契約2
「本当に良いのか?」
「もう元には戻れないんじゃぞ。そんなに簡単に決めてしまっては、、、」
ステラが心配そうな顔で此方を見て来る。
「俺はこの世界に来て1年間、自分が何の為に喚ばれたのか分からなくて、誰にも必要とされていない自分が嫌で嫌で仕方なかった。」
「やっと光明が見えたんだ。どんな結果になるかは分からないけど、俺の直感はこの誘いには乗るべきって言ってるしな。何より、こんな美人の誘いを断れる訳ないだろう。」
「肝が据わっているというか、なんというか阿呆じゃのぉ。だが嫌いではない。」
「よい、では善は急げじゃ。今夜にでも契約をするとしよう。」
ステラはカーマインを呼ぶと、直ぐに契約の儀式の準備をするように伝える。
幾つか指示を出してから、カーマインを下がらせると、此方に戻ってくる。
「ステラ、そういえば契約というのは、具体的に何をすればいいんだ?」
勢いで決めてしまったが、何も詳細を確認していない自分の適当さに呆れながらも尋ねる。
「ん?おお、話しておらなんだな。契約とはキスじゃよ、キス。どうじゃ嬉しいじゃろう?」
揶揄う材料を見つけた子供のように悪い微笑みを浮かべながら、自らの唇を軽く触れて魅惑的な笑みを浮かべている。
「キ、キス!ちょっと待て、それはあれか?男性と女性がお互いの大切な部分を触れさせあう、、あう、」
と言っている内に顔が真っ赤になっているのが分かる。
何を隠そう俺は男女交際をしたことがない。当然キスなんて経験は無い。
俺は21年間の人生でモテた事がない、女性の扱い方なんてものも当然分からないのだ。
「本当に其方は揶揄い甲斐のある男じゃな。嘘じゃよ、嘘。キスといっても、おでこにするだけじゃ。」
残念な様な、安心した様な複雑な心境だ。
正直期待していたし、初キスがこんな美人だと言うのは、幸運以外の何物でもないだろう。
「それにしてもシュンよ、其方存外に初心じゃのう。もしかして女の一人も居らんかったのか?」
核心をついてきた。
そんなに分かりやすかったのだろうか。
「そ、そんなことは。。それよりも早く契約を始めよう。」
「ふむ、まぁそうだな。其方の昔の話はまた今度聞かせてもらうことにしよう。」
*
屋敷の地下、最初にステラと出会った部屋とはまた違う部屋。
こじんまりとしているが、とても厳かな雰囲気を感じる。
そう、これは教会で礼拝している時に感じるのと同じだ。
「ここは?とても清らかで神聖な雰囲気を感じる。此処は精霊の加護を?」
「ほぉ、分かるのか?此処は神と精霊に愛されし空間だ。ほら、あそこの台座に水晶の球体があるだろう?あれは精霊球と言ってな、精霊クリスタの魂のカケラとまで言われている霊装だ。」
精霊クリスタ、数多いる精霊の中でも、精霊王、つまり神に近い四柱の1人。
精霊王
精霊クリスタ
精霊サファー
精霊ルビレリエ
精霊ガネット
精霊王がこの世界で幅広く信仰されている【神】の事であり、他の4人は陪神といった所か。
その精霊クリスタの加護を受けた宝玉が此処にあるというのは、ここはこの宝玉がある限り、教会と同種の物であるという事だ。
「普通この部屋に入っただけで、分からぬものだが。まぁよい、では早速契約の儀式に入ろうかの。」
この契約という儀式は、神から与えられた種族というしがらみを解き放ち、別の形に作り替えるもの。当然神意向に反する訳で、この世界では反逆となってしまう。
だからこそ、神に等しき4大精霊の1柱であるクリスタの加護でもって、神前での儀式とし、神の意向に背かないものという意味合いを持たせている。らしい。
「さて、能書きはこの程度で良いだろう。契約の儀式に移ろう。」
*
儀式自体はとても簡単な物だった。
台座に置かれた宝玉にステラが幾つかの呪文を唱えると、部屋中に夜空の星が煌めいた。
まるで元の世界のプラネタリウムの様なそれは、ただ美しく、星の煌めきと宇宙の闇が同化して、星の海の中を揺蕩っている錯覚を覚えた。
「さて、準備は整った。」
ステラが目の前まで歩いてくる。
その手には宝玉を持っており、光り輝いている。
「最後に聞くが、本当に良いのだな。」
「あぁ、答えは変わらないよ。俺は、変わる。君の隣に立つ為に。」
その言葉をキッカケに、宝玉から発せられる光が、強くなる。光はステラの中に吸い込まれていき、ステラの中で脈動し始めた。
「さぁ、シュン。こちらへ。」
誘われるままにステラの前に立ち、そして自然と跪いた。今のステラは、先程までのステラとは違うどこか神々しさを感じたからだ。
自然と膝が床についた。
「ステラ。」
「シュン、私の後に続いてくれ。」
そう言って、両手を上に向け、天を仰ぐ様にして、瞳を閉じる。
《アー・アァー・アーー・ア・アーー》
歌の様に声高らかに声高く。
《アー・アァーー・ア》
《アー・アァーー・ア》
清らかな空気が辺りを包む。
ステラの声と俺の声が重なり合い、響き合う。
精霊が近くにいるかの様な暖かさを感じるのは気のせいだろうか。
「さぁ、シュン。立って。私によく顔を見せてくれ。」
ステラの美しい顔が目の前にある。
神々しい光に包まれている。
(とても、とても綺麗だ。)
「さぁ、目を閉じて。」
「我がアドアステラ家の血脈に、新たな家族を迎える。ステラ・ラ・アドアステラの名において、此処にその承認を立てん。」
目の前に何かが近づいてくる。
そして、額にとても、とても柔らかなそれが触れられた。
そして暖かい光が俺の中に入ってくる。
光は体中の隅々まで、物凄いスピードで動き回っている。そんな感覚だ。
自分という存在が何か別の物に変わってしまう。そんな不安感と期待感が入り混じる。
そして光が体の中のある一点、心臓あたりで止まったと感じる。
そして声を聞いた。