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第18話 脅威



 早朝。

 オムニスが、ヴァッシュを含めた猫妖精ケットシー達と出かけて行くのを見送る。

 案外、猫妖精ケットシー達に懐かれて戸惑っているオムニスの姿を微笑ましく思いながら振り向く。

 すると、大きな壁にぶつかった。

 厳密には、背後にはなかった筈の適度な弾力を持つ獣毛を含んだ壁。


「朝っぱらからよぉ、師匠の胸に頭突きとは良い度胸じゃねぇかぁ?」

「すみませんっ。てか、いつの間に……」

「オムニスがぁ、民達に手を握られた所からよぉ」

「結構前からいたんですね」


 相変わらず、気配の『け』の字も感じさせない動きを行う師匠であるアラドを見上げる。

 咥えていたキセルから口を離し、俺に向かって煙を吹き掛けた。


「うはっ!?」

「これで、お相子だなぁ」


 煙はどうしても無効化出来ないので、甘んじて受ける事にする。


「さぁて、己等達も行くぜ」


 歩き出すアラドの後ろを着いていく。


「それで、何処に行くんですか?」

「偵察がてら、蜘蛛退治だ」


 「蜘蛛退治」と言われて思い出すのが、蜘蛛型モンスターとユニークモンスターの存在だ。


 嫌な予感というのは、高確率で当たると言われている。

 アラドは、手慣れた動作で俺を脇に抱える。


「空に出るからよぉ、気をつけんだぜ?〝忍法・狭間渡りの術〟」


 空間が歪み、一瞬で体は街を見下ろせる高さの空中に俺達は投げ出された。

 以前と違い、凡ゆる耐性スキルや『心象操作』のおかげで、恐怖が極力抑えられて空中から街を見下ろせる余裕が生まれている。

 重力によって落ちる真下には、天蓋に覆われたアーケード商店街が見えたが、一部の屋根は壊れ、中の蜘蛛の巣が露出しているのが見えた。そして、屋根には蜘蛛型のモンスターが周囲を警戒する様に動き回っている。


 蜘蛛に聴覚はなく、音を振動で感じる毛の様な器官があるらしいが、モンスターはどうなんだろう。

 

 商店街の観察を行なっていると、やはり殆ど音を立てずにアラドは近くのビルの屋上に着地した。

 真下にいる筈の蜘蛛型モンスターも気が付かない。


 だが、そんなアラドの表情は今までに見た事がない物だった。


「なんだぁ?この気配……」

「蜘蛛型モンスターですか?」

「あんな雑魚のもんじゃねぇ。もっとよぉ、得体のしれねぇもんだ」

「それって、ユニークモンスター……」

「だろうなぁ」


 暫く商店街の方向を睨み付けていたアラドが口を開く。


「アキラ、お前ぇには何が見える」


 アラドに言われて、『龍脈之王』の力を目に使う。

 すると、商店街の近くを通っていた魔素マナの流れが急に変わって、商店街の奥に集まっていた。

 しかも、集まった場所から、何かに無理矢理吸収されている。その事をアラドに説明すると、「そういう事かぁ」とアラドは呟く。


 その時、警報音に似た音が鳴った。


《ユニークモンスター【強欲】の『ディザイア』の領域が、拡大します。》

《ユニークモンスター【強欲】の『ディザイア』の領域に侵入しました。》


 ユニークモンスターの領域が広がった事に驚愕している中で、今までこちらに気付く様子のなかった蜘蛛型モンスターが一斉に動き出す。

 

「どうやら、気付かれたみてぇだな」

「どうします?」

「ああ?決まってぇんだろ?」


 アラドは、俺を抱えて商店街の前に跳びおりた。


「予定通り、蜘蛛退治だ」


 暗殺を稼業にしてるとは思えない、敵を前にした時の畏怖堂々とした姿が、悔しいがカッコいいと思う。


 アラドが腰に吊るす刀を抜いた。刀は、柄、鍔、刀身、全てが白い。そして、引き込まれそうになる程に美しく、恐ろしくもあった。そして、触れた物全てを斬り裂く様な威圧感を刀自体が纏っている。

 その白刃が、目視では追えない速度で振るわれると、跳び掛かって来ていた蜘蛛型モンスターの体が両断されていた。そして、刀の刀身にはモンスターの血や体液などは一切付着していない。


「ボサッとしてんじゃねぇ。お前ぇも戦うんだ」

「はい!」


 俺は、『簡易拠点』からアラドから貰った刀を取り出して鞘から引き抜く。

 背中をアラドに預けて、敵との間合いをはかる。


 だが、このまま戦っても、能力値の差で押し込まれれば俺では蜘蛛型モンスターには勝てない。


 正直、失敗が怖いが『龍脈之王』の力で龍脈から少しずつ魔素マナを汲み上げて、『天之太刀』を発動する。

 力加減や汲み上げる魔素マナとの兼ね合いは難しいが、何とか扱かう事が出来た。蒼白い炎の様な光が、刀に纏わり付いついる。


 1匹の蜘蛛型モンスターの放った糸をギリギリの所で躱す。そして、敵に向かって駆ける。

 能力値そのものが上がった訳ではないので、背後に回り込まれて首筋に噛み付かれた。

 

 だが、蜘蛛型モンスターの牙が皮膚を食い破る瞬間に『虚飾』が発動し、攻撃は空を切った。そして、『心象操作』による噛み付いた感覚の強調を行う事で、自身の感覚と現実の違いに混乱させる。


「ふっ」


 振り下ろした剣が、蜘蛛型モンスターの首を斬り裂く。


 だが、勝利の余韻を感じる間もなくモンスターが襲いかかって来る。


「〝水球〟」


 『龍脈之王』のスキルを使っている間は、魔術の発動速度や威力が段違いになっていた。

 自分でも咄嗟の判断だったが、予想以上の結果に驚く。それでも、体は怯んだ蜘蛛型モンスターの下に滑り込んで、腹部を斬る。更に、斬り裂く。


「ギィィイ、ギ、」


 俺に襲いかかる隙を伺う蜘蛛型モンスター達には、反対に感情を煽って襲いかからせる。数匹同時に来れば、それだけ敵の認識や思考を狂わせ易くなった。『虚飾』のスキルに困惑した敵の脆い関節を狙って、刀を振り下ろす。

 足を斬り飛ばした蜘蛛型モンスターは、体勢を崩して地面に倒れ込む。すかさず、頭に向けて刀を突き立てる。


「ギィァ、ぁァ」

「泥くせぇ戦いの割に、やるじゃねぇか」


 刀を肩に担ぐ様に持つアラドの周囲には、モンスターの死骸と体液で元の地面が見えなくなっていた。


 だが、アラドと刀には一切の汚れがない。それに比べて、俺は、土やモンスターの体液に塗れている。


「……まだまだです」

「そうかい」


 アラドが軽く振ったように見える刀は、頭上から飛び掛かって来ていた蜘蛛型モンスターを両断してしまう。


「だが、解せねぇなぁ……」


 こちらに距離を取って、警戒音の様な音を鳴らす蜘蛛型モンスターを眺めてアラドは呟いていた。

 俺には、何が気になるのかが分からない為、何が気になるのか、問い掛ける。


「こんだけの群れなのによぉ。同じ個体しか見ねぇのは、変じゃねぇか?」


 アラドに言われて、俺も不可思議な事に気付く。ゴブリンの様な少数の群れで動くモンスターにさえ、ホブゴブリンなどの上位種がいるのに蜘蛛型モンスターには、上位種や変異種が1匹もいない。

 そういえば、商店街の奥に絶え間無く龍脈から魔素マナが汲み上げられていた。それだけの魔素マナを一体何に使っているんだ……。


「……もしかして、複製コピーされたモンスター?」

「こぴぃ?」

「いや、同じモンスターしかいないのは、商店街の奥にいるユニークモンスターが自分の複製を作ってるんじゃないかな……とか思って……」

「そいつぁ、面白ぇ発想だ。だがよぉ、あり得ねぇ話でもねぇな」


 考え込むアラドだが、モンスター達は一向に襲って来る気配がない。

 アラドの強さを見て、攻めて殺すよりも護りに徹した方が良いと判断したのだろう。

 もし、そうなのだとしたら学習をしている。アニメやライトノベルに登場する、機械の様に動くだけのコピーとは違うらしい。それに、蜘蛛型モンスターが複製されるモンスターとは決まってもいない。


 だが、本当に奴等が『ディザイア』の複製なら、量産型の劣化版だろう。だから、これからは、レッサー・スパイダーと呼ぼう。


「一旦戻るぞ」

「良いんですか?」

「攻め込むなら、今じゃねぇ」


 真剣なアラドの顔を見て、「はい」と頷く。




□□□□□



 天猫御殿に戻った俺は、汚れを落とす様にアラドに言われて風呂場で準備して貰ったお湯とタオルで体を拭いていた。

 汚れた服は、「洗って起きます」と持って行かれてしまった。新しい服を準備する、とも言われたが、予備がある事を伝えて断った。


 流石に、服まで準備して頂くのは申し訳ないと思ったのだ。

 既に、今までも部屋の準備や食事など色々迷惑をかけているので、あまり迷惑をかけたくない。


 着替えると、最初にアラドと会った部屋に案内にされた。

 そこには、オムニス、若頭のヴァッシュと初めて見る小柄な猫妖精ケットシーが、アラドに向かって座っている。

 初めて会う《ケットシー》は、部屋に入って来た俺の方を振り向く。その姿は、手足が短い事で有名な猫ーーマンチカンの猫妖精ケットシーだった。


 互いに目が合って、無言で見つめ合う。


「……」

「……」


 気まずいので、取り敢えず挨拶をしておく。


「えっと、初めまして。斎賀暁です」

「凄。私見ても平気なんですね」


 何の話か分からず、オムニスとヴァッシュの方に視線を向ける。


「ぁ、私、若頭のテルーて言います。よろしくね、アキさん」

「えっ……どうも」


 小さな手で握手を求められたので、握手に応じる。

 声からして、女の子の様なので、女性の猫妖精ケットシーだ。そして、昨日オムニスが言っていたもう1人の若頭でもある。


「テルーを見た人は、テルーの虜になってしまうニャ」

「虜?」

「『庇護欲の誘惑』と言うらしいです。でも、生まれ付きの体質なので、今更スキルって言われても……」


 複雑な表情のテルーをヴァッシュが座らせて、俺も若頭達の後ろに座る。

 他にも、アラド達の周りには貫禄のある猫妖精ケットシー達が座っていた。中には、手練れ感を醸し出す猛者風の猫妖精ケットシーもいる。


「ヴァッシュ。まず、報告をしてくれねぇか」

「はいニャ!」


 これから何が始まるのか、イマイチ理解出来ていない俺は、隣に座るオムニスに視線を向ける。


「どうやら、ユニークモンスターについてらしい」


 オムニスが言った通り、ヴァッシュは商店街に住み着いたユニークモンスターに付いての報告を上げて行く。

 内部に住み着く蜘蛛型モンスターに関する情報、周辺の地形、商店街内部の構造、侵入した際のシステムの警告音の内容など。


 だが、商店街内部に関する構造は厳密には分かっておらず、先程起こった領域の拡大、更に龍脈に関する話は一切触れられていない。


「やべえモンスターがいる事は分かったぜ。だが、今の所は無害何だろ?」


 アラドより大きな体躯で、粗雑そうな話し方をする猫妖精ケットシーの方に視線が集まる。

 その見た目は、粗雑そうな話し方とは裏腹に愛らしさを僅かに残すノルウェー・ジャン・フォレスト・キャットの猫妖精ケットシーだった。そして、作業着を着て、長い毛を後ろで縛っている事から何かの技術者なのだろう。


「それがよぉ、そうとも限らねぇみてぇなんだ」

「どういう事だよ、兄貴」


 兄貴っ!?

 今、あの大柄な猫妖精ケットシーが、アラドの事を兄貴って呼んだ。


「あの人は、頭の実弟であるウラドさんニャ」


 ヴァッシュが、小声で教えてくれた。


「ついさっき、領域が拡大したのよぉ。それに、龍脈から直接魔素(マナ)を喰らってやがるみてぇだした」


 急に、この場にいた猫妖精ケットシー達が騒めき出した。


「おいおい、兄貴!いつの間に、龍脈なんか見える様になったんだ?」

「己等じゃねぇ。俺の弟子が見えんのよぉ」


 今度は、視線が俺に集まる。

 近くに座っていた筈のオムニス、ヴァッシュ、テルーすら体ごと俺に向けて驚愕していた。


「ほ、本当かニャ?」

「ぇ、本当だけど……」


 ヴァッシュの問い掛けに頷くと、「おお!」と猫妖精ケットシー達が声を上げる。


 だが、意味が理解出来ない俺は困惑するばかりだ。


「アキラ。龍脈とは、本来目で見る事は出来ん。修行を通し獲得出来るのは、魔素マナを感じたり、操る事くらいだ」


 困惑する俺の為に、オムニスが説明をしてくれた。


「それ以上は天性の才能やそれこそ特別な何かが必要になる」

「でも、龍脈が見えるからどうなの?」

「龍脈は世界を流れる魔素マナの流れだ。異変が起きれば、逸早く対処が出来る。それだけでも、充分な価値だ」

「そ、そうなのかな……」


 どうやら、俺は『龍脈之王』の力がどれほど凄い物なのかを厳密には理解出来ていなかったようだ。


 だが、説明を聞いても、異変や変化を早期に見つけて、今後の変化を予測する天気予報の様にしか聞こえなかった。それに、アラドは最も重要な事を話していない。


 俺も、龍脈から魔素マナを汲み上げられる事を。


「お前ぇには、馴染みのねぇ話みてぇだな」


 アラドが言葉を発した途端、場の騒めきが一瞬で静まる。


「だが、身勝手に龍脈を汲み上げちまえば、必ず何処かで帳尻を合わる事になる」

「帳尻?」

「災害、疫病、モンスターの暴走。それこそぉ、とんでもねぇ事が起きちまうのさ」


 俺は、その言葉を聞いて自分の得た『龍脈之王』の力がどれ程危険な物かを理解した。そして、【強欲】のユニークモンスターの存在が、自分の思っていた以上に、世界にとって最悪の脅威だという事も知る事になったのだ。

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