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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第四章 17歳、夏(全49回:アクション編)
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31 落とし穴が口を開く


 武藤の娘の身柄は確保した。

 二十分後に拉致ユニットと合流する。

 どうやら、多少手荒な真似もしたらしいが、抵抗した報いだ。

 こうなれば、すぐにでも日本を離れなければならない。いくら骨抜きにされた国とはいえ、この国のフィールドに留まり続けるのは得策ではない。

 こちらが絶対的優位にあるのだから、重要なのは油断しないことだ。


 目指すのは北。陸路で新潟まで走り、新潟港から船に乗せる。それでもう、日本人の手からは完全に離れる。安全な公海上から、ゆっくりと、そう、ゆっくりと折衝してやればいい。


 娘は、最終的に自国に戻ってから、じっくり処理してやればことは済む。

 パリは、相変わらず静止状態だ。

 S国の日本工作員も、全員国外退去した。一番手強いと目している二人組は、ロンドンへ飛んで何やら動きはあるが、所在は確認している。

 連中がどう対処しようとしても、どれほど急いでジェットをチャーターしたとしても、フライトプランが認められて日本に着くまで、十二時間以上は掛かる。

 どれほどの不慮の事態が起きようが、その頃には我々はすでに公海上だ。


 現在の日本に残されている、諜報関係の武力は大したことはない。今までのことでよく判っている。

 また、さらに軽蔑すべきことに、娘と一緒にいたガキどもは仲間割れしたようだ。その後の報告で、一人は重傷で病院送りらしい。

 後ろから脇腹を殴られ、内蔵にまで衝撃が加わわりダウンしているようだ。しかもその体で後を追おうとして、ドアに右腕を挟まれて手ひどく関節を痛めたと。呆れるほど愚かしい。

 しかも、それを病院に連れて行き余計に人手を割くなど、所詮、日本人などこの程度のものとしか言いようがない。


 だが、こいつらは去年、我々に対する罠として囮になった連中だということは判っている。

 アメリカが我々より先に喰い付いて、同士討ちをやらかしたのだ。これもまた、考えられないほど愚かしい事態だ。

 とはいえ、念のため、病院に入った報告を受けた際に始末を命じた。大病院での仕事は、不特定多数の出入りがあり、白衣着用による没個人化もあって極めて楽なものだ。

 こういう不確定要因は、殺せる時に殺しておけば後腐れが生じない。


 武藤の娘という一級の人質さえいれば、タイムアップまで主導権を持って交渉できるし、これから先もずっと予知と透視というおとぎ話で日本人どもを手玉に取れる。帰ってこない人質に、無制限の譲歩をする愚かさがたっぷり見物できるだろう。

 S国からの撤退は既定路線になるのは確実だし、他の産油国から追い出すのも確実。

 ふん、党幹部どもの、驚く顔での賞賛が今から聞こえるようだ。


 借りておいた倉庫の一画で、拉致部隊と合流する。

 倉庫には持ち込んだ武器類以外に、ドーベルマンも二匹いる。娘がどこかに隠れてもあぶり出せるよう、ハンドラーとともに事前に本国から連れてきたのだ。

 アメリカの腑抜けた軍用犬と異なり、人を殺す訓練をさせてある。非常時には、下手な兵士よりも期待できる。

 高校の駐輪場で、娘のにおいも手に入れておいた。


 娘の体に付いているかも知れない発信器について、一応のクリーニングも済んでいるが、まぁ、精査は後でもいい。今はスピードが大事だ。精査の三十分が惜しい。

 そもそも、三時間で新潟まで走り、船に運び込んでしまえば令状なしの捜査は拒否できるし、全速で公海上に出てしまえば、その令状すら無効だ。

 発信器など、仮に付いていたとしても、スピードで凌駕すれば困ることなどないのだ。



 − − − − − − − −


 引き立てられて来た武藤の娘を見て驚いた。

 これほどの上玉は滅多に見ない。

 一応、写真で顔貌はつかんでいたが、現物は遥かに上回る。拘束の必要もないほど怯え、右頬が真っ赤に腫れている。拉致部隊も、この程度で手荒なまねをしたとは笑わせる。

 抵抗するならば、指の一本や二本切り落としても良いのだ。

 が、これほどの上玉なら確かに勿体ない。傷つけずに弄んで、後はどこかに売ってもいい。これなら、上手く競りにかければ、億の単位になるかもしれない。


 髪を掴んで顔を上げさせる。

 見れば見るほど上玉だ。

 怯えが絶望に変わるまで、その心を折り尽くしてやらねばという気にさせられる。船までたどり着いたら、たっぷりと楽しむこととしよう。

 敵に有言実行して見せなければならないが、国に帰って農民工の娘でも代わりに轢き潰せばいい。その方が金になるし、時間は十分にある。



 すっと身を引く。お見とおしだ。

 そんな鈍い膝蹴りが当たるはずなかろう。冷笑とともに、お返しの平手打ちをくれてやる。

 そのままコンクリートの床に倒れ込む。

 追いかけて、腹に蹴りを入れる。


 ふん、調教が必要だな。

 髪を掴み、引き摺り起こし、さらに殴ろうとして……。


 見ている部下を呼ぶ。

 「おい、確認しろ」

 部下も異変に気がついたようだ。

 「瞳孔が開いています。脈も感じません」

 青ざめた顔で、報告してくる。


 たかだかこれぐらいのことで死ぬか?

 おい? 

 AEDは装備に入っていない。心臓マッサージは……、時間の無駄だ。

 救命措置など始めれば、持っている時間的アドバンテージを失う。

 ましてや、ここで慌てて救命措置など始めれば、人質を失った失敗を部下の前で自ら認めることになる。


 まあ、勿体ないが、しかたがない。計画通り処理すれば済むことだ。生きたまま潰すか、死んでから潰すかの差しかない。

 部下たちの間に、何とも言えない空気が流れている。ふん、これだけの上玉だったから、同情的な気分になった奴もいるのだろう。人を殺したことがないわけでもあるまいに、なんの同情だ?

 死体を車のトランクに積むよう指示する。船までたどり着いたら、船の冷凍庫に入れねばならない。めんどくさいことだがしかたがない。


 あまりに上玉だったから、いろいろな欲も湧きはしたが、当初の予定通りにすれば済む話だ。


 その時、携帯が鳴った。

 手振りで部下たちを作業に掛からせて、通話状態にする。

 「独走しているようだな」

 党の長老、くたばり損ないの声だ。

 だが、何を言っている? こちらの動きは摑んでいないはずだが……。


 「日本の全権を委任された坪内という男がな、白旗を揚げて来おった。

 S国から手を引くそうだ。

 お前、人質を取ったそうだな。儂は一切関知していなかったが、どういうことだ?」

 なぜ、日本はこちらにではなく、党に直接白旗を揚げた?

 おまけに、口調は賞賛からほど遠い。心に暗雲が兆す。


 「S国で、うろうろしている日本人を一掃しました。これで、中東の産油国での我が国のプレゼンスは大幅に向上するはずです」

 「馬鹿が!

 坪内はな、S国からは手を引くものの、以降、我が国の諜報員及びそのすべての親族に対して、無制限の行動に出ると言っておる。意味が解るか?

 日本人の諜報員の士気を知っているのか?

 我が国の諜報員の士気を解っているのか?

 あいつら、死に物狂いで食らいついてくるぞ。

 対してこちら側は、親族を人質に取ると言われたら、一族で諸共逃げ出すのが落ちだ。我が国の諜報は崩壊する。それを解ってやったのか?」

 「しかし、戦争になれば我が国の戦力は圧倒的です。諜報のステージから、実際の戦争状態に移行したあとの勝利が見えている以上、逃げ出す者はいないと思いま……」

 「底なしの馬鹿だな、貴様は。

 敵は自衛隊ではない。実際の戦争になったとき、アメリカが出てこないわけがないということがどうして判らん?

 自衛隊と互角以上では十分ではないのだ。

 長年かけて、アメリカとの切り離し工作を進めているというのに、今回のことを発端にして、坪内がアメリカに対していろいろ吹き込んどるようだ。

 これでは、アメリカに傍観するように要請するどころか、今までの離間工作が水の泡になりかねん。

 一方的に我々がルールを破ったということになれば、大義名分が立てようがない。

 即座に人質を解放しろ。

 後始末はこちらでやる。お前はすぐに国に帰れ。処遇はあとで考えるが、覚悟はしておけ」

 「人質は……、死にました」

 「なんだと……、殺したな?

 ならば、お前も死ね。それを以て、事態を収束させる。素直に帰ってこい。逃げたら、一族郎党皆殺しだ。

 お前自身も地の果てまで追いかけて、発見したら凌遅に掛けてやる」


 全身に一気に鳥肌が立った。

 凌遅、生きたまま体中の肉を少しづつ切り取られていく刑だ。その苦痛は死ぬまで続く。

 表面上は無くなった刑だが、裏では権力者の内輪の宴会などの際に、娯楽を兼ねて執行されることがあるという。

 若い女や子供が執行される場合は、長寿を実現させる最高のもてなしとして、生きながら削った肉の料理を喰らうという話も聞いていた。


 必死で頭を巡らす。

 「ありがとうございました。お言葉を部下にも伝えます」

 そう言って、くたばり損ないが話しているのを無視して電話を切り、一連の動作でマナーモードにする。


 今からあの娘を車のトランクから降ろし、救命措置を始めてももう間に合わないだろう。わずか数分前のことだが、もはや挽回は不可能だ。

 せめて、自分だけは、生き延びる算段をしなければ。


 部下に向かって話す。

 「党幹部から、過分なお褒めの言葉をいただいた。

 喜べ。

 国に帰ったら休暇と昇進が待っている。

 ただ、こちらの情報が漏れていることについてお叱りをいただいた。携帯電話の電波を追われている。

 やむを得ないが、すべての携帯を没収する。近日中に代わりの携帯を支給する」

 部下たちの表情に、安堵の色が浮かんだ。


 今の党長老との会話が部下にバレたら、一気に敵に回られる。部下どもを情報から遮断し、生き延びるための駒としなければならない。

 「何をしている、すぐに携帯の電池を抜き、こちらに寄越せ。すぐに破壊が必要だ。この場所がバレるぞ!」

 一人の部下が携帯を差し出す。続いて他の部下たちも我れ先と差し出す。震え出しそうな指を意志で押さえつけ、コンクリの床に叩きつけ、さらに靴の踵で踏みつぶす。


 「だめ押しの攻勢を掛ける。ガキどもには姉妹がいたな?」

 「はい。群馬県S村の自衛隊基地にいるのを確認しています」

 「なんとしても拉致しろ。

 一班から三班、六人で行け。残りは、私と新潟に向かう」

 「はっ!」

 とりあえず、死んでしまったものはしかたがない。再度複数の人質を取り、その複数を無事に解放することで事態をうやむやにする。

 一分の一だから、人質が死んだという事態が目立つ。

 三分の一ならば、事態の焦点をぼやかすことができる。また、なにより、この人質を日本だけでなく、本国に対しても使うことができそうだ。自分の命のために。


 死んでしまった娘の分は、部下の一人二人の暴走ということで殺処分して責任を取ったことにする。。

 たとえ一生浮かび上がれなくても、生きていさえすればなんとかなる。また、当初の予定通り、死体を轢きつぶして、こちらの能力が本物だというところも見せておかねばならない。

 生体電位を読み込める娘は、なんとしても隠し通し、将来への布石とせねばならない。


 そのためにも手駒の中の最精鋭で、特殊部隊上がりの一班から三班を行かせる。平和ボケした自衛隊基地であれば、なんなく潜入して攫ってくるだろう。

 S国にいる、情報提供者役の男に連絡を入れる。


 「日本政府に伝えろ。娘の命はあと6時間だと。タイムリミットを早める。その上で行方をくらませろ。日本政府からの回答を待つ必要はない。パリの班にも脱出を伝えるのだ」

 他の部下が通話を聞いている状態では、ここまでの指示が精一杯だ。


 現状、S国での日本の活動は止まっているが、手を引いたわけではない。

 あとは、S国のネゴシエータ役の部下が身を隠すことで日本との連絡を絶つ。その上で、日本から連絡がなかったので仕方なく娘を殺したとする。

 当然、この部下にも、近いうちに死んでもらわねばならない。


 乗用車三台とライトバンを一台。さらに、資材、武器類をブルーシートに包み、上から軽く土砂を掛けてカムフラージュしたダンプカーが走り出した。

 ドーベルマンはライトバンの後部の檻に入れる。何があるか判らないから連れて行く。


次回、戦闘を開始してください

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