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第10話 猫と逃走



 蜘蛛型モンスターの認識を倒された他の蜘蛛型モンスターに誘導して放った〝水球〟は、蜘蛛型モンスターに着弾する。


 だが、後方に吹き飛ばす事は出来ても倒す事は出来ていない。それでも、隙は作った。


「ギシャャアア!?」


 〝水球〟の衝撃で動きを止めた蜘蛛型モンスターの足をオムニスが斬る。それにより倒れた蜘蛛型モンスターの目を目掛けて、簡易拠点から取り出した先端が尖った鉄パイプを突き立てる。

 2匹目の蜘蛛型モンスターも断末魔を上げて動きを止めた。


「アキラ、増援だ」


 まだ目の前の出口を塞ぐ様に、蜘蛛型モンスターが残っている状態で、後方に見える位置まで蜘蛛型モンスターの群れが迫っていた。


 最悪な状況を前にして、物陰から小型の黒い影が現れ宙を舞う。


「え?」


 小型の影は、腰に吊るしていた小刀の様な刃物を引き抜き、落下速度を活かした高速の太刀筋で蜘蛛の首を斬り落とした。

 殆ど音もなく地面に着地した姿は、黒装束の様な衣服を纏った三毛の猫だった。


「ニャ!」

「っ!?」

「今だ、逃げるぞ!」


 オムニスは俺を脇に抱えると、突然現れた三毛猫に続いて商店街の外に駆け出す。

 2人の本気で走る速度は、周囲の景色が流れて見える程に早く、あっという間に商店街から脱出する事に成功した。

 追っ手がない事を確認した俺達は、建物の物陰に隠れる。


「ふぅ……」

「ありがとう、オムニス」


 地面に降ろされ、オムニスに礼を述べる。そして、物陰から蜘蛛型モンスターの追っ手がないか確認している猫に視線を向けた。


「えっと、ありがとう」

「ニャニャ?言葉が通じるのかニャ?」

「……」


 ………ニャ?

 聞き間違いだったのかと思ったが、目の合ったオムニスは黙って首を横に振った。


 マジなのか。このふざけた喋り方が、異世界では存在するのか……。

 ある意味、基本に忠実な語尾ではある。もしかして、異世界流の訛りや方言……的な奴なのか。


「先程は、其方そなた達の活躍見事だったニャ!」


 安全を確認出来たのか、此方に戻って来る。


「あ、どうも」

「申し遅れたニャ、某は猫妖精ケットシーの若頭ヴァッシュ。よろしくだニャ!」

「えっと、人間の斎賀暁サイガ・アキラです。こっちは、鬼人オーガのオムニス」

「ニャ?鬼人オーガ?」


 オムニスの紹介を行った瞬間、ヴァッシュが愛くるしさのある猫顔の目を僅かに細める。

 理由が分からない俺は、何かの因縁や種族的に相性が悪いのかと考えたが、どれも違う様だ。


「?」

其方そちらの御人は、獣人ビーストじゃないのかニャ?」

「……」


 オムニスは、ヴァッシュの言葉を否定や肯定をする事なく、険しい表情のまま俺から視線を逸らしている。


「ニャニャ?でも、頭の角は間違いなく鬼人オーガの物だし………もしかして、半魔ハーフかニャ?」


 聞き慣れない言葉もあるが、どうやらオムニスは純粋な鬼人オーガではなかったらしい。


 だが、それに限っては特に驚きはしなかった。

 初めてオムニスに出会った時に、頭の中に響いた声がオムニスの事を『半獣鬼人ハーフ・オーガ』と呼んでいた。その為、オムニスが自分の事を「鬼人オーガ」と名乗っていた事に違和感を覚えていたが、特に気にはしていなかった。


「……すまん。アキラ。俺は……」 


 辛そうに、何かを語ろうとするオムニスを見て、胸が苦しくなった。


「オムニス」

「っ」

「俺は待つからさ、オムニスが話せる時に教えてくれよ」

「……ああ。だが、良いのか?」

「オムニスの過去に何があっても、お前はお前だろ?なら、俺達の関係は何も変わらない」


 口にすると凄く恥ずかしい言葉だが、考えるより早く口が動いていた。


「あー、その、何だか余計な事を言ってしまったみたいだニャ」


 気まずそうに、ヴァッシュは頭の毛をかいていた。


「いや、気にするな。それより、猫妖精ケットシーが何故彼処にいた?」


 オムニスの問いに、ヴァッシュは少し考える様に目を瞑った。


「実は……」


 猫妖精ケットシーの隠れ里『ウルル』の若頭ヴァッシュの話によると、世界が俺達の住む異世界と交わった直後から、猫妖精ケットシー達は異変に気付いていた。里長の忍頭の元に、若頭を含む猫妖精達ケットシー達が集い、直ぐに偵察部隊が作られる事になる。


 だが、周囲の環境の変化や暴れ回るモンスターの動きなどによって、探索は上手くいかなかった。

 その中で、ヴァッシュを含めた猫妖精ケットシー達は、其れ等の危険をかえ潜り、探索する範囲を徐々に広げて行った。

 その結果、ヴァッシュは隠れ里から離れた人間の街に辿り着く事になった。そして、偶然にも【強欲】のユニークモンスターの領域に誤って侵入し、逃げられ無くなっていた、との事だ。


「某の強みは、奇襲と暗殺ニャ。だから、集団戦は苦手なのニャ」


 腕組みをして、様々な苦労を語ってくれるヴァッシュだったが、俺達からしたら、話の一つ一つが重要な情報源だ。


「大まかな流れは、こんな感じだニャ」

「ありがとう、色々教えてくれて」

「ニャハハハ!あのままだったら、3匹の蜘蛛に特攻をかます事にニャったかもしれないから、お礼だニャ」

「こっちこそ、助かったよ」


 実際、増援が来ていたら、今頃捕まって蜘蛛型モンスターの餌になってる所だった。


 『虚飾』のスキルは、現実に起きた事象を夢幻や虚飾に書き換えてしまう強力なスキルだが、使用している中で弱点が見つかった。

 厳密には、この弱点には仮説も含まれている。


 まずは、能力値の半減化。これは、最初から分かっていた事だ。

 次に、相手の攻撃で受けた傷などの事象を無かった事に出来てしまうが、攻撃で気を失ってしまった場合や外傷などを受けずに閉じ込められたりした場合は『虚飾』が発動しない事だ。

 気を失ってしまう場合は、怪我と同じで、傷は『虚飾』でなかった事になるが、痛みの実感は残る。つまり、一瞬で傷が無かった事になっても、その一瞬で気を失っていれば、意識までは戻らない可能性がある。閉じ込められた場合は、実際に家で試してみたが、外から鍵のかかった部屋からの脱出を行う事は出来なかった。

 もしも、密室に閉じ込められて水などで部屋を沈められて仕舞えば、俺は『虚飾』で死ぬ事はないが、完全に身動きどころか抵抗も出来なくなる。

 最後に、『虚飾』が発動するタイミングについてだ。『虚飾』のスキルは、自動発動と任意発動がある。自動発動が行われるのは、致命傷や重症となる攻撃や傷を負った時だけだ。蜘蛛型モンスターと戦った時の様に、動きを封じられる程度では自動発動はしない。これは、弱点といえる程の欠点ではないかもしれないが、知っていなければいけない欠点とも言える。



「それでは、アキラ殿、オムニス殿。某は、1度里に戻る故、機会が有ればお会い致しましょうニャ!」

「本当に助かったよ」

「気を付けて帰れよ」


 俺達に別れの挨拶を済ませると、ヴァッシュは目にも留まらない身軽な動きで駆けて行った。


「なんか、凄かったな」

猫妖精ケットシーの若頭か」

「何か、知ってるのか?」

「……旅をしていた時に、聞いた話だ。詳しくは知らない」


 オムニスは、昔聞いた話を思い出すかの様に視線を空中に向ける。


「戦で最も警戒しなければいけないのが、指揮官の暗殺だ」


 確かに、戦の間に指揮官の人が死ねば戦いは不利になる。素人の俺でも分かる理屈だ。


「そして、指折りの暗殺者達の中で最も恐れられるのが、猫妖精ケットシーの隠れ里に住む忍頭『王殺し』だ」

「……」

「姿を見た者はおらず、言葉を交わした事のある奴も数える程度しかいないらしいが、そんな大物が仕切る里で若頭を名乗れるヴァッシュは、相当な実力者だろうな」

「でも、商店街に迷い込んだり、1人で逃げられなかったって言ってなかったか?」

「……会ったばかりで、ヴァッシュの言う事を全て信じていたのか?」

「え?」


 俺の反応と、「普通に信じてたけど……」という言葉を聞いたオムニスは露骨な溜め息を吐いた後に、呆れた様な表情を見せた。

 その言動が納得出来ない俺に、オムニスは説明をしてくれた。


 オムニス達の世界では、様々な種族が生きていた。それ故に、互いの価値観や文化の違い、捕食対象や種族の思想、土地の奪い合いなどを巡って戦が起きる事は珍しい事ではなかった。

 信じられるのは、己の力と仲間のみ。そんな世界で、暗殺と呼ばれる家業を行い続けるのに必要なのは、確かな実力と情報だ。

 これは、全ての種族に言える事だが、暗殺者達にとって『情報』は特に重要な力だ。


 暗殺者にとって、任務の失敗は『死』に直結する。だからこそ、暗殺者は依頼者を見定め、戦局を見定め、己の力量を見定める必要がある。

 では、それ程に慎重で、暗殺の成功=勝利に貪欲な猫妖精ケットシー、しかも、若頭を名乗る程の男が軽々しく自分の情報を明かすとは思えない。それが、オムニスの見解だった。


「分かったか?」

「……すみません」


 オムニスの話を聞いて、軽率な自分が恥ずかしい。

 ぐうの音も出ない。


 ……。


「お前は優し過ぎる」


 周囲を警戒しながら、オムニスは俺の頭を撫でる。


 首の骨が持っていかれそうだ。


「それじゃ、どうして……」

「俺達の前に姿を現した、かだな」

「もしかして、何かを試されてたのかな」

「……その可能性は、あるな」


 こんな混乱した世界だ。

 もう、何があっても不思議ではない。


 俺は、ヴァッシュとの出会いによって、本当の意味で異世界の種族と関わる事の恐ろしさを感じる事になった。






 モンスターからの襲撃を警戒しつつ、家へと戻る。毎日の事だが、家に戻った瞬間に襲いかかって来る様な疲労感にはなれる事はない。

 思わず床に座り込んで、「はぁー」と息を吐く。


 夕飯を食べて直ぐにでも休みたい気分だが、今日はそういう訳にもいかない。


 商店街を自分の領域とした【強欲】のユニークモンスターをどうするか、オムニスと決めないといけないのだ。その為、料理をせずに、ガスコンロにヤカンを置いて水が沸騰するの持つ。

 

「これは?」

「カップラーメンとサラダ」


 水が沸騰するのを待つ間、俺はユニークモンスターを放置したままで良いか、オムニスに問いかけた。


「いつまでも、放置しておく訳にはいかないだろうな」

「だよな」


 現状、商店街だけを住処にしているから良いが、今後領域の範囲を広げる可能性もある。

 おそらくだが、【強欲】と名付けられるユニークモンスターであるなら、その性格も強欲である可能性がある。そうだった場合、領域を広げる以外にも、俺が想像も出来ない被害を出す事も考えられた。



 沸いたお湯をカップラーメンに注ぐ。


「ん、これは、みそにこみうどんと似た香り」

「まぁ、味噌ラーメンだからな。でも、出来るまで3分待てよ」

「むぅ」


 オムニスが、カップラーメンに触れていた手を離す。


「1番現実的な方法としては、火攻めや多人数で攻め込む事だな。蜘蛛型モンスターだけなら、それ程の脅威はない」


 確かに、出入り口付近の蜘蛛型モンスターは俺とオムニスでも倒す事が出来ていた。


「厄介なのは、敵の数と情報が不足している事だな」

「手詰まりだな。あ、もう出来たよ」

「頂きます!」


 本で学んだのか、教えてもいないのに「頂きます」と言ってからカップラーメンの蓋を剥がす。それにより立ち登る味噌と出汁の香り、食欲が刺激される。


「今の所は、様子見だ」


 「フーフー……あつ、」と言いながらも、夢中でカップラーメンを食べるオムニスの意見が今の所は無難だ。


「それしかないよな」

「おそらく、あの辺りは定期的に蜘蛛の奴等が狩りをしている。その所為で、しょうてんがいの周辺は他のモンスターがいなかったのだろうな」

「近付かなければ安全って事か?」

「今の所はな」


 何も解決になっていないが、しょうがない。


「ただ、その分、手付かずの店などはあるだろうな」


 明日で、この世界になって4日目だ。

 安全な所ばかりを探索しても、物資が見つからない可能性もある。

 

「結局、行くしかないか……」

「それか、森や探索範囲を広げる手段もあるぞ?」


 森の探索は、危険が多そうだし後回しだ。

 探索範囲を広げるのも、今は悪手だと思う。

 もし、探索範囲を広げるなら、もっと足場を固めてから行う必要がある。

 

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