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二つの風  作者: Hiroko
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春休みに入った。

最近、よく晴れる。

風はまだ冷たいけれど、外で洗濯物が乾くようになってきた。

お母さんが朝ご飯の跡片付けをしている間、私は洗濯をして外に干す役だ。

そしてその後部屋で春休みの課題をしていると、「いつもごめんねー!」と言って智子おばさんが唯ちゃんを預けに来る。

春休みに入ったおかげで、私は唯ちゃんと一緒に外で遊んであげられるようになった。

だいたい今までは、遊ぶときは海に連れて行っていたのだけれど、最近唯ちゃんが決まって行きたがる場所があった。

「ねえお姉ちゃん、おばあちゃんのとこに行く」

「おばあちゃん?」私はおばあちゃんと言われて、うちのおばあちゃんでないことは察しがついたのだけれど、唯ちゃんの言うおばあちゃんと言うのが誰のことなのか、最初はぜんぜんわからなかった。

私が知っている人で、おばあちゃんと呼べそうな人……。

「あ、もしかして、占いのおばちゃんのこと言ってるの?」と私が聞くと、唯ちゃんは頷いた。

占いの店の女の人……、確か名前は和代と言った。遠い親戚のようだから、私は和代おばさんと呼ぶことにした。

けれど果たして、和代おばさんが「おばあちゃん」と呼ぶような年なのかどうか、私は判然としなかった。

化粧が濃くて、暗闇で見ると一見魔女のように見えなくもない。けれどそれは、仕事柄わざとそう見せているような節もあった。声もしわがれ声だし……、けど見ようによってはまだそこまで年を重ねているようにも見えない。

うーん……、果たして唯ちゃんに「おばあちゃん」と呼ばせていいものか……。とそんなことを悩みながら、私はいつも唯ちゃんを和代おばさんのところに連れて行った。

「おお唯ちゃん、よく来たねー」と言って和代おばさんはいつも唯ちゃんを膝に乗せ、抱きしめてくれるのだった。

「唯ちゃん、もう大きいんだから、あんまりお膝の上に乗っていると、おばさん疲れちゃうよ?」と言うと、「いいんだよ、いいんだよ、これくらい」と言って和代おばさんは唯ちゃんを甘えさせた。

心なしか、唯ちゃんは和代おばさんの前では、いつもより甘えん坊になっているような気がした。

いや、むしろ逆に、唯ちゃんは本当はいつも甘えたいのに、誰にも甘えられずにいるのかも知れない。

そんな風にも考えた。

唯ちゃんは、和代おばさんにもらった黒曜石のペンダントが大のお気に入りで、いつも首にぶらさげていた。

唯ちゃんは甘えん坊のくせに、ちょっと私よりオシャレなところがあるのだった。

後から知ったことなのだけれど、和代おばさんは足が悪かった。

歩けないほどではないけれど、傍らにはいつも杖を置いていた。

そのアイテムのせいで、和代おばさんの魔女感はさらに増した。

「あんまりね、遠くには行けないんだよ」そう言っていた。

店の中でも、あんまり動き回るところは見たことがなかった。

私が唯ちゃんを店に連れて行くと、和代おばさんはいつも唯ちゃんを膝に乗せ、私にタロットの練習をさせた。

「吐き出さなきゃいけないんだよ」

「吐き出す?」

「ああ、そうさ。力はね、たまに使ってやらないと、体の中に溜まっちまうんだよ。あんまり良くないんだ。タロットは、そのはけ口にちょうどいいんだよ」

「でも、あんまり使いすぎると、また唯ちゃんに……」

「そんなの心配しなくていいんだよ。この子の力は強すぎる。今更あんたがどうこうしようったって、変わるもんじゃないよ」

私はそれをどう受け止めていいのか複雑な気分だった。

「それに、気づいているかい?」

「気づく? 何にですか?」

「あんた自身、力が強くなってきてるんだよ」

「私の力が?」

「ああそうさ」

「どうして」

「この子に引っ張られてるんだよ」

「唯ちゃんに?」

「ああそうさ。この子が持つ力があまりに強くて、あんたの力も反応して同じように強くなっていってるんだよ」

「そんなこと……」

「なかなか気づけることじゃないけどね。まあでもそんなことはどうでもいいんだ。それよりも、その力をうまく吐き出してやらないといけないってことさ。こないだ見たろ。この子がどんな目に会っていたか」

私は思い出して息を飲んだ。

「あれは、そのせいなんですか?」

「それだけじゃないけどね。この子はあまりに無防備で、まだちゃんと自分と言うものを持っていない。だから力に飲み込まれる。幼さのせいで、いろいろとバランスを取れないのさ。あんたはまだその点ではマシだ。けれど油断していると、力が増してきているのに溜め込んじまうと、同じようにバランスをくずしちまうって言ってるんだ」

私は頷いて和代おばさんの隣でタロットカードを並べた。

「おねしょを治すのにトイレを我慢したりはしないだろ」

「おねしょ?」

「ああそうさ。出すもんは出さないとね。出すべき場所で、ちゃんとコントロールしてやるのさ」

私は力のコントロールの例えに「おねしょ」なんかを出してきた和代おばさんのセンスに、笑いをこらえるのに必死だった。いっけん強面でとっつきにくい雰囲気なのに、親しくなるとそんな憎めない一面も見せてくる。

「それにね」

「それに?」

「それで生きていくこともできる」

「それで生きるって、どういう意味ですか?」

「タロットで占ってお金をもらって、食べていくことができるって言ってるんだよ」

「え?」私はそんなことは想像もしていなかった。

「この店、どうやって作ったと思ってるんだい」

「このお店?」

「ああ。この占いの店さ。全部私が占いで稼いで作ったんだよ」

私はそう言われて薄暗い店内を見回した。

「え、すごい……」

「そりゃあね、もっといい仕事をして幸せになれりゃ、それに越したことはない。けれど、そうもいかないこともある。特に創木の家系はね、前にも言ったが男を寄せ付けない。いつ独りで生きて行かなきゃいけなくなるか、わからないんだよ。そうなったときに、占いの一つもできりゃ、生きていくこともできるって言ってるんだ」

私は自分の力をそんな風に使おうとは思いもしなかった。

けれどなんだか、悲しい現実だな、とも思った。

「さ、わかったら、私が仕込んでやるから、腕を磨くんだね」


夜になって唯ちゃんが帰ると、急に家が寂しくなる。

そしていつも思いを寄せるのは、やはり弘斗のことだった。

最近、会っていなかった。

春香さんの病室を訪れて以来、気づかれないようにはしているようだけれど、なんだか少しよそよそしい。まるでそう、付き合う前の、教室で背中を見せていた頃の弘斗に戻ったようだ。

たまに来るLINEのやり取りも、すぐに途切れてしまう。

私はこのまま弘斗の心が離れてしまうのではないかと落ち着かなかった。

そして少し、罪悪感があった。

春香さんの想いに触れたことを、まだ弘斗に伝えていなかったからだ。

弘斗がよそよそしくなった理由は他にあると思う。

と言うより、別に私によそよそしくなったわけではないと思う。

ただ、弘斗は春香さんのあんな姿を見て、どうにかしてあげたいと言う思いに囚われているのだろう。

自分のせいではないにせよ、弘斗は自分を責めてさえいるかも知れない。

あんなに苦しんでいる春香さんを置き去りにして、和斗さんの死に折り合いをつけてしまった自分を。

そんないろいろなことをひっくるめて、私は自分に罪悪感があったのだ。

弘斗に、弘斗に話さなきゃ……。

私は弘斗にLINEを送った。


 話したいことがあるの。

 今日、会いたい。


もし今日、弘斗がバイトなら、もうすぐ終わる時間だった。

私は十時になるのを待った。

そして……。


 後で行くよ。


と返事があった。

少し不安だった。

返事がないのではないかと。

そして安心する自分の心に、また別の罪悪感があった。

私は、ただ弘斗に会いたかっただけなんじゃないの?

私は自分の気持ちしか考えていない。

ああ、どんどん嫌な方に考えてしまう。

こんなの駄目だ。

とにかく、弘斗に春香さんのことをぜんぶ話そう。


十一時を少し過ぎて、公園に着いたと弘斗からLINEがあった。

いつもより公園までの距離が長かった。

公園のいつものベンチに弘斗の顔を見つけても、なぜだか笑顔になれない。

「話って?」弘斗が言った。

「うん、その……」駄目だ。どうして今日、こんな話しにくいんだろう。

弘斗は黙って私を見た。

なんだか壁を感じた。

気のせいだ、と自分に言い聞かせた。

「春香さんのことなの」

「春香さんの?」

「うん。私、黙ってたことがあるの」

「何を?」

「実はあのとき私、春香さんの心の中、覗いたの……」

弘斗の顔を見ることができなかった。

いつもなら、すぐに私に触れてくれる。

手を繋いだり、頬にかかった髪を耳にかけてくれたり、肩を抱き寄せてくれたり。

隣に座っているのに、弘斗が遠い。

「美咲、なんか悩んでたろ」

「え、私が?」

「ああ。なんか最近さ、距離を感じた」

「どうして?」

「どうしてってわけじゃないけど、なんとなく、話しづらかった」

「えっ?」

「え、ってなんだよ」

「私も同じこと、弘斗に感じてた」

「俺が?」

「うん。最近なんだか、話しづらいなって思ってた。弘斗の方こそ、春香さんのことで悩んでたんじゃないの?」

「まあ、そりゃ確かにな。春香さんのこと、あのまま放っとけるかよ。けど、俺に何ができるんだよ、って。俺は兄貴じゃないし、春香さんのこと助けられんの、兄貴しかいない。その兄貴は先に死んじまったしな……」

「そう、だよね……」

「で、美咲は何に悩んでたんだ?」

「春香さんのこと、ちゃんと話さなかったから。弘斗にこれ以上、辛い思い、させたくなくて……」

「それで自分のこと責めてたのか?」

「うん、そう」

「バカだな」

「バカってなによ!」

「だってそうだろ。美咲がいなきゃ、俺は春香さんがあんなことになってるなんて知りもしなかった。春香さんにしても、誰にも知られず、ずっと孤独にあのベッドに寝てなきゃいけなかった。意識がないにしても、誰かに自分の存在を知ってもらっただけで、春香さんは救われたんじゃないかなって、俺は思った。ぜんぶ美咲のおかげだろ」

「だって……、でも、バカって何よ……」

「バカはバカだろ」

「ひどい! て言うか、いま弘斗、私を怒らそうとして、わざと言ったでしょ!」

「ああ、まあな」そう言って弘斗は声を上げて笑った。

「ひどい……」

「怒ったか?」

「うん。怒った」

「俺のこと、嫌いになったか?」

「そんなこと……、ならないよ」

「初めて喧嘩したな」

「うん……」

「兄貴もよく、春香さんと喧嘩してた」

私は病室で春香さんの想いに触れた時の二人の様子を思い出した。

「けど、そのたびに、もっと好きになってくようだった」

「うん……」

「そんな二人に、憧れてたんだよ、俺」

「わかる気がする……」

弘斗が不意に肩を抱き寄せ、唇を近づけてきた。

「もう、バカ!」私はそう言って弘斗の顔を押しのけた。

「なんだよ、仲直りしただろ?」

「してないよ」

「美咲だって今、俺のことバカって言ったろ?」

「一回だけよ」

「なんだよそれ。数の問題かよ」

「そうよバカ!」

「じゃ、今のでおあいこな?」

「いやだ! なんだか腹立つ」

「なんか今までの美咲と違うぞ? 猫かぶってたな?」

「また酷いこと言った!?」

「おいおい、悪かったよ。許せよ」

「いやよ! 弘斗、嬉しそうに笑ってるもん!」

「美咲があんまり可愛いからだよ」

「もう……」

匂いは何もしなかった。

だから力のせいじゃない。

春香さんの想いに触れているわけじゃない。

これは紛れもなく私、そして弘斗のやりとりだった。

「ごめん……」そう言って弘斗は、立ち上がって背中を向ける私を後ろから抱きしめた。

なんだかちょっと、胸が熱くなって泣けてきた。

「美咲、大好きだ」

「うん。私も」



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