8話
それからの日々は少し変わった。
相変わらずあの男は確認をしに来るが、証も2ヶ月経った今でもまだ来てない。
元から異常に遅かったのだ、不定期なのかも知れないっと白妙は言っていた。
本当に何でも知っている男だ。
「お前、育って来たな」
嬉しそうにした舐めずる男に悪寒が走る。
変わったことの一つとして、体つきが急に変わって来た。
たったの2カ月足らずで、棒の様な身体に忌々しい事に曲線が出て来たのだ。
そして大変不快なことに、この男はそれに上機嫌だ。
「これはいよいよだな」
華紋をなぞりながら、男はニヤニヤと笑い続ける。
「早く咲け」
そう耳に流し込む様に言われて、背中に悪寒が走った。
やるものか、この心の一片も。
女の意地にかけても咲かせるわけにはいかない。
「湯浴みの準備をして来ますね」
何時もの確認作業のあと、湯浴みがくっついて来る様になったのは、あからさまに白妙がこの部屋で何が起こっているか知っているからだろう。
その証拠に全く目を合わせようとしてこない。
「白妙」
名を呼んでも、目線は合わない。
「何でしょう?着替えはお持ちしますから、先に湯殿に行ってらしてください」
「白妙」
「……」
変わったことの1番は、この白妙の態度だ。
明らかに一線を引き接して来る。
最後だから、思いっきり子ども特権を使って甘えたかった。
そして甘かして欲しかったのだが、そんな願いはこの男の頑とした態度の前に虚しく消えてしまった。
愛らしい子。
それは永遠に戻ってこないらしい。
今後もしかしたらもう逢えないかもしれないのに、ひどくない?
そんな風に恨めしい目で見てしまう。
何時もの様に少し眉が下がっているが、清香が好きなあの笑みはない。
変わらず年齢不詳の顔だと見つめてしまう。
唇に赤い傷が出来ているのに気づいてしまうほどに。
「白妙、唇に怪我をしている」
気づいていなかったのか、さっと手で隠した
「もしかして、妾の姉様たちにまた何か言われたの?それか若い衆になぐ……」
「何でもありません。貴方は気にしなくて大丈夫ですよ」
「……そう」
もう心配させてもくれない様だ。
ちゃぽん
湯に頭まで浸かってみる。
こんなことをするから、何時までも子供の様だとからかわれるのだろう。
せっかくの最後の時、この距離で過ごすのが悲しかった。
もう覚悟は出来ている。
なのに今だに、反対側にいる自分が叫び続けている様だ。
あいつの伴侶にならないといけない。
華人だから鬼と契約をする。
こんな蕾なんてなければいいのに!
つい自分の痣をこする。赤くなっただけで消えやしない。
そのまま肌がヒリヒリしてこ擦り続けていた。
絶対咲かせてなんかやらない。
何でこんな目に合わなければいけないの。
こんな蕾さえなければ……
華人なんかじゃなければ良かったのに。
ただの人だったら、少しでも可能性あったかな?
それか白妙が鬼だったら?
ねえ、白妙。
私、白妙の伴侶になりたいよ。
ねえ、愛らしい子じゃ嫌なの。
もっと特別になりたいの。
貴方の唯一の人がいいの。
女の人として好きになって欲しいの。
ねぇ、白妙。
貴方が好きなの。
想いを全部受け入れてしまえば、じんわり胸に溶けて馴染んだ。
捨てないでおこう。
この恋心は、
いかに他は勝手にされても。
私の心は私のものだもの。
誰にも渡さない。
白妙が好きなの。
この心は死ぬまで持っていてもいいじゃない。
ストンとハマった想いに決意を新たに、ザバッと湯からでる。
今ならあの男なんて怖くない気がして来た。
体をザッと拭いて、寝間着をはおろうとすると蕾がほころんでいる事に清香は気付いてなかった
いつもは白妙がしてくれる香油も今日は自分で塗りつけて、白妙が待っているであろう居間は通らず直接寝室に直行する。
布団に雑に寝っ転がると、白妙が自分のために選んでくれたという香油がふわっと香り立った。
トントン。
「もう寝ますか?」
襖が控えめに叩かれ、白妙が何処か遠慮がちに声をかけてくる。
「うん」
まるで今の自分と白妙のように、襖という壁を隔てて話す彼。
以前はこちらを気にせず開けていた襖も今日は開けようとせず、あくまで襖越しに声をかけてくる。
「では寝る前に香油だけでも塗りますので、居間にいらしてください」
「今日は自分でつけたからもういい」
「……そうでしたか」
「白妙も疲れたでしょ?もう休んでちょうだい」
「……わかりました。おやすみなさい」
「おやすみ」
返事を聞いた後、彼は音を立てずに廊下を引き返していった。
道すがら、鼻をすんっと鳴らす。
廊下には残り香であろう、甘い花の香りがほのかに香っていた。
「ああ、この香りはとうとう……」
そう言って俯いいた白妙の表情は暗闇に紛れ、見ているものは誰もいなかった。