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二つの風  作者: Hiroko
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4

 次の日曜、空いてないか?


弘斗から届いた初めてのLINEのメッセージは、何の飾り気もない、シンプルなものだった。

「興味がないから話さない」と言った弘斗らしいなと思った。


 うん。空いてるよ。


私はそう返した。

なんだか心が落ち着かなかった。

それを悟られるのが嫌で、必要最低限の言葉で返した。

そっけなさ過ぎただろうか。

期待を裏切っただろうか。

弘斗は何を考えながらこのメッセージを送って、どんな想いで私の返事を待ち、どんな期待を持って私の返事を見つめているのだろうか。

私はどうしてそんなことを気にしてしまうんだろうか。


 それじゃあ次の日曜、今日会った砂浜で朝の10時に。


どう返せばいいのだろう。

弘斗の心が読めればいいのに。

あのキーホルダーがあれば、それができたかもしれないのに。

ああ、私の力なんて、ほんと何の役にも立たない。

弘斗のことをもっと知りたいのに、ただこうやってLINEに来たたった二つの文をじっと見つめているだけ。

けどどうして私は弘斗のことを知りたいなどと思うのだろう。

なんだろうか、この気持ち。

なんだろう、この気持ち……。

次の日曜、弘斗にまた会える。

話すことができる。

それはなんだか、心が躍った。

なのに……。


 うん、わかった。


それ以上の言葉が見つからなかった。

胸の中にいろんな気持ちが渦巻いて、いろんな言葉が嵐のように吹き荒れているのに、ほんの小さな隙間から漏れ出てきた言葉は、たったそれだけだった。

いいの? いいの、それで?

もっと話をしたかったんじゃないの?


 あ、それから、ズボンはいてきてくれ。

 できればジーンズな。

 それとスニーカー。


 わかった。


終ったと思っていた弘斗との会話に、いきなり追加のメッセージが来て思わず間髪おかずに返事を返してしまった。

これでは弘斗にLINEの画面をずーーーっと見てました、ってバレないだろうか。

なんだか急に恥ずかしくなった。

何でこんな気持ちになるんだろう。

あー、もうあんまり考えないようにしよう。

わかりました。

日曜10時にジーパン、スニーカーで砂浜ね。

なんで服指定なんだろ……?

まあいいや。

これで弘斗のことを考えるのはおしまい。

私は無理やり自分を説き伏せた。


次の日、弘斗は学校に来なかった。

相変わらず奈央はそのことで友達と騒いでいた。

私はなぜか、そんな奈央に後ろめたい気持ちになった。

奈央は、どれくらい弘斗のことが好きなのだろう。

弘斗は、そんな奈央のことをどう思っているのだろう。

弘斗は、どんな気持ちで私を誘ったのだろう。

ただ本当に、「お礼」がしたいだけなのだろうか。

「興味がない」と言ったクラスメートに、私も含まれるのだろうか。

それなのに、誘ったりするだろうか。

いろんなことが気になった。

これではまるで奈央と同じだった。

奈央と同じ……、私は弘斗のことが……。

私は大きく伸びをして、そのことを忘れようとした。


水曜になって、その週弘斗は初めて学校に顔を出した。

弘斗はやはり、誰とも話さず窓の外を眺めていた。

放課後、担任に呼び出されて職員室に行った。

きっと休みが多いことを咎められたのだろう。

ふと弘斗が教室に戻ってくるのを待とうかと思った。

けれどそんなことをして、どんな話をすればいいのかわからなかった。

私は悶々とした気持ちのまま、やはり人の流れに乗って学校を出た。

帰り道で私は、とある店に寄った。

今までは興味がなかったので、「胡散臭い店だなあ」くらいにしか思っていなかったのだけれど、これは奈央の影響か、藁にも縋る想いと言うのはこういうことなのか、私は怪しげなビルの隙間を縫って、その奥にあるタロットを中心とした占いの店の前に立った。

店の前面はショウウインドウになっていて、薄汚れたガラスの向こうにいろんな種類のタロットカードが置いてあった。水晶玉や、天然石、パワーストーン、などと書かれた石のコーナーもあるようだった。

店の中は暗い。

ほんとにやってるの? と言いたくなるくらいだったけれど、入り口には「open」と書かれた客を寄せ付けないおまじないでもかけられていそうな看板がぶら下がっている。

私は開かないことを願いながらその扉を押した。

と、看板は正しかったようで、私はちゃんと中に入ることができた。

「あら、いらっしゃい」と、どこかから声がした。

見ると、店の奥に、痩せこけて化粧の濃い女の人が椅子に座ってこちらを見ていた。

店の中はやはりうす暗く、アンティーク調の家具や小物がぎっしりと埃をかぶって置かれていた。

片側の棚には何十種類ものタロットカードが並べられていて、反対側には水晶玉やいろんな種類の磨かれた石が置いてあった。そしてその隙間を埋めるように、天秤やダーツ、地図やランプや絵の具のようなものまで、占いでどうやって使うのだろうと言うようなものが所狭しと置かれていた。

「初めて見る顔ね」とんでもないしわがれ声で、聞いているだけで喉の奥が痛くなる気分だった。

「ここはね、あんまり新しいお客さんは来ないんだよ。来ても、ちょっと好奇心で入ってきただけのお客さんがほとんどでね。けど……、あんたは違うみたいね。占いをやりたいのかい?」

「いえ……、まだ、その……」自分でも、この店に来てなにがしたいのかよくわからないのだ。ただちょっと、タロットカードを見たかった。

「あんた、勘が良さそうね。なんだか他の人と違うものが出てる」女の人は目を細めて私を見つめながらそう言った。

きっと誰にでもそう言うのだろう、と自分に言い聞かせた。

「今、きっと誰にでもそう言うんだろう、って思ったろ。まあ、そう言うことをそれらしく言うのが占いだけどね。ちゃんと違う人もいるんだよ。ほら、こっちにおいで。ちょっと見せてやるから」女の人はそう言って、古いテーブルをはさんで私を自分の向かい側に座らせた。女の人はテーブルに紫色のベルベットのような布を敷いて、一組のタロットカードを取り出した。年季の入ったその箱はボロボロで、中から出てきたタロットカードも一様に模様が薄くなっていた。

女の人はそのタロットカードを裏返してテーブルにばらまくと、奈央がいつもやるように、そのカードを私に混ぜさせた。

「ほら、ただ混ぜるんじゃない。全部のカードに思いを込めるようにしっかり触れてやるんだ。タロットカードは仲間外れにされるのが嫌いなんだ。自分だけが触ってもらってないと思うと、いたずらをしてくるよ? さあ、全部だよ、全部のカードにまんべんなく触るんだ。自分の体温を込めるような気持ちでね」そう言って女の人は、私が全部のカードに思いを込めるように触れるのを見守り、それを一つにまとめた。

「さあ、切っておくれ」そう言うと女の人は、私に一番上のカードを引かせ、残ったカードを縦向きに置いて、私の持ったカードを真ん中に差し入れさせた。女の人はそこからカードを半分にして左右を入れ替えると、カードを表返して並べ始めた。

「あんた、タロットを触るの初めてじゃないね」

「友達が、少し……」

「そうかい」そう言うと、女の人は黙ってカードを並べ終えた。

並べ方は、奈央と違って五枚のカードを十字に並べるだけのシンプルなものだった。

「さて」と女の人は言った。

「あんたの悩みは……、て大抵は恋愛なんだけどね。あんた、なんか違うね……」そう言って女の人は、一番手前のカードに触れたまま動きを止め目を閉じた。なにやらカップから水のこぼれる絵が描いてあったけれど、私にはさっぱり意味がわからなかった。

「表面的には、恋愛について悩んでいるね。それはうまくいくよ、心配ない。けれど、その奥に、まったく違う問題がある……。なんだい、これは?」女の人は、そう言って難しそうな顔をした。

「うーん、そう、悪くない。ちがうちがう、そこじゃないんだ」そう言って女の人は真ん中に置かれたカードに触れた。

「ああ、ああ、そうだね、お前だね、うん……」と女の人は、カードと話をするように独り言を言った。

「あんた、力を持っている。言われなくてもわかっているんだろ?」

私は返す言葉を見つけられずにいた。この人は、私の「見る」力について言っているのだろうか。

「まあ、言いたくないんだね。いいよ、それで」そう言って女の人は二枚目のカードの上に手をかざした。

「逆位置だ。エースオブワンド」そうつぶやくと、女の人はまるで優しく子犬の頭を撫でるようなしぐさをした。

「もう一人いるよ」

「もう一人?」

「ああ、そうさ。目覚めようとしている。女王になる素質を持っている。まだ芽を出したばかりでわからないけどね。このまま眠るはずだった。眠るはずだったんだ。けど、あんたが起こしちまった。あんたがそばにいることで、芽が育ってきているね。あんたが水をやり、太陽の役目を果たしている。あんたがうまくコントロールしてやらなきゃいけない。そう、うまく……、うまくやるんだ。うまくやれば、あんたの味方になる。けど、うまくやれなきゃ破滅だ。あんたも、もう一人も。わかったかい?」そう言って女の人はまるで脅しをかけるように私の目をじっと睨みつけた。

「まあ、今はわからなくていいさ。けど、いま私が言ったことを、決して忘れるんじゃないよ? いいね、わかったね?」

「はい」私はそう言うしかなかった。

「これ以上はやめとこう。単純じゃない。ちょっと疲れちまったよ。あんたみたいなのは初めてだ」そう言って女の人は、残りのカードに手をかざすことなく他のカードとまとめ、元の箱の中にしまった。

「これを持っていきな」そう言って女の人は、そのカードを私に渡した。

「え、でも……」

「お金はいいよ。使い古したやつだからね。良ければこれもやるよ」そう言って女の人は、カゴに入った『タロットカード、初心者占い』と書かれた冊子を渡してくれた。

「占いがやりたいんだろ? タロットの並べ方くらいなら、そこに書かれているので十分だ。けど、あんたがする占いは、もっと別のものだ。力を使ったものだ。そのうちわかるよ。それまでは、そのタロットはお守り代わりに持っていな」女の人はそう言うと、「さあ、もう店は閉めるよ」と言って私を出口に見送り、「open」と書かれた看板を裏返して鍵をかけた。

吸い込んだ空気が冷たくて、私は身を震わせた。

ビルの合間に見上げる空は、夜に変わる前の濃い青をしていた。

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