2 模擬店準備
ともあれ、シェフの案をクラスで報告したら、そのまま決定してしまった。
鯛焼き案のときの女子たちのイメージは、「浴衣にエプロンで甘味処の女給さん」というレトロな絵柄でそれなりに盛り上がっていたのだった。
それが、バウムクーヘンで、「カフェの、リボンとフリフリがたくさん付いたメイドさん」のイメージとなったら、盛り上がり自体はそれ以上に上がったりということもなかったんだけど……。
メイドさん衣装のレンタルが安かったもんだから、自分たちの浴衣を汚す危険がないこと、着た後のクリーニングの心配がないこと、浴衣を持っていない女子も参加できることという利点があることで、即、決定。
やっぱり、女子は実利に聡いね。
男子は、甘いものなんかどっちでもいーや、という雰囲気で、異を唱えず。
で、鯛焼きからバウムクーヘンになっても、焼くのは俺がやることに。「バウムクーヘンを焼くマシンがあってね」という段階で、女子はパスだと。機械のマニュアルなんか読みたくもないそうだ。で、借りて来る話をしたお前が焼けと。
女子の横暴に、ため息が出る。これはもう、アイモカワラズ症候群だよな。
まあ、あと、俺が料理が上手そうと見られているのもある。
本当は、料理が得意というより、嗅覚が敏感すぎて、いろいろが判っちゃうだけなんだけどね。
で、美岬も当然、メイド服。
髪を上げたその姿を見た瞬間、胸が痛く感じるほど可憐で綺麗。
思わず、写メを撮り合う女子に混じって、1枚だけだけど、俺も撮っちゃったよ。
美岬が彼女だってことは、学校のみんなには内緒だから、不自然にならない程度にしか撮れないのが残念。待ち受けにするなんて、もっての外。
まぁ、もっとも、それどころではないほど忙しいってのもあって、俺は、朝早くからオーブンに火を入れ、すでに3本目を焼いている。このオーブンは、いっぺんに40センチの長さのものを1本しか焼けない。
とはいえ、こいつを4センチ幅に輪切りにして、120度の角度に3等分して1人前にすると、1工程1本で30個に切れる。確かに鯛焼きよりはいいよね。
だから、俺、そろそろ90人分作ったってこと。最初の1本は試作で、いびつな年輪になっちゃったけれど、試食としてみんなの胃袋に消えた。
2本目からは見た目も大幅にアップ、商品として悪くないレベルになっている。
とにかく、生地を着けては回し、着けては回しの繰り返し。シェフの特製レシピだから、やたらとしっとりと柔らかくて、自重で軸から垂れてきちゃうから、焼きあがったものも軸を回し続ける必要がある。さらに、その間にスライサーで切り出して盛り付け。
忙しいって、単純に俺の仕事が多くね?
もちろん、コーヒー、紅茶も原価を抑えている中で、それなりのものを出す。女子が数人で飲み物を淹れる係になったけど、豆とリーフは数種類安いのを買って俺がブレンドした。
なんたって、俺はクラスの女子たちに、影で「人畜無害の犬」と呼ばれる嗅覚を持っているし、そうなると、メニューに独自ブレンドと書ける強みが生まれるからと、そんな仕事までが回ってくる。
正直に言って、原価が安いから、本当に美味しいとまではならないけど、結構ごまかせると思う。だって、バウムクーヘンに合わせることに特化したブレンドだから、トータルだと美味いと感じてしまうはず。
でも、当日になって、ドウデモイイ問題が二つ。
模擬店の性質上、教室にも入れず、部活関係にもあぶれた男子は、校内をあてもなく流離うしかなくなった。
理不尽なことに、文化祭だからと、バウムクーヘンの文化史の展示とかもあって、それは男子たちの作なのにな。ドイツ人捕虜の話なんか、初めて知ったよ。
そして、その背中に、「家族とか友達が来たら、連れ来るのよっ! 一人あたり、三人以上っ!」って容赦ないノルマの追い討ちが。
もう一つは、担任。
お前だ、お前。
お前も味見とか言いながら、金も払わず模擬店の席を占領し続けているんじゃねぇ。
儲けの採算は、実はかなり大きく見積もってる。
だから、席はできるだけ確保したいのだ。絶対、追い出しちゃる。
クラス委員の近藤さん曰く、「一学期のごたごたを知らない他校の生徒には、みさみさは女神みたいに見えるから、いくらでも客が呼び込めるよね」とのこと。そういう近藤さんも相当に可愛い、つか、うちのクラス、全体的にみんなレベル高いよね。
あ、みさみさは、当然美岬のことだ。男子同士って、こういう愛称使わないよね。
近藤さんはクラス委員だけあって、きっちりと気遣いのできる人なんで、クラス中から頼りにされている。
次回、過去の経緯をさっくりと