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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第四章 17歳、夏(全49回:アクション編)
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8 それでも、俺たちは逃げない


 美岬は反論した。間髪なく。

 「その判断には、論理がありません。

 この場では、私の歳も、私の性別も関係ありません。

 『つはものとねり』が伝統を重んじ、古き良き価値観を重視しているのは知っていますし、その姿勢には私も全面的に賛同しています。

 でも、そのために、より良い手段を放棄するのは、非論理的であり、むしろ敵を利するでしょう。必要なのは、今起きているこの問題、私のことではなく、中東でのプレゼンスの維持に最適な対処することなのではないでしょうか?

 一言、言わせてください。私は十歳の時から、自らの判断でここの一員として生きてきました。私の視覚は、他の生き方を私から奪っている一方で、ここという私の力を隠さずに生きられる場所を与えてくれています。そして、守られる立場ではなく、守る側に立つ人間だと思えるのは、私の誇りです」


 坪内佐は、天井を見上げた。

 何かを懐かしがっているような、そんな気配がするのは気のせいだろうか。あまりに場違いだし、俺の能力では確証が得られないけど、美岬には判っているかも知れない。


 そして、視線を俺たちに戻した。

 なんか、雰囲気が厳しくないか?

 「武藤佐の口調、そのままだな。

 実はな、武藤佐から、自身の進退とは別に、娘の判断は大人のそれとして扱って欲しいと申し入れがあった。そういう約束もあるそうだな?

 だが、それでも、未成年を危険にさらすことは組織としてできない、というのが督と私の見解であり、それについては変わらない。

 ただし……、未成年かどうかの判断は、単に年齢だけによるものではなく、その能力と覚悟も考慮すべきだろう。その見極めは、私が行なおう。

 ここまでは、事前に可能性として想定した範囲だ。

 だから、ここまで来てもらい、武藤佐の娘ではなく、武藤美岬という人間を見せてもらった。

 結構だ。

 君を、我々の一員として扱い、前線に出す決断をしよう。

 だが、双海、菊池両君について準用されるものではない。両君については、保護の対象とする」

 そか、子供を相手にしている態度から、仲間を相手にする態度に変わったのか……。


 いや、違う。

 違うな。

 俺には、この人が今話していることと、まったく違うことを考えているのが判る。

 たぶん、確実に美岬もだ。

 でも、それが何かはさっぱり分からない。判るのは、俺に可能な量とは桁違いに膨大な情報を処理しているということだけだ。

 きっと美岬の眼には、脳への血流の増大が見えているはずだ。


 しかたない、今の言葉にだけ答えるしかない。

 出し抜く機会は狙い続けようとは思うけど、坪内佐が相手ではたぶん無理だ。

 それどころか、俺たち、いいように踊らされているかも知れない。


 「私の事は、ご存知だと思います。

 私も生意気なことを言うようですが、自らの嗅覚を活かせるのはここしかないと思っています。美岬さんの言葉は繰り返しませんが、美岬さんほどの訓練期間はなくても、同じだけの覚悟は持っているつもりです。姉の命を、助けてもらった経緯もあります。

 美岬さんの自宅で、美岬さんを守ります。

 他の『とねり』より、美岬さんのことを理解している分、美岬さん本人とより良い連携が取れます。

 坪内佐のおっしゃるとおり、相手の行動は、美岬さんにこだわることで手を狭めています。そこで必要なのは、付け入る隙に見えて、実はそうではないという体制ではないでしょうか。

 あと、ですが、私の姉は、ターゲットとしての価値は低いでしょうが、万が一の事態に備えて護衛はよろしくお願いいたします」

 横顔に美岬の視線を感じるけど、そちらを向くことはしない、できない。

 坪内佐に対して、個人的理由から美岬を守りたいという想いを見せたくない。

 やせ我慢と言いたければ言え。だって、そのとおり、やせ我慢だ。


 慧思も口を開いた。

 「妹をお願いいたします。私も、『つはものとねり』のお陰で初めて妹共々、人として生きることができました。

 そして、私は、双海のバディです。彼の能力は、私がいないと十全に発揮されません。犬のハンドラーは私ですから」

 「テメエ……」

 思わず口走って、慧思を見る。

 お前は、口はそれでも目はマジかよ。


 ……そか、お前と俺は、バディだもんな。きっと、俺が、中東での日本のプレゼンスとかよりも、美岬を守りたいという想いでいるのを見越した上で、それでも一緒の行動を選んでくれるんだな。

 俺は、お前にこの恩を返せる日が来るのかな……。


 坪内佐は念を入れてきた。

 「三号配備の施設に守られているとはいえ、相手の出方は判らない。君たちは訓練過程の、ほんの初歩を終えているのに過ぎない。土壇場で、泣きを入れることは不可能だが」

 「訓練前の実績はご存知かと」

 坪内佐の語尾に重ねるように、慧思が言う。

 反応、早っ。

 負けた。


 「そういうことではない。目の前に、銃口が来てから後悔しても遅いぞ」

 今度は俺も出遅れない。

 「実銃を向けられ、撃たれた経験を佐はお持ちでしょうか? それ以上の覚悟がさらに必要でしょうか?」

 正直に言えば。

 撃たれたことは、トラウマだ。今だって思い出せば、全身の体温が上がって下がって、アドレナリンが出放題、PTSD一歩手前。


 でも……。

 もう一度、その場に立つことになろうとも。

 退けない。

 美岬を守る。

 決意は、その時と変わらない。


 坪内佐は、深いため息をついた。

 「しかたあるまい。そこまで言うならば、君たちも認めよう。

 ただし、言っておく、今回の件だけだ。それが終わったら、君たちは再び一高校生として暮らせ。今回の件は特例だ。我々は大人として、未成年の君たちを守る義務がある。君たちが働くのは、少なくとも五年後からでよい」


 ああ、大学に行って、卒業するまでの間は、モラトリアム期間としてくれるんだな。

 大人って、それはそれで大変なんだ……。

 大抵は感謝もされないしな。


次回、俺たちの現状分析

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