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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第四章 17歳、夏(全49回:アクション編)
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30 手足を捥ぐ


 額は気にするなと言われても、ホテルショップの商品は俺の普段の買い物の範囲から考えると十分に値段が高くて、とてもどーんとは買えなかった。

 予想以上に、俺、こういうとき、みみっちいわ。

 でも、いい匂いだな。口幅ったい言い方だけど、俺が言うのだから間違いない。


 大きいホテルなので、坪内佐に言われなくても慧思の祖父の部屋番号は覚えていた。だって、そうしておかないと、その部屋に戻れる気がしなかったから。

 すぐに、慧思の分もパンを買い、俺が慧思を迎えに行く必要はないんだと気がついた。フロントから、内線電話で、十分後にロビーで待つと伝えて貰う。


 見込んだとおり、思考がぐちゃぐちゃの状態から、慧思は外見上ほぼ立ち直っていた。

 きっと、感情は追いついていないはずだ。毒親だからと、心の中で必死に切り離した相手が、相手なりの事情を抱えていた。

 理解と許容、それからこれからのこと。短時間で整理が付くわけがない。でも、一年前の近藤さんの時のように、一気に悟ったように乗り越えるのも慧思だ。あとはこいつ本人に任せておけばいい。


 それに、「理解したから許容もしなければならない」というものではないことを、慧思自身が一番解っているだろう。



 日比谷公園前側のホテルのロータリーで、迎えの車に乗り込む。で、驚いた。

 先客がいる。俺と同じように右腕を吊り、俺と同じ服を着た男が。

 年齢的にも、俺たちと同じぐらいに見える。でも、なんか、俺たちより育ちが良さそうだ。喋り方も、ゆっくりと品がいい。


 「坪内佐の依頼で来ました。

 坪内佐は、着々と手を打っています。

 この車は、既に上空のヘリの保護監視下にあります。尾行車両等の洗い出しは、今現在も進んでいます。ホテルのロビーで腕を吊ったまま電話してもらったのも、そのためです。

 なお、先ほどの医師は、口の軽い人物です。話の持って行きようで、守秘義務をなあなあにしてしまう癖があります。そういう人物を選んで診察させたとのことです。

 私は、アークヒルズの手前の虎ノ門病院で降ります。後はお解りでしょう?」

 ああ、一気に喋られましたね。はい、お解りです。

 これで、俺は相手のマークから外れてフリーになる。



 つか、俺が痛みの中で考え、察した美岬の考えを読んだだけでなく、着実に手を打ってきているのか、坪内佐は。

 「たった一人の遊軍」として美岬のもとに走る覚悟をしていた。それなのに、みるみるうちに態勢が整って行く。

 なんというか、こちらが走る早さそのままに、目の前に道が整備されていく感じだ。


 遠藤大尉が走るとき、同じ速さで小田大尉が道均しをするっていう意味が、ようやく実感として理解できたよ。

 でさ、ボードゲーム上でなく、現実の状況に対してそれをやってのける能力ってのは、やっぱり希有なんじゃないかな。


 あっという間に虎ノ門病院に着く。身替わりの男は痛そうに、辛そうに病院の中に入って行った。俺と慧思は、無言の黙礼で見送る。


 車は発車しない。

 何かを待っているようだ。

 二分後。パトカーが通りがかりという風情で現れ、同時に通行人を装っていた私服の警察官らしき数人と一緒に、二台後ろに停車していた車を検挙した。わずか十秒に満たない出来事だった。


 予想はつく。

 俺が病院で降りたという報告をさせてから、検挙したのだ。

 坪内佐は、相手の指揮を取っている人間、Xの手足を次々に捥ぎ取っていく気だ。それも、気付かれないうちに、間違った情報をしこたま掴ませながら。


 おそらく、美岬の自宅の監視役も、俺たちが出発する時の報告を最後に検挙されているんだろう。報告には電波を出さないとだから、こちらとしてはそこが付け目だよな。

 ともかく、相手の総ユニット数は判らないけれど、二ユニットは検挙済みということなる。


 で、俺たちの想定した、敵の戦力の分散と集中という読みが正しいとすれば、二ユニットは坪内佐に張り付き続けているはずだ。

 坪内佐が新たな動きを見せ、部下のバディを呼び寄せた時に、一ユニットだけではどうにもならないはずだ。だから、最低で二ユニット。

 俺なら、三は張り付けるな。


 その他の国内の大部分、もしくはすべてのユニットはXの周りと美岬の周辺に集中しているはずだ。脱走防止だけではない。美岬を轢きつぶすのならば、その記録も取らないと意味がない。無人の空間も用意せねばならない。それどころか、行程で、不意の検問を突破する必要もあるかもしれない。

 したがって、案外多数の人手がいるのだ。当然、作戦行動が終わったら、ほとぼりを覚ますためにチーム全体での国外退避も考えているだろう。


 なんか、考えてみると、馬鹿馬鹿しい作戦のような気がしてきた。

 全部勝てばオッケーかもしれないけれど、全部勝つ前提での作戦は、撤退時期を誤らせやすい。

 いくら今の段階ではデモンストレーションを目的とした作戦とはいえ、俺ならば別の方法を考える。

 けど、もしかしたら、こういう作戦を取るしかない制約があるのかも知れない。としたら、その制約ってなんだろう?

 今の俺には材料が少なすぎて、よく判らないけれど坪内佐には解っているんじゃないだろうか?



 もう一つ、気がついたことがある。

 Xの指揮を見ていて感じるのは、いろいろな制約を超えて感じるんだけど、スタンドプレイが好きなんじゃないかな? 自己顕示欲というか、誰かに見せねばならない、見せたいという考えが、意識してか、無意識かは判らないけどあるという気がする。

 ああ、相手が小物だという坪内佐の読みがあったし、下部機関という話もあった。上に対してのデモンストレーションかもしれないな。となると、相手は、上に対してデモンストレーションが必要な立場にいて、だからこそ逆に、上に対して裏では独断で動いている可能性すらあるな。


 「命令されていないけど、こんなに大きな獲物を獲ってきたよ。偉いでしょ、わんわん」って感じだ。

 うーん、Xの個性と判断するのは容易だけど、相手組織の文化とか、ひいては国家としての評価体制とかまで考える必要があるんだろうなぁ。システムの問題だとしたら、これからもそこに付け入る隙があり続けることになるからね。


 ただね、そんな馬鹿らしいデモンストレーションのために美岬を失うわけにはいかない。


次回、全方位からの追い込み開始


次回以降、一気に収束に入るため、場面転換が増えます。なので、一部分がどんどん短くなっていきます。

更新をこまめにしますので、ご容赦ください。

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