、道化師の中には国政に影響を与える程の発言力を持った宮廷道化師という人間もいた様だ。
悩んだ挙句に、『道化師』を職業に選択した。
《職業に『道化師』を選択します。宜しいですか?》
心の中で、『YES』と念じる。
《職業が『道化師』となりました。特殊スキル:『簡易拠点』、スキル:『認識誘導』『変装』『感情操作』を獲得しました。》
おお、一杯スキルを獲得したな。
ちなみに、同じような動作で、『副職業』の欄に触れてみた。
=========
LV:10に到達する事で開放されます。
=========
ユニークモンスター【傲慢】の『?????』を倒さない限り開放は不可能と言う事か。
つまり、暫くは使う事がない機能だな。
使えない物はしょうがないと気を取り直し、職業や獲得したスキルについて確認して行く。
=========
職業:『道化師』
・スキル:『簡易拠点』『認識誘導』『変装』『感情操作』を獲得する。
・MP(魔力)+20、DEX(器用)+10、INT(知力)+10、LUC(幸運)+10を獲得する。
スキル:『簡易拠点』
・レベルに応じて、収納できる空間が広がる。
・物に触れる事で、収納する事も出来る。
・拠点内には保存の効果がかけられる。外部からの干渉には、空間系統スキルが必要となる。
スキル:『認識誘導』
・認識を誘導出来る。
スキル:『変装』
・見た事がある生物に変装可能。
・制限時間は、レベル×1分となる。
スキル:『感情操作』
・自身や視野の範囲内の生物の感情を操作する。
=========
一眼見て思った事は、超有能だ。
神呪の所為で、戦闘能力が皆無な俺にとって無難な戦闘スキルはゴミと同じだ。
だが、道化師から獲得したスキルは能力値に左右されず、純粋なスキルレベルが重要となる物だった。
特に、『簡易拠点』は、アイテムボックスの様な機能を持っており、持ちきれなかった荷物を冷蔵庫なども含めて、根こそぎ収納する事が可能となった。そして、変装は今までに見た、人、動物、魚に至るまで姿を変える事が出来た。
「………」
魚は、陸で変身する物ではない。
危なく死にかけて学んだ事を胸に刻む。
ただ、変装のスキルは体の一部分のみの変装は不可能だった。その為、変装後の体に及ぼす影響は事前に考えておく必要がある。
鳥に姿を変えた場合には、少しの間ではあるが空を飛ぶ事が出来た。
「雨が止んだな……」
オムニスが、本を置いていた書斎用の部屋から出て来た。そして、先程まで部屋に置いてあった筈の荷物が無くなっている事に気付き、訝しげな視線を向けられる。
「物を収納出来るスキルが手に入ったんですよ」
感情操作で冷静を装い、スキルの能力を掻い摘んで説明する。オムニスは「……そうか」と短い返事を返すばかりだった。
あれ、分かったって事で良いのかな?
互いに、生きていた世界が違う為、コミュニケーションは重要だ。少しでも仲良くなれば、いざという時に、助けて貰える確率が上がるかもしれない。
だが、残念なことに、今はあまり時間がなさそうだ。
「行くぞ」
「あ、ちょっと屋上行っても良いですか?」
「ん?」
俺の住んでいるマンションは、6階が屋上となっている。そこから見える景色は、4階ーー自分の部屋から見た時よりも歪な世界がよく見渡せた。それによって、自分の住んでいた世界が突然、異世界に変わってしまった事を再認識させられる。
だが、今さら悲願したってしょうがない。
俺は、『簡易拠点』から双眼鏡を取り出して周囲を見渡す。探しているのは、食品や日用品、薬が売ってそうなドラッグストアだ。そして、一緒にモンスターも探して行く。
雨上がりだからか、モンスターの数が少ない。
しかし、そこを歩くオーク?らしきモンスターなら俺の首を簡単にへし折れそうだし、黒い犬のモンスターらしき群れなら、骨まで食われそう。そして、ゴブリンが人を殺す所を丁度見てしまった。
もしかしたら、自分が殺されていた可能性が頭を過ぎる。
《熟練度が一定に達しました。『ストレス耐性』を獲得しました。》
屋上からモンスターと殺された人々の姿を見るだけで、耐性スキルを獲得してしまった。これは、『憂鬱』の効果かな。
あれは、ショッピングモールか。
以前の場所より大分ずれてるな。
「で、どうする?」
「えっと、あっちの方向にある建物に向かいたいです」
オムニスは、俺の手で示した方向に視線を向ける。
「よく分からないが、分かった」
オムニスは、俺をお姫様抱っこの様な姿勢で抱えて、転落防止用の柵を軽々と飛び越える。出会った時に纏っていた厚手のローブがバサバサと雨上がりの風を受けて、音を立てていた。
「まさか、飛び降りるんですか?」
「そうだ」
了承を伝える前に、俺達の体は空中へと解き放たれた。
「嘘だろっぉぉぉおおお!!?」
絶叫。
準備のしようがなかった恐怖感に、オムニスの鬣に埋もれた首を力一杯抱き締めて、重力に引かれて近付いて来る地面に死を覚悟する。
だが、着地の衝撃は思ったより少なく、何より五体満足だった事が奇跡だった様に思える。
恐るべきは、鬼人の高能力値とオムニスの度胸か。
後々説明された事情を含めるなら、オムニスが纏う厚手のローブには『衝撃緩和』『温度調整』『浮遊』の効果が付与された特殊な道具という事だ。
「口を閉じていろよ」
俺は、未だ能力値の差を甘く見ていた。
俺の普段の走る速さが、AGL(敏捷):4で実現されているというのなら、AGL(敏捷):62とSTR(筋力):100を持つ超人が走れば、どれ程の速度が出るのか考えが及んでいなかったのだ。
人間の成人の走る速度は、時速16キロ程度。
簡単に計算しても、俺の約13倍の敏捷+約20倍の筋力が走る事に使われる事になる。
おれ………生きていられる?
結果、絶叫をあげる事すら出来ず必死にオムニスに捕まって耐えた。
良く生きていたな、自分。
偉いよ、自分……。
やっぱり、互いを理解する為のコミュニケーションをおろそかにしちゃいけなかった。
「この建物か………」
「……後で、話をするからな」
オムニスが憔悴しきった俺の姿を見て、バツの悪そうな表情を浮かべ「分かった」と返答した。そして、「人間は、こんなにもか弱いんだな」とまで言われてしまった。
なんか、ごめんね!
《熟練度が一定に達しました。『精神耐性』を獲得しました。》
《『精神耐性』を獲得した事により、『ストレス耐性』が統合されました。》
物陰で、水を飲んで落ち着いた俺はショッピングモールを見上げる。
ガラス張りの建物は、至る所がひび割れていた。出入り口は、自動ドアごと破壊され、周囲に人の姿は見えない。
オムニスの話では、建物の中に多数の気配があり、おそらく、人間とモンスターの気配が混ざりあっているとの事だ。
何故そんな詳しい事が分かるのか聞くと、特殊スキルである『野獣の本能』には感知系統の効果があるらしい。そして、そういった感覚自体オムニスは元々鋭かった様だ。
「どうする?」
オムニスが俺にわざわざ聞いてくるのは、ショッピングモールの構造などについて俺の方が詳しいからだろう。
「行こう」
俺が賛同した事で、オムニスと俺は並んでショッピングモール内部に潜入した。入って直ぐに目に付いたのは、食料品売り場だ。
幾らかは持ち出されているが、残されている食材も多い。
俺は、食材や飲料水などを片っ端から簡易拠点に回収して行く。
他にも、お菓子類や調味料、溶けてしまったアイスや商品棚には陳列される前の商品も含めて全て回収する。
オムニスの話では、他にも人間がいるかもしれないが、だからどうした。
今、この場にいないという事は、この場の食料などを放棄した事と同義だ。全て奪われたって、誰にも文句は言わせない。
《熟練度及び条件を達成しました。『独占の欲望』を獲得しました。》
《熟練度が一定に達しました。『簡易拠点』がLV:1→4にレベルアップしました。》
独占は、認めるけど、『独占の欲望』なんて感情は誰にでもあるだろ。
目ぼしい食品などを全て回収した頃、途中から別行動をとっていたオムニスが戻って来た。
「何かありました?」
「ゴブリン3体、ホブゴブリン1体、シャドウ・ドッグ2体を倒して来た」
「いつの間に……」
確かに、腕時計を確認すると20分を過ぎていたが、その間に合計7体のモンスターを倒すなんて凄過ぎる。
もう、あんたがチートだよ。
そんな感情を押し殺して、次の目的地に向かう。
ショッピングモールの中でも、包丁などの刃物が揃えて売っているコーナーだ。
だが、予想通りというか殆どが持ち出されていた。
残っている刃物は、果物ナイフなどの小さな刃物や燃料で動く芝刈り機やチェーンソーなどだ。
オムニスが興味津々で色々触っている傍で、俺は全て回収する。そして、次は、近くの本屋の本を全て回収する。世界がおかしくなってしまったとしても、知識が武器である事は変わらない。
特に、医学や薬学は今後重要になって来る可能性がある。
他は、あまり荒らされた痕跡のないフードコートの店やそこ以外の店舗に入って、調味料や食材、料理器具を回収した。そうしている間にも、時折オムニスはモンスターを人しれず倒し、俺は簡易拠点のレベルを上げ、『窃盗』『度胸』『器用強化』のスキルを獲得した。
犯罪者臭のするスキルを獲得してしまったが、気にはしない。生きる為だ。
「残りは上か……」
ショッピングモールは、2階立てだ。2階には、電化製品や映画館、服屋、ブランド品を売る店がある。
正直、そんな物は後回しで良いが、2階のアウトドアコーナーにあるアウトドア用品は是非欲しい。
だが、オムニスの話では、現在2階のモンスターが電化製品売り場に立て篭もった人間達と戦闘中との事だ。
「どうする?」
「………助けるメリットは、ないかな」
人を助けた所で、身勝手に讃えられたり、縋られる事になるのは目に見えている。
『こんな状況だ』『困った時はお互い様だろ?』『お願いだ』そんなご都合主義な方便を並べて……。
スキルなどに付いても聞かれて、保護する様に頼まれる可能がある。それに、助けたからといって自分よりも混乱している大人達に要求して得られる対価やメリットは思いつかない。
俺の性格的に、『助けてやったんだから、言う事を聞け!』と言う事も出来ない。
てか、俺1人じゃ助けられないし。
もし、オムニスの力を借りて助けたとする。そして、保護を頼まれて、それを断れば、罵詈雑言や身勝手な正論を長々と語られる事になりそうだ。
最悪な場合、オムニスを攻撃したり、俺を含めて敵だと騒がれる可能性もある。
「良いのか?」
オムニスの表情は、獅子顔な為分かり難いが声質からして『本当にそれで良いのか?』と気づかってくれている事が分かる。
「オムニスこそ、同じ世界のモンスターを殺して良かったんですか?」
「何を言うかと思えば、そんな事か」
オムニスの世界では、種族間の争いは日常茶飯事で、同じ種族の中ですら迫害や争いが起きる事は不思議ではなかった事らしい。
「お前は、殺せば強くなれる虫が足下にいたらわざわざ逃がすのか?」
オムニスにとって、同じ世界のモンスターを殺す事は、その程度の事らしい。