第14話 猫の里
夕飯を食べた俺は、『水魔術』で溜めた水で体を拭いてからリビングのソファーに座り休んでいた。
オムニスは、床に座って、武器と防具の点検をしている。様々な店を探し回ったが、オムニスの体格に合う服は殆どなく、今はノースリーブのシャツとズボンを履いていた。
扉や窓の施錠は確認し、窓の近くには一応『冠位拠点』から取り出したタンスを並べて置く。強敵が来た場合には意味はないが、多少の敵なら時間稼ぎぐらいにはなるだろう。
寝るには、少し早い気がした為、ステータスを開いて確認をする。
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名前:サイガ・アキラ【神呪:All 1】
LV:1
職業:道化師
副職業:選択不可
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HP(体力):1(10)
MP(魔力):1(30)
ST:1(10)
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STR(筋力):1(4→10)
DEX(器用):1(27→36)
AGI(敏捷):1(4)
VIT(耐久力):1(3)
INT(知力):1(19→25)
LUC(幸運):1(40)
SP:2→12
《固有スキル》
憂鬱
虚飾
《特殊スキル》
独占の欲望LV:2→5
魔素支配LV:1→2
賢者の才
《スキル》
簡易拠点LV:6→8
認識誘導LV:4→6
感情操作LV:5→8
筋力強化LV:1→2
器用強化LV:4→7
知力強化LV:2→4
急所突きLV:3→5
水魔術LV:2→3[+水球、+水壁]
窃盗LV:3→5
度胸LV:6→9
変装LV:2→3
料理LV:2→4
剣術LV:2→4
槍術LV:1→2
観察LV:4→7
《耐性スキル》
苦痛耐性LV:3→5
精神耐性LV:6→7
損傷耐性LV:4→8
疲労耐性LV:7→9
属性耐性LV:1→3
〈パーティー〉
1.オムニス
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毎日着実にスキルレベルが上昇しており、もう直ぐレベルが10に到達するスキルもある。
おそらく、レベルが10に到達する事で何かしら起きる可能性がある為、出来るだけ早めにスキルレベルは上げておきたい。
次に【LVカード】を確認し、シャドウ・ドッグやゴブリン、壁に張り付くトカゲの様なモンスターであるミミック・リザードの経験値を取り出す。それを、漸く素直に受け取る様になったオムニスへ譲渡した。
すると、頭の中に新たなスキルを獲得した事を知らせる声が響く。
《条件を達成しました。固有スキル:『慈善』を獲得しました。》
「おっ」
突然固有スキルを獲得した事で、少しだけ変な声が出てしまった。
『感情操作』で感情を落ち着けて、効果を確認する為にスキルの欄に触れる。
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固有スキル:『慈善』
・パーティーが、戦闘で獲得する経験値を増加させる事がある。(増加率:1.0〜2.5倍)
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とんでもなく有能なスキルだった事に、言葉を失う。
「……」
パーティーという事は、俺も含まれているのだろう。
つまり、必ずではないが『憂鬱』のデメリットを軽減、あるいは無効化する事が出来る。それだけでも有能なのに、パーティーに含まれているオムニスにまで恩恵があるのは嬉しい。
しかも、デメリットなしだ。
『憂鬱』と『虚飾』には、メリットに比例したデメリットがあった為、身構えてしまったが一安心する。
「何かあったのか?」
訝しげなオムニスの視線に気付き、獲得した『慈善』に付いて説明する。
「凄いスキルだな」
「多分、【LVカード】をオムニスが受け取ってくれたから獲得したんだろうな」
俺の言葉に、オムニスは複雑な表情を浮かべる。
「どうした?」
「いや、素直に喜んで良いか分からなかっただけだ」
「別に、俺が好きでやった結果なんだから、オムニスが気に病む事はないだろ」
「俺にも誇りや意地があるんだよ」
オムニスは、溜め息を吐いて、防具や武器を『収納』のスキルで片付けた。
「俺に何か出来る事はないか?」
「え……」
急にそんな事を言われても、オムニスが納得する様な要求は思い付かない。
「それじゃ、取り敢えず触っても良いか?」
「まさか……す、好きにしろ」
以前から興味があったが、本人から許可が出た事で好きなだけオムニスの鬣や毛量の多い胸の毛などを撫で回す。
オムニスは、「お前……」「そこは……」「グルル」などの言いつつ、抵抗はしない。それに、ゴワゴワしてるかと思ったが、案外ふわふわしていたり、鬣もサラサラだ。
「くっ、満足か……」
顔が赤くなり、呼吸も荒くなって来たので、手を止める。
「はい、満足です」
「くそ……。こんな事で、新しくスキルを獲得してしまうとは……」
どうやら、オムニスは新しいスキルを獲得した様だが、俺も『器用強化』のスキルレベルが上がっていた。
俺にとっては、なかなか有意義な時間となった。
オムニスをモフモフ出来たおかげか、良く眠れた気がした……。
着替えて朝食作りに取り掛かる。
相変わらずオムニスの朝は早く、朝から本を読み漁っていた。
最初は野蛮そうな見た目とは裏腹の知的な一面に驚いたが、今では見慣れてしまった。
オムニスも分からない文字を俺が教える事で、一般的に使われる文字などは問題なく読む事が出来る様になったらしい。
恐るべき学習速度だが、本人曰く『言語翻訳』のスキルがあるお陰との事だ。
ガスコンロで、鳥肉とゴボウを醤油や酒、出汁などで炒め、ご飯を混ぜ込んだ鶏めしと野菜多めの味噌汁を作った。器によそっている間に、テーブルの上に置かれていた本は書斎に片付けられている。そこに、朝食を運び、『簡易拠点』からペットボトルのお茶を取り出す。
「朝から食欲が唆る」
「多めに作ったから、おにぎりにしてお昼に食べるからな。全部食べるなよ」
「……分かった。頂きます!」
絶対今、フライパンの中の鶏めしを食べ尽くす事を考えていたオムニスに釘を刺しておく。
「美味いっ。甘塩っぱい味付けで、この味噌のスープにも会うな」
「久しぶりに味噌汁飲んだけど、美味い」
「おかわりだ」
そう言いつつ、自分でフライパンの鶏めしを山の様に盛る。そして、「これは、お昼用で、こっちはアキラのおかわり用……」としゃもじで考えながら盛っていたのには笑ってしまった。
その時、突然扉が叩かれた事で和やかな雰囲気から緊張した空気へと切り替わる。
一瞬、マンションに人が残っていたのか、とも考えたが、そうだとしたらオムニスが気付かない筈がない。
「気配はなかった筈だ……」
オムニスは、部屋の中では充分に剣を振るう広さがない事を考え、『収納(武具)』から剣を取り出す事なく立ち上がっていた。俺は、朝食を全て『簡易拠点』に回収し、ナイフを取り出す。
オムニスの感知能力は、隠密に優れた蜘蛛型モンスターの奇襲にも対応出来る程に優れている。その感知能力を掻い潜る程の何者かに、警戒をしつつ玄関の扉へと向かう。
扉の覗き穴から外を見ると、黒装束を纏った猫が立っていた。
「!?」
家を教えた覚えのないヴァッシュが、扉の前にいる事に愕きつつ側にいたオムニスに伝える。そして、オムニスの同意もあり、扉を開けた。
「いやー、部屋を間違ったと思ったニャ!」
「どうやって部屋を?」
「ニャハハハ。某は、忍ですからニャ」
どうやら、前にオムニスが言っていた通り、ヴァッシュは油断出来ない猫妖精で間違いない様だ。
「所で……ご飯の時間でしたかニャ?」
「グゥぅうう」とヴァッシュの腹が鳴った。
「お恥ずかしい。暫く、干した小魚しか食べてなかったんですニャ……」
仕方なく、部屋へと上がって貰い朝食を再開した。オムニスが、不満そうな目をしていたので、『簡易拠点』から焼きそばパンとツナマヨが入ったパンを取り出して並べる。
「ニャ〜〜、お米が美味しいですニャ。こっちのスープも良いダシですニャ〜」
器用にスプーンで鶏めしと味噌汁の具材を頬張るヴァッシュとオムニスだったが。
「某は、つなまよ、というパンが食べたいですニャ」
「待て。一口食わせてくれ」
「なら、やきそばぱんも一口欲しいですニャ」
「なに……」
2人のネコ科がパンの分け方で交渉を続けている間に、綺麗に無くなってしまったフライパンや食器類を片付けて置く。
その間に、2人はパンを食べ終えた様だ。
「それで、何しに来たの?」
「実はですニャ。某達の頭が、2人にお会いしたいとの事ですニャ」
「っ」
「何故だ?」
オムニスの虚偽を話す事を許さない様な、鋭い目つきで見られるヴァッシュ。
「詳しい事は分からないですニャ。おや…頭は、時々突拍子もない事を言い出すからニャ」
相変わらず、嘘を言っているかは分からない。その為、オムニスの方に視線を向ける。
「……俺は、この話を受けても良いと思っている」
「俺は、オムニスに任せるよ」
「悪いな」
俺としても、『王殺し』と呼ばれる猫妖精には興味がある。それに、ヴァッシュが俺達を騙すメリットはない気もするしな。
猫妖精の隠れ里『ウルル』に向かう事になった為、準備を済ませて部屋のリビングに集まる。ヴァッシュに言われて、靴は履いた状態だ。
疑問を抱えたまま、鎧とローブを纏ったオムニスと共にヴァッシュを見つめていると、ヴァッシュは空中から古びた巻物を取り出した。
「それでは、御二方。準備は宜しいですかニャ?」
ヴァッシュの言葉に、俺達は頷く。
「では、御二方を某等の里へご案内致しますニャ!」
すると、ヴァッシュは勢い良く古びた巻物を縛っていた紐を解き、空中へと巻物を開く。巻物の中には、山や川、小さな村の様な絵が描かれている。そして、其れ等の絵が色付き始め、光を発する。
「〝忍法・狭間渡りの術〟」
ヴァッシュの声が聞こえた瞬間、景色が歪む。
「!」
一瞬の浮遊感が通り過ぎ、景色の歪みが消える。
すると、目の前に広がっていたのは霧に囲まれた村の高台。
いや、高台だと思ったが、振り返った先には『城』と思わせる程に荘厳な雰囲気を漂わせる殿が鎮座していた。
呆然とする俺の眼前で、城門と思われる扉が音を立てて開く。
正直、圧倒された。声が出ない。
「ここが、『天猫御殿』ですにゃ。ささ、頭が待ってますニャ!」
まだ、現状の整理が出来ていない状態だが、ヴァッシュとオムニスが歩いて行く後ろを必死で突いていく。
天猫御殿まで続く石畳を歩き、奥へと通される。
当たり前かもしれないが、すれ違う人は皆、猫妖精だ。着ている服装は、黒装束だったり、日本の着物に似た服だったりと、日本で見かけた事のあるような服装をしている猫妖精が多い。
天猫御殿の奥。時代劇で殿様が座っている様な所に、座してキセルを咥えた大きな虎猫。右目には、大きな傷後が見られるが、刃の様なギラついた光を秘めた双眼をしている。
龍虎が縫い込まれた羽織を肩にかけ、侍を彷彿とさせる様な出立ちの猫妖精は、空中に煙を吐き出した。
見た目だけなら、猫ではなく、虎だと言っても納得出来そうな貫禄がある。
「己等は、アラド。この『ウルル』で、忍頭を勤めてる」
「自分は、斎賀暁です」
凄みのある声に、体が固まった。
殺気、威圧、恐怖、どれとも違う感覚。
例えるなら、積み重ね続けて来た格の違いから発せられる言葉の重みだ。
「……オムニスと申します」
「所で、お前ぇ等には、倅のヴァッシュが、世話になった様だなぁ?」
場の雰囲気というよりも、アラドが放つ存在感に呑まれそうになって、口や喉が重く感じる。
「いえ、助けられたのは自分達の方です」
返答を待たせる事は、失礼だと思い、深く考えもせずに即答してしまった。
俺は、こちら側の礼儀作法などに疎い為、オムニスに任せようと思っていたのに、反射的に口が動いていた。
「そいつぁ、謙遜だ。ヴァッシュは、口は軽いが、己等に嘘はつけねぇのさ」
「なぁ?」と言葉と共に、アラドに視線を向けられるヴァッシュ。
「親父には、嘘を付いても無駄だからニャ」
バチンッ!
突然近くで響いた音ではなく、先程はまで部屋の奥で座っていた筈のアラドが、気付いた時には隣に立っていた事に驚愕した。
「たぁく。天猫御殿じゃ、頭と呼べと言っただろ?」
「ニャー!デコピンは酷いニャ!」
どうやら、額に打ち込まれたデコピンの痛みに悶絶してるヴァッシュを見て、一瞬で行われた一連の動作を漸く理解出来た。
再び、キセルを咥えて煙を吐いたアラドは元いた位置に座る。
「男が、そんぐれぇの痛みで騒ぐな」
「鬼畜ですニャ!」
「……」
アラドのキセルを持っていない左手が動くと、痛みに転がっていたヴァッシュが風の様な動きで戻って来る。
「そんな事より、某を使って、オムニス殿とアキラ殿を呼んだ理由を説明した方が良いと思いますニャ!」
ヴァッシュの言葉に、アラドは咥えていたキセルから口を話す。
「あぁ、面ぁを見てみたかったのさ」




