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二つの風  作者: Hiroko
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私は弘斗に、病室で見た春香さんの想いをすべて話した。

「そうだったのか」

「うん。たぶん、自信はないけれど、和斗さんが埋めたカプセルを見つければ、春香さんを少しでも救えるかもしれない」

「そのカプセル、もしかしてどんなだった?」

「えっ、どんなって……」私は必死に記憶の中の映像を探した。

「もしかして、銀色で、親指ほどの大きさで、真ん中に赤い十字のマークがなかったか?」

「あ、それそれ! どうして知ってるの?」

「昔、兄貴が見せてくれたことがある。この中に何か入れて土の中埋めとけば、何年も持つかな、って言って」

「じゃあお兄さん、始めからそのつもりで」

「ああそうだ。違いない。もともと薬を入れるためのケースだけど、そんな風にも使えるかなって話してたんだ」

「じゃあその中にきっと……」

「ああ。春香さんへのメッセージが入れてある」

「それを……、探しに行くの?」

「ああ、絶対に探し出す」

「けど、もしそれを見つけても……」

「うん、そうだな。その後のことはわからない。そもそも春香さんが目を覚まさなきゃ、それを読むことなんてできないんだから」

「そうだよね」

「けど、いいんだよ、それでも。そこから先は、兄貴の役目だ」

「お兄さんの?」

「ああ。俺はできることを手伝うだけだ。俺はそのケースを見つけて、春香さんの元に持っていく。それで何も変わらないかもしれない。けれどもしそこから春香さんの何かを変えてあげられるとしたら、それは兄貴の想いだけだ」

「うん。きっとそうだね」

私は嬉しかった。弘斗がお兄さんの想いの力を信じてあげていることが。それはなんだか、同時に私のことも認めてもらっているような気がした。

それにしても、やっぱり弘斗はロマンチックなとこあるなあと、そんなとこも嬉しかった。

「弘斗、いつ行くの?」

「そうだな。バイトの予定とかあるから、それ見てから決めるよ。けど、できるだけ早く行きたい」

「あの……」

「ん?」

「私も行きたい」

「行きたいって美咲、旅行に行くわけじゃないんだぞ?」

「わかってる。けど、何かの役に立てるかもしれない」それに私は、あの時感じた春香さんの想いに少しでも近づきたかった。春香さんが和斗さんを愛したように、私も弘斗を愛してみたい。そう思った。

「ねえ弘斗、お願い!」

弘斗は少し考えた後、「わかった」と言ってくれた。

けれどあんまり乗り気ではなさそうだった。

「あんまり気が進まない?」

「場所、遠いから、一日で帰ってこれないぞ?」

「うん、いいよ」

お母さんを説得できるだろうか。

男の人と、泊まりで出かけるなんて。

けど、できなくても行くしかない。

私は弘斗を、愛するって決めたのだから。


和代おばさんの元での、タロットの修業は続いた。

などと大げさなものではないけれど、私はタロットカードの世界にのめり込んでいった。

いや、違うかな。

もっと正確に言うと、力をタロットカードに乗せて使うことに、面白さを感じてきたのだ。

その日も私は唯ちゃんを連れて、和代おばさんの店にやってきていた。

今までも何度か、店を訪れるお客さんを見て来た。

だいたいは占いに憧れて恐々やってくる中学生や高校生のグループ、あるいはちょっと真剣な顔をしたOL風の女の人もいた。

男の人は見たことがない。

ヒマがあれば和代おばさんは、その中学生や高校生に、店に置いてあるタロットの使い方や石の説明、時には本当にちょっと魔女感を出して「お嬢さん、ちょっと気を付けた方がいいねえ」なんていたずらなことを言ってみたりした。

それで「きゃあきゃあ」言って怖がったり喜んだりする中高生の無邪気さを、私は少し羨んでみたりした。

まあ、私もその高校生なのだけれど……。

「あの、ここで占ってもらえると聞いたんですけれど……」そう言ってある日、一人の女性が店を訪れた。

空はまだ明るかったけれど、唯ちゃんを連れていたのでそろそろ帰ろうかと考えていた時だった。

女性は黒縁の眼鏡をかけ、グレーのパンツスーツを着こなし、緊張のためか真面目過ぎるのか、無表情に声を震わせそう言った。あまりこんな片田舎には似つかわしくない格好だった。どこか都会の、ビジネス街にでもいそうな雰囲気だった。

「ああ、いいけどね、私はちょっと子守で手が離せなくてね、どうだい。この子じゃ駄目かい? 力は保証するよ」

「え?」と声を上げたのは、その女性も私も同時だった。

和代おばさんは私の声を遮って言った。

「お代は半分でいいよ。そう言う問題でもないだろうけどね」

「あのう、お代はだいたい、おいくらくらいなんでしょうか」

「そうだね。普通はだいたい一回占うのに三十分くらい。それで一万だ」

「そうですか」と言って女性は、訝し気な目でちらりと私を見た。

「大丈夫だよ。ただタロットの扱いにはまだ慣れていないが、力は本物だ。タロットは技術で見るもんじゃない。センスと力で見るものなんだ。それにかけちゃ、この子は一流だよ。

「わかりました。一度、お願いします」そう言って女の人は、うつ向きながら私の方を向いて、頭を下げた。

「ほら、何やってんだい。いつもの通りにやればいいんだよ」

私は言われるまま、女性と私の間に小さなテーブルを置き、そこに赤いベルベッドの布を敷いた。

使うカードは、以前この店で私と目の遭った剣を持つ黒髪の女性の描かれたタロットカードだ。

「これはあんたのもんだよ」そう言って和代おばさんにもらったものだ。

なんだかうまく言えないが、私はそのカードと気が合った。

試しに他のカードを使わせてもらったことがあるが、他のカードとはうまく会話ができなかった。まるで知らない国の言葉を聞くように、訴えてくる内容がまるでわからなかったのだ。

それ以来、私はこのカードを自分の一部のように使っている。

女性の前でカードを箱から出し、裏向けてテーブルの上に置いた。

「何を、占って欲しいですか? できるだけ具体的な方が、占いやすいです」私は言った。

「例えば……、どんなふうにでしょう?」

「例えば恋愛なら、今の彼氏と結婚した方がいいか、別れた方がいいか、みたいな感じです」

「そうですか……。じゃあ、私は元居た場所に戻った方がいいかどうか、占ってください」

「元居た場所、ですね?」

「はい。お願いします」

私は少し緊張していたけれど、和代おばさんの占いを何度も見てきたせいで、案外すらすらと話の流れを作ることができた。

「では、カードをかき混ぜてください。一枚一枚、想いを込めるようにして」そう説明すると、女性はカードを混ぜ始めた。

「触れないカードが無いように、カードが不公平だと感じないように、すべてのカードに自分の体温を感じさせるような感じで触れてください」

「わかりました」女性はそう言うと、言われた通り、まるでそれぞれのカードをいたわるように、じっくり触れながら混ぜていった。

ああ、カードが喜んでる。

私はそれを感じた。

この人、すごくいい人だ。

それがすでにカードから伝わってきた。

「#美里__みさと__#さん、それではカードをまとめて……」と言ったところで、私と女性は思わず顔を見合わせた。

「いま、私の名前……、どうして?」

「は、はい、すみません。カードから聞こえてきて……」

「そんなことって、あるんですか?」

「言ったじゃないか、この子はちゃんと力を持っているってね」和代おばさんが言った。

「でも……」美里さんは名前を呼ばれたことがまだ信じられないのか、それとなく自分の身の回りを見回した。何か名前のわかるようなものを身に着けていないか、確認しているのだろうと思った。

「インチキなんかしないよ。この子はただ、タロットカードから聞こえてくる声を代弁するだけだ。それは私も同じ。だから心配しなくていいんだよ。ただ……」と言って和代おばさんは念を押すように美里さんを見た。

「何度も言うようだが、この子は力が強い。あんたが知られたくないことも知っちまうかもしれないし、知りたくないことを教えることになるかもしれない。それはいいね?」

「はい、もちろんです」

「じゃあいいよ。続けな」

「お願いします」そう言って美里さんは、真っすぐ私の方を向き、姿勢を正した。

「では、この一枚を取ってください」そう言って私は束ねたタロットカードの一番上の一枚を女性に渡し、それを真ん中に差し込んでもらってカードを切った。

「じゃあ、始めます」私はそう言ってカードを表返して並べた。いつも和代おばさんに教えてもらう、カードを十字に並べるやり方だ。そして最初の一枚に目をやった。

「テンオブワンズ、逆位置です……」私はそう言って一枚目のカードの表面に手をやった。

手の表面が温かくなる。そして一瞬で違う匂いが鼻に流れ込み、鼻腔を満たした。

私が和代おばさんに一番教えてもらっていたのは、タロットカードの使い方と言うより、力の解放の仕方だった。

それは唯ちゃんの無くし物を探す時と要領は似ていた。けれど、その精密さや、冴えわたる心の中の視界は、以前とは比べ物にならないものになっていた。今までは力に任せる感じだったけれど、今は私が力を支配していた。

「最近、何か、とてもとても重要なことを手放して……」私は呼吸を整え、目を閉じた。

「え……、違う……」そう言って私は、何かを読み取る前に泣いていた。


私はどこかの病室のベッドに横たわっていた。

明るく、清潔感のある場所だった。

ベッドは全部で四つあったが、その部屋にいるのは私だけだ。

窓にはカーテンがかけられていて、外は見えない。

病室の明かりが眩しすぎた。


「これって……」涙がとめどなく溢れてきた。けれど、理由がまったくわからなかった。


眠っていたんだ。

眠っている間に、ぜんぶ終わっちゃったんだ。

枕元には、小さなクマのぬいぐるみが置いてあった。

これを、これをあげようと思っていたんだ。

産まれてきたら、これをあげようと思っていたんだ。

「ほら、可愛いでしょ?」って、あげようと思っていたんだ。

そのきらきら光る目を想像していたんだ。

喜ぶ顔を、声を、想像していたんだ。

私はクマのぬいぐるみの匂いを嗅いだ。

目を閉じて、鼻から息を吸い込んだ。

お腹に手を触れた。

ぜんぶ、終わっちゃったんだ……。

ぜんぜん痛くなかった。

今も、なんにも感じない。

麻酔なんかかけてもらわなければよかった……。

一緒に痛みを感じれば良かった。

痛みに叫び声をあげることができていれば。

こんなに心が苦しくはなかったかも知れない。

私は声を上げて泣いた。

誰もいない病室で。

眩しすぎる病室で。

たった独りで。

大声を上げて泣いた。


「なんなの、これ……」言葉が詰まり、胸が苦しくなった。

そして考えるより先に、私は立ち上がってテーブル越しに美里さんを抱きしめていた。

「赤ちゃん……、可哀そうに……」

気が付くと、私の腕の中で、美里さんも泣いていた。

「ほら、あんたが引っ張られちゃいけないよ。気持ちを落ち着けて、冷静になるんだ」和代おばさんの声に、私はすぐに反応できなかったけれど、深呼吸を繰り返し、ゆっくりと腕を離した。

「すいませんでした」そう言ったものの、私は動揺を抑えられなかった。占いなんて、ちょっとした恋愛や仕事の悩みで、その想いを覗き見て、簡単なアドバイスをすればそれでいいんだと思っていた。けれど、人のこんなに深く悲しい部分を見なければいけないなんて、思ってもいなかった。

美里さんが病院にいたのは、つい数日前のことだった。

美里さんはどこか遠いところに住んでいた。

ここからずっと東の方に。

ここにやってきたのは、もともと生まれ育った土地だからだ。

けれど、両親が亡くなって、ここにもう美里さんのいる場所はなかった。

美里さんは……、このまま命を落とそうとしている。

この大好きな、福井の海のどこかで。

何があったのか、私は二枚目のカードに触れた。



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