見習い魔法使いが、落ちこぼれだからと見放された同級生を助ける話。
オノン魔導学院。
多くの優秀な魔法使いを輩出した名門であるこの学院に入学したウィルは、勉強のため退屈しない毎日を過ごしていた。
それも旅の魔導師にその才能を買われ、拾ってもらったおかげであるのだが、その恩師とは連絡が取れないでいた。
自室で手紙を書き、その手紙を杖で軽く二度叩く。
すると、手紙は生命が吹き込まれたように鳥に姿を変え、空へと飛び立っていった。
このようにして、恩師に手紙を送るのは三度目である。
内容はいつもある魔法が使えるようになったやテストで学年一位の成績を収めたなどの学業についてのことを中心に書いていた。
返事がないため、ちゃんと届いているのか確認する手立てはないのだが、それでもウィルは手紙を送り続けていた。
ウィルは手紙を出してから寮の自室を出て、学院へと足を進める。
授業の開始まで、まだ少し時間があるものの、先に予習でもしておこうかと思っての行動だ。
学院に向かう道中、ウィルは何やら言い争う場面を目にする。
よく見てみると、三人の生徒が一人の生徒を糾弾している様子だった。
「オビ。貴様のような落ちこぼれのことなどもう知らん。貴様は私に仕えるに値しない。二度と私に関わるな」
三人組の中心に立つ生徒が一人の生徒に向かってそう言い放ち、そのまま学院へと向かって行った。
そう告げられた生徒は何も言い返せないまま、呆然と立ち尽くしていた。
その状況を見て、ウィルはなんとなく状況を察した。
ずいぶん偉そうなことを言っていた男はおそらく貴族の子供だ。そして、周りはその取り巻き連中だ。
大方、気に入らない取り巻きの一人を排除したということだろうとウィルは思った。
貴族のこのような問題に首を突っ込むのはロクなことにはならないと、呆然と立ち尽くす一人の生徒の横をウィルは通り過ぎる。
しかし、それは叶わなかった。
「君は学年主席のウィル君だよね⁉︎」
唐突に話しかけられてしまった。
「……そうだけど、何?」
関わるつもりはないと不機嫌そうにウィルは答えた。
それでもよほど切羽詰まっているのか、そんなことを気にせずにその生徒は話しかける。
「僕に魔法を教えてくれないか!」
「忙しい。他を当たってくれ」
足早に去ろうとするウィル。しかし、簡単に逃してはくれない。
「さっきの見てたよね。このままだと僕は学院にいられないんだ。頼むよ」
「そうなっても俺は別に困らない」
「じゃあ、こうしよう。僕は君を教師として雇いたい。それでどう?」
教師として雇う。それはつまり、賃金が発生するというわけだ。
ウィルの心が揺れる。
「……いくらだ?」
「そうだね。金貨一枚……いや、二枚でどう?」
金貨二枚。
ウィルにとって大金だ。
迷う必要などなかった。
「引き受けよう」
「やったぁ。ありがとう。これからよろしくね」
こうして奇妙な関係がスタートした。
ウィルを教師として雇った生徒オビは、魔法の実技が苦手なようだった。
それでも学業の方は優秀なようで、落ちこぼれと決めつけ見捨てるのは酷くないかとウィルは思った。
ウィルがそのことを伝えても、オビは不出来な自分が悪いと、努力を続けた。
ウィルはそんな同い年の教え子のために、力を尽くした。
そんな関係が一ヶ月ほど続いた時、ウィルに彼らが接触してきた。
「貴様がウィルか?」
偉そうなやつが話しかけてきたと、ウィルが振り返ると、それはオビを見捨てた生徒だった。
おまけに取り巻き二人がひかえている。
「そうだけど、何か用?」
「貴様、レックス様になんだその態度は⁉︎」
取り巻きの一人がウィルに吠える。
しかし、ウィルはそんなことで動じない。
「この学院では貴族も平民も対等に扱われるはずだけど?」
「確かにそうだ。私の従者が失礼した」
「レックス様。平民に謝罪など……」
「ここは学院だ。つまらぬことで問題を起こすな」
そう言って、取り巻きを黙らせた。
一応、話は通じるようだとウィルは思った。
「私はレックス・イーガン」
姓を持つ。やっぱり貴族の子供のようだ。
「私の元従者、オビのことで話がある。あれには近寄らないでもらいたい」
「近寄るも何も俺はオビに雇われて教師をやっているんだけど?」
「なら、私が貴様を雇おう。奴は貴様をいくらで雇っているんだ? その倍は出そう」
「……どうしてオビを孤立させようとする?」
「ちょっと前までは魔法の成績が悪い落ちこぼれだったはずだが、貴様と一緒にいるようになってからみるみる上達しているようだからな」
「それが気に入らないっていうわけね。お前、なかなかいい性格をしているよ」
ウィルの言葉に取り巻き連中が詰め寄ろうとするが、貴族の生徒がそれを片手で制する。
「それで返答は?」
「もちろん断らせてもらうよ」
「そうか、本当に残念だ。穏便に済ませたかったが、仕方がない」
レックスが杖を取り出す。
「決闘だ」
「決闘? 何を馬鹿なことを言っている」
「貴様の発言は私の貴族としての誇りを傷つけるものであった。よって、私は貴様に決闘を申し込む」
「あのな、学院では生徒同士による決闘は認められていないんだ。お互い処分を受けることになるぞ」
「知ったことか。逃げられると思うな」
やれやれと呆れながらも、ウィルも杖を取り出す。
しかし、ウィルの手を止める者がいた。
「その決闘、待った」
「オビ……」
急いでここに駆けつけたのか、息を切らしたオビがウィルを止めに入った。
「オビ。貴様、何の用だ?」
「貴族様が平民に絡んでいるという話を聞いてね。もしやと思って駆けつけたまでだよ。レックス様」
「貴様には関係のないことだ。そこをどけ」
「関係ない? どうせ僕に近寄らないようにウィル君を脅していただけでしょ?」
「貴様……」
「杖を取り出している限り、脅しは失敗に終わったから決闘でもしようとしているのかな? それは、ダメだよ。決闘なんて古臭い文化は貴族同士が行うものだ」
オビが杖を取り出す。
「僕が相手になろう。僕が勝ったら、二度とウィル君に近づくな」
「貴様が私に勝つだと? 思い上がるなよ、落ちこぼれの分際で!」
二人の決闘が始まろうとする。
学院では生徒同士の決闘は禁じられているが、毎年似たようなことは必ず起きる。
周囲はこれから決闘が始まると期待を込めてその様子を眺めている。
決闘の前にウィルがオビに声をかける。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ。本当は僕がちゃんと片付けておくべき問題だった。迷惑をかけてごめんね」
「別に謝罪なんかいらない。迷惑でもないからね。でも、あいつはむかつくから絶対に勝て」
ウィルの言葉にオビは勇気づけられたように笑顔が溢れる。
「もちろん。絶対に勝つよ」
両者が杖を構えて向き合う。
「硬貨が地面についてから開始でいいな?」
「もちろん。早く始めよう」
硬貨が宙を舞う。
それが地面に落ちた瞬間、二人の杖から魔法が放たれる。
魔法が激しくぶつかり合い、火花が飛ぶ。
周囲はその光景に歓声が上がる。
決闘が始まって数秒。
早くもレックスには焦りが生まれていた。
こんなはずではなかった、と。
多くの観客は今のところ、二人の戦況は互角だと見ることだろう。
しかし、一ヶ月前のオビの実力を知るレックスにとって、そんなことは起こりうるはずのないと困惑する。
まともに打ち合うことすらできなかった。
それほどの実力差が一ヶ月には確かにあったのだ。
レックスの焦る顔を見て、ウィルはほくそ笑む。
「俺が一ヶ月間、みっちり鍛えたんだ。当然だよ」
オビの魔法が激しさを増す。
それに合わせて観客の歓声もどんどん大きくなっていく。
どちらが優勢なのかは一目瞭然。
最初は互角だった攻防も、今やオビが一方的に攻めているようにしか見えなかった。
「こ、こんなはずでは……」
必死にオビの攻撃を防ぐレックス。
取り巻き達はその様子を不安そうに見つけている。
「これで決める!」
オビが決着をつけたようと、攻撃をさらに強める。
しかし、それを妨げる者が現れた。
「そこまでだ!」
二人の魔法は打ち消され、二人の首元には魔法で生み出された金属の槍が突きつけられる。
「生徒同士による決闘は禁じられている。二人とも拘束させてもらう」
突然現れたのは学院の教師であった。
あと少しで決着がつくところではあったが、決闘は禁止されている行為。
仕方がないと、集まっていた観客もすぐに散っていく。
「ウィル。君もついてきなさい」
観客に紛れて逃げようとするが、ウィルも先生に連行されてしまった。
オビとウィルは同じ部屋で事情聴取を受けることになった。
「それで君は決闘を受けてしまったわけか」
決闘することになった経緯をオビが説明すると、先生は呆れていた。
「決闘が禁止されている以上、受けてしまった君も処分は受けてもらう」
「はい。すみませんでした」
「オビ・イズニアには、一週間の謹慎を言い渡す」
「あの俺は?」
ウィルが先生に尋ねた。
「君は見ていただけだから、今回は不問とする」
「……わかりました」
「二人とも、今後はこのような問題を起こさないこと。ただ、友を守るための行動だということは理解した」
先生は二人をじっと見つめる。
「教師としてではなく、一人の人間としては、君の行いは決して責められることではないと思うよ」
その日のうちに、ウィルは再び筆を取った。
今日、自分の身に起こった決闘騒動を手紙に書いて、魔法を使って恩師の元へと送ったのだ。
その翌日、学院では昨日の決闘騒ぎの話題で持ちきりだった。
身分を超えた友情。
友のために戦う姿。
そんな感動的な話として、話題に取り上げられていた。
また、決闘を仕掛けてきたレックス達はオビよりもより重い処分が言い渡されたとも聞いた。
そのことを伝えに、ウィルはオビの部屋を訪ねていた。
「すごい話題になってるよ。昨日の決闘」
「……恥ずかしいなぁ」
照れたようにオズは頰をかいた。
「まぁ、謹慎が解ける頃には誰も話題にもしないんじゃない?」
「えー、それはそれで寂しいなぁ」
二人は顔を見合わせて笑う。
その時、窓を叩く音がした。
窓を開けると、鳥が部屋の中に入ってきて、ウィルの手にのると手紙へと姿を変えた。
「ウィル君宛の手紙かな?」
「どうだろう? 差出人も書いてない」
不審な手紙をウィルは開く。
手紙を開くと汚い字で、
友達ができて良かったね。
それだけが記されていた。
宛名も何もない手紙ではあったが、ウィルには恩師が書いた物だとすぐにわかった。
「……これだけかよ」
不満を漏らしつつ、ウィルの顔に笑みが溢れる。
あの人らしい。
「誰からの手紙?」
「どこかをほっつき歩いている魔導師からかな?」