転移者
ガバァッ!!!
勢いよく布団をはだける音が響く。
男が物凄い汗をかいて、自らの心臓の鼓動を抑える様に、胸を手で押さえる。
はぁはぁはぁ、、
一階の連中にも自分の鼓動が聞こえてしまうのではと錯覚するほど、高ぶっている。
「はぁ、またあの夢か。」
そう言う男の目には涙が溜まり、頬を伝って一筋こぼれ落ちている。
「最近あの夢ばかりだな。あの女性は誰なんだ、いつも俺は彼女を守れない。」
男から大きな溜息が漏れる。
気付けは、時は既に太陽が頂点近くにまで登っている。
どうも昼過ぎまで眠っていたらしい。
「あーそういや、今日はアイツらが遠征から帰ってくる日か。多分酒場に来るから食材を大量に仕入れとかないと姉さんにドヤされる。」
事前の準備を考えたら、時間に猶予は無い。
急いで身支度を整えて、愛用のマントを羽織る。
手に籠手を着けて終わりという所で、いつも見慣れている自分の右手の甲に見慣れないアザの様な物がある事に気付く。
丸い円形の紋様を囲む様に5本の翼が生えている。
アザにしては細部が細かい。
手を窓から注ぐ太陽の光にかざして、
角度を変えて見ても。同じ紋様に見える。
《こんな傷あったっけか?》
「おっと、それどころじゃない。遅刻したら姉さんに縊り殺される。」
籠手を嵌めて、とりあえず傷の事は後回しに、急いで下宿にしている居酒屋兼安宿の宿屋部分、二階から駆け降りる。ここで住み込みで働き始めてもう半年になる。
「ミランダ姉さん、おはよう。」
宿の受付に座っている、茶色い髪を後ろに束ねた20代半ば位の女性にそう声を掛ける。
化粧っ気は無いが、整った顔は化粧をせずとも十分に美しい。
これてお淑やかな物言いなら完璧なのだが。
「おう、シュン。何時だとおもってるんだ。。」
「姉さん、ごめん。小言は後で聞くから勘弁してくれ!!!」
そう言うや否や、一階にある酒場のドアを開けて、外に駆け出る。
「あ。シュン!!逃げるな!」
そう言う頃には、シュンの姿は見えなくなっていた。
「たく、アイツは。帰ったらこき使ってやる。」
*
この街ガイアスは、人族最大の国家ジークリフ帝国の州都として、世界でも有数の人口を抱えている。
最先端の技術、物、優秀な人材が集まる。
まぁ田舎者が一度は憧れる、世界住みたい街ランキングでもトップ5に入る街である。
俺はそこの街で一番飯が旨いと評判の店で見習いをしている。
女将さんでもある姉さんに拾って貰ってから、もう半年になる。
名前はシュン。
本名は御影俊。
だけど、この町では目立つので、本名は隠している。
年齢は21歳。
自分が役立たずだと無力感に苛なみ、無気力に何をする気も起きない。
そんなやさぐれていた時に姉さんと出会った。
あの時活を入れて貰わなければ、今も中途半端なままだったと思う。
かつて住んでいた無機質なコンクリートジャングルとは違う、絵で見た中世の様な街並み。
レンガと石畳、鮮やかな花達で彩られた街並みを小走りに走りながら、ふと過去を思い出す。
この世界には一年前に呼び出された。
就職も決まり、大学も卒業間際という時。大地震に巻き込まれた。
ビルの崩壊に巻き込まれ死ぬと思い目を閉じた瞬間。
恐る恐る目を開けたらこの世界に来ていた。
同じ様にこの世界に飛ばされて来た男女が100人も居る知ったのは、暫く経った後だったな。
最初一人じゃなかったのは幸運だったな、、女の子が一人近くで泣いていたから暫く一緒に行動していた。
《そういえば彼女も今頃、帰ってきているだろうな》
まぁこの話は長くなるので、機会があれば語る事もあるだろう。
結局は、その後武装した鎧の男達に捕まり、中世の世界に迷い込んだ様な立派な城に連れて来られた。
そこで出会った約100人の同郷の人々。
10台から30台前半の男女が、皆一様に疲れた顔で、中には怪我を負っている者すらいた。
そして、集められた俺たちは、この国の王であるジークリフ帝国の皇帝と面会した。
そこである意味、俺の運命は決まってしまった。