無能力者
簡単に言えば、この世界に俺達は召喚された。異世界から戦力になる若者を集めて、戦わせる為に。喚び出され、勝手に役目を押し付けて、私達の敵と戦って下さい。私達は高みの見物をしてますから、、まぁそういうふざけた話だ。
それでもこの世界に1年もいれば慣れる。
非日常が日常になっていく。噂によると、同郷の奴らの内何人かは、人を殺した経験もあるらしい。
話を戻そう。
城の偉そうな役人や神職ぽいオッサンから色々説明された。
俺たちを喚び出したら目的。これからすべき事、そしてこの世の全ての人達は神から役割を与えられ、その役割が運命を定めてしまう。つまり生まれながら人生というレールが決まってしまうのだ。農民は死ぬまで農民だし、商人は他の何者にもなれない。それこそ、勇者なんて役割が与えられたら、もう魔王でもなんでも倒さないといけない。
そう、それは俺たち召喚者も例外ではない。
全員何らかの役割が与えられた訳だ。
100人全員が戦闘に関わる役割ではないが、その補助をする薬師や鍛冶屋などの天職など、全員に何らかの意味があった。
そして俺の親友が勇者に選ばれた。
たが、一人だけ、一人だけが何の役割も与えられなかった。
そのただ一人が御影俊。
つまり俺だ。
周りの人間達は酷く焦っていたな。
こんな事は前代未聞だと、
実際に俺も聞いた瞬間は耳を疑った。
同郷の仲間たちが次々と重要な役を言い渡されている中、最後に残った俺だけが、役無しだった訳だ。
そんな訳だ、直ぐに無能のレッテルを貼られた。
表向きは勿論違う、王からは、いつかはその意味も分かるだろうと言われ、それまで街に待機するよう命じられた。
まぁクビ宣告を受けたに近い。
こうして俺は城から身一つで追い出された訳だ。
ただ一つ俺にとっての幸運は、姉さんと出会った事だ。
いつかこのふざけたストーリーを書いた奴を、一発ぶん殴ってやりたい。
そういや、アイツらは何してるかな?
俺を守ろうとしてくれたのは2人だけ。
親友ともう1人、この世界に来た時に最初に一緒に飛ばされた女の子だ。
そんな事を考えている内に、商業ギルドが管理する市場に着いた。
「よおシュン。今日もテレジアにこき使われてるなぁ、頑張れよ。」
「シュンちゃん、良い野菜が入ったんだ。これ持っていきな。」
この世界の人は良い人ばかりだ。
俺が居た世界は、どこか生き急いでいて、隣人にも無関心な人が多かった。
でもこの世界は、困っていた人はみんなで助け合う。とても心地が良い。
余所者の俺をすんなり受け入れてくれた。
姉さんの所に居る事も大きいが、この優しい雰囲気には感謝している。
元の世界に戻りたい気持ちは大きいが、今は此処で何とかやっていけそうだ。そう思えている。
買い物を終える頃には、太陽は天高く上り、ちょうど昼ご飯の時間になる。
海の近くという事もあり、この辺りは海の幸が豊富だ。露天も沢山ある。
適当な店で魚と野菜のサンドイッチを買って、海を眺めながらベンチに座り、少し休憩する。
落ち着いていると。朝は時間が無くて気にしなかった手のアザを改めて眺める。
このアザは、何か意味があるのだろうか。
「このアザは何だろうなぁ、最近よく見る夢と関係あるのか、、。」
そう呟きながら、サンドイッチを頬張る。
安くて旨いサンドイッチは最近の主食だ。
この辺りは魚が本当に美味しい。
暫く海を眺めていると。
この界隈では呼ばれる事のない名前で呼ばれる。
「あれ?御影さんじゃないですか?」
「こんな所でのんびり出来るなんて暇なんですねぇ。俺達が必死で魔物倒してるのに、羨ましいですよ。」
そう嫌味っぽく、話しかけてくるの男3人組。他にも何人か男女が此方に歩いてくる。
鎧を着けて腰にはロングソードを指している。
魔物の血だろうか、鎧には血しぶきが飛んでいる様子を見ると、街の外で魔物を狩っていたのだろう。
見た目は高校生くらい、こっちを見ながらニヤニヤと薄く笑っている。言葉遣いこそ敬語を使っているが、完全に此方をバカにしている。
会いたくない連中に会った。
そうコイツらが俺と同じくこの世界に飛ばされてきた同郷の奴らだ。
正直彼等の顔を見る度に、現実を思い知らされる。
チッと一瞬嫌な顔を出すも、直ぐに気持ちを切り替える。
彼等は子供で俺は年上。わざわざ彼等の子供じみた挑発に乗る事も無い。
「神田君に水谷君。それに清水君か。君達は特訓の帰りかい?お疲れ様。」
笑顔でそう声を掛ける。
その様子を見るや、挑発に乗らない様子につまらなさそうに顔を顰める。
三人組の1人、背が高く細身の清水が、脇に置いた食材や雑貨が入った買い物袋に気付いて、ニヤッと笑う。
「まぁせいぜい俺達の為に、飯を作って下さいよ。それしか出来ないんだから。」
そう言い放って、3人揃ってケラケラ笑っている。
本当に意地の悪い。
折角の旨い飯と良い眺めが台無しだ。
付き合っているのもバカらしく、その場から離れようとすると、3人組の後方から女の子が1人駆け寄って来る。
「アンタ達御影先輩になんて口聞いてるのよ。それ以上、舐めた口聞いてると、殺すわよ。」
ポニーテールを左右に揺らし、愛らしいその顔立ちから想像出来ない、強い口調で男三人組に忠告する。
「な、なんだよ。光月。この人が役に立っていないのは本当の事だろ。」
女の子の強い口調も怒りの表情に気圧されながらも、三人の中で一番背の低い神田が反論する。
「御影先輩達、後方で私達の生活を守ってくれる人達が居るから、私達は毎日美味しいご飯を食べれているの。役割が違うだけ、そんな事も分からず上辺だけを見て、そうやってバカにする。アンタ達の神経を疑うわ。」
「な、なんだよ。そんなに怒らなくてもいいだろう、、。おい、行くぞ。」
そう捨て台詞を吐いて、三人組は城の方に歩いて行く。
「すまないな、光月さん。気を遣って貰って。」
そう声を掛けて、お礼を言うと。
先程の鬼の形相が嘘の様な笑顔で、シュンの方に近寄ってくる。
「御影先輩、ああいう連中には、ちゃんとガツンと言った方が良いですよ!先輩が優しいから、調子に乗るんです。」
「まぁ、俺が役に立たないのも事実だからな。仕方ないだろ。」
「ほらぁ、またそうやって。」
そうプリプリと怒り始める。
この光月という女の子、光月彩音という名前で、元の世界では東京の女子高校生だったらしい。
こうやって何かと俺の味方になってくれる。俺が城を追い出された時も、最後まで抗議してくれたし、よく俺の様子を見に来てくれる。
「おーい、彩音ぇ。早く行くよー。」
遠くから、彩音達の仲間が、大きな声で呼んでいる。
「あっ待ってー!直ぐ行くからぁ。」
そう彩音が、仲間の女の子達に応対する。
「先輩、ごめんなさい。ゆっくり話したいけど、行かなきゃ。また今日の夜にご飯食べに行きますね!」
そう言って、笑顔で手を振って仲間の所に走って行く。
「ああ、旨い飯を作って待ってるよ。」
去って行く後ろ姿を見ながら、自分があの輪の中に入れない事に一抹の寂しさを感じる。
「さぁ、そろそろ行かないと。姉さんに怒られる。」
残ったサンドイッチを一気に口に詰め込んで、買い物袋を担ぐ。
もう一度光月達が去って行った方を見て、寂しそうな顔を一瞬見せる。
ゆっくりと歩く歩調もどこか重たさを感じる位には、俺はあの場所に居たいと思っているのではないか。
そんな気持ちとは裏腹に、街は今日も活気に満ちていた。