14 作戦会議、のようなもの 強制力
三人で、もう一度最初から思考経路をおさらいする。
ここまで、特に大きな穴はないんじゃないかな。
慧思が、検討しておかねばならないことを口に出す。俺が怖くて口に出せないことに、気がついているのだろう。
「美岬ちゃんについての、三日、五日目の意味は何かな? 具体的な日時の指定は脅しかもしれないけど、自分たちの行動をあまりに限定しちゃってないか?」
美岬が答えた。
「一つ目は超能力いうブラフで、こちらがそれに信憑性を感じるというのがあると思うの。いつかどこかで、では、ブラフにならない。
二つ目は、相手にそれだけの力がある場合。
どのように事態が転がっても、その事態を起こさせる強制力が相手にあると考えなければならない。で、そこまで考えたから、坪内佐は、家族を保護している。
三つ目は、相手に急ぐ事情がある場合。
急いでいるのではなく、そうなるものだという言い方でごまかすのよ」
慧思が答える。
「一つ目は対処しなくていいな。
二つ目は考えにくい。日本国内で、そこまでの実力行使ができるってのは、さすがに信じられない。
三つ目は、可能性があるというだけで、突き止めるには情報不足、でも、頭の片隅には置いておかないと。でも、相手の話のまんまだとしたら、防御を固める以外に方法がないかなぁ」
あまり良い切り口にならなさそうだ。
俺は、聞いてみた。
「なあ、二つ目なんだけど、考えにくいけれど、他に手はあるよね。
『軍事力とは相手にこちらに意思を強要する力』って定義に沿えば、いくらでも手がある気がする。
たとえば、美岬んちは両親共に今は安全だろ? 他に誘拐されたら困るって人、いるの?」
「いないなぁ。親戚も少ないし。むしろ、遠藤さんたちが誘拐された方が困るかも」
「されねーって。相手がよっぽどバカじゃなきゃ手を出さないだろうし、手を出したら、きっと、もんの凄げぇ逆襲を食らうぜ」
で。
……慧思、お前、いるだろう? そういう人。思い出したように動揺しやがって。
美岬も見えたらしい。
「近藤さんのこと?」
「違うらしい」
即座に俺が答える。だって、近藤さんの名前が出ても、その瞬間の肌が緊張する時のにおいもない。
「お前ら、いい加減にしろよ。人のこと、勝手に読みやがって。
近藤さんは誘拐されないだろ。
だって、相変わらず俺の片思いで、それだって、お前ら以外は知らないだろうがよ。それなのに、あえて検討議題にするのは、イジメみたいなもんだぞ」
ああ、コイツの玉砕は、俺ら以外知らないんだった。あ、もちろん近藤さんは知っているけれど。でも、彼女はそれを人に言いふらすような人じゃない。それに、今はなんとなーく、慧思のことを想っているしな。
「はいはい、解った解った。もう勝手に推測しないから、説明して欲しいな。今からでも間に合うならば、坪内佐に身柄の保護をお願いすることもできるんだろうし」
慧思は、話すのに心の整理が必要なようだった。でも、話すのが嫌だというのでもないらしい。
まるまる一分以上、経ってから……。
「俺の名前な、ジイちゃんがつけてくれた。新潟の田舎で、寺の住職をしていてさ。もう、十年も会っていない。『慧思』ってのは、聖徳太子の前世で、中国の高僧の名前なんだそうだ」
「ふーん、そんな偉い人の名前を、お前さんがねぇ」
「馬鹿野郎、混ぜ返すんじゃねえ。確かに名前負けしているけどさぁ」
美岬が話に加わる。
「十年って長いね?」
「ああ、だから、かえって何もしない方が安全なんじゃないかと思ってたんだけどさ」
「解っていて聞くけど、大切な人なの?」
「ああ、俺の親が俺と妹を虐待しても、いつも逃げ場所になってくれた。人としての生き方とか、勉強に対する考え方みたいなものとかも話してくれた。
その時、俺は七歳だからさ、よく解らなかったんだけど、噛んで含めるように何度も何度も言ってくれたことが頭に残っていてさ。それが、今になってやっと、解るようになってきてな」
「そうなんだ……」
「で、逃げ場になってくれていたからこそ、こっちに引っ越してきて、引き離されたんだよ」
非道いな。
今更ながらにショックなことを聞かされた気がする。
慧思が歪まなかった理由。
それは、妹を守りたい一心ってのもあるけれど、祖父の温かな記憶が、常に軌道修正させ続けていたってのもあるんだろう。
多分、美岬の母親が慧思の身辺調査をした時に、そこまで判っていたんだろうな。
俺は、その時、その調査書を見ない判断をした。
やっぱり見た方がよかったのかな? その方が慧思に対してもう少しなんかをしてやれたのかな……。いや、してやるってのは、傲慢だな。
「済まない。本当に済まない。気がつかなかった。お前をバディに選んでおきながら、俺は、お前の過去にまったく気がつかなかった」
「バカを言え。お前の嗅覚で、俺の祖父のことが分かるわけないだろ?
それよりな、逆なんだよ。
お前が、俺をバディに選んだ。その結果、俺と妹の弥生は、親から解放された。
俺は耐えられる。でも、弥生は限界に来ていた。このままだったら、取り返しがつかないほど人格に影響が及んでいただろう。
だから、この恩は、どう返したら良いかも分からん。
お前が、美岬ちゃんのかーちゃんを裏切らないと言ったろ? 俺も、お前と、ひいてはその後ろにいる美岬ちゃんのかーちゃんを裏切らない。
俺には、お前の嗅覚や美岬ちゃんの視覚みたいな才能はない。
できることは、せめて、裏切らないということだけなんだよ」
そんなことはない。お前はスゲーよ。
今回だって、突破口はお前の視点だ。
ああ、美岬も平静ではないな。
「会いたいよね?」
美岬が聞く。
「ああ、本当に祖父に会いたいと思うよ。今の姿をさ、経済的にもある程度なんとかなっている姿を見せて安心させてやりたいよ。せめて、それだけは伝えたい。
記憶の中より歳取って、身体も弱くなっているんじゃないかと心配だよ」
そうか、そうだろうな。
今回のことに切りが付いたら、会いに行けばいいんだと思う。毒親へのわだかまりがあって、決心がつかないなら、俺が強引に引っ張って行ってやる。
次回、パリへの連絡手段




