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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第二章 連理比翼、ハレー彗星の年より(全14回:昭和の純愛編)
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10 戦術立案、探索


 「父さん、母さん、大学は休学する。僕は働いて、一人暮らしをすることにするよ」

 「純一、あえて言う。

 いくら探しても、美桜ちゃんはいないんだぞ」

 「はは、そんなこと解っているよ。でも、ここにいると、忘れられないんだ。どこか遠くに行きたい。きちんと働いている証拠に、月に数万ぐらいになっちゃうけど、仕送りをするよ」

 「純一……」

 「お母さん、泣かないで。忘れられたら戻ってくるから。きっと、時間が解決してくれるから。それまで待っていて」



 − − − − −


 一年間、バイトを掛け持ちして、ひたすら働いた。自分の生活だけでなく、数年分、親に仕送りする分の額も合わせて貯めなければならない。

 ありがたいことに、バブルの真っ最中で仕事はいくらでもあったし、労働条件も良かった。稼げるハードな仕事をこなせる自分の体格もありがたかった。バイトの種類と時間をうまく組み合わせることで、ほとんど職場で出される食事のみで食っていけた。


 そのバイトの合間合間に、武藤は美桜に近づく方法を模索し続けた。

 こうなってしまえば、美桜は架空の名前で高校編入から高卒となるより、大検資格を取る可能性の方が高い。美桜の学力ならば、一発で合格してしまうだろうし試験会場は各県にある。試験日の二日間、朝と夕方と張り込んでも四県四会場しか確認ができない。ましてや、美桜には、これから二回は試験を受ける機会があるのだ。座視はできない可能性にせよ、これを追うのは、あまりに分が悪かった。


 また、各大学の各門に数日ずつ張り込みをすることも考えた。だが、そもそも論として、美桜の通っていた女子高は進学校だった。ということは、日本中のどこかのキャンパスで同級生に会ってしまう可能性があるのだ。

 そのリスクを冒すとは、どうしても思えない。

 大卒の学歴を得るにしても、海外留学も含めれば、やはり調査の手の届かない選択肢がありすぎる。


 整形で、顔を全く変える可能性もあるだろうが、案外それは低い気がした。

 そこまでを十代の少女に強いるだろうかという綺麗事以上に、女性は化粧でどうとでも化けられるのだ。数年を化けきれれば、後は他人の空似と言い張ることができる。

 仲の良かった同級生などであれば、動作や癖まで観察されてバレることもあるだろうが、すれ違った程度の知り合いであれば、それで十分なのだ。


 さらに根本的な検討をするならば、朝倉美桜という個人は死んだことになっている以上、新たな戸籍で生きているはずである。その生年月日が、変えられていない保証などどこにもない。一年ズレているだけで、探すということでは大きく不利になる。

 実年齢十七歳で大検、海外の大学に留学し、飛び級で三年で卒業などという可能性も美桜であれば不可能ではない。この場合、実年齢は二十歳なのに、戸籍は二十二歳として作ってしまえることになる。

 中学生以上ともなれば、先輩後輩関係を築くため、学内での年齢には敏感にならざるを得ない。いかな元の友人が疑うことがあったとしても、歳が違えば別人として納得するだろう。

 ここまで考えて、武藤は、美桜を直接のターゲットとして探すことは諦めることにした。



 むしろ、美桜の母親を探す方が早いかもしれないと思う。美桜も、母親と同じ組織の仕事に就く話をしていたから、そちらの線からのほうが見込みは高いかも知れない。

 組織の人員が官公庁の職員と重なっているのであれば、東京にいる確率が高い。人を隠すならば東京だろう。自分が新幹線通学していたように、東京まで通勤するのも全然問題がなかったはずだ。

 国の地方局までは押さえられないが、こと防衛に関わることであれば東京で捕まえられる可能性は高いかも知れない。地方勤務でも、年に数回は市ヶ谷、霞が関あたりにも来るはずだ。そのあたりの駅で、座り込みをする手はありだろう。


 さらにもう一つ、攻め手がある。

 美桜は、組織は官公庁と重なっていても明確に別と言っていた。予算が付いていないと。だが、金がなくては人は動けない。どこかで稼いでいるはずだ。それも、かなりの額をだ。

 おおっぴらにならない組織で金を稼ぐ組織といえば、反社会的組織が思い浮かぶ。ということは、同じような手法であっても、合法的に金を手にしているはずだ。


 世の中は、バブルというマネーゲームの真っ最中で、その現場は極めて熱かった。美術品、骨董品のオークション等の情報もできるだけ仕入れた。その中から、自分なりに上位の五十法人を選び、外から伺える範囲であっても、財務状況を徹底的に調べ続けた。



 − − − − −


 三年目。

 駅で張り込みを始めた武藤は、数人のチーマーから袋叩きにあっていた。ただ単に、気晴らしの対象になっただけだ。

 始発から美桜の母親を探そうと、駅の構内のはずれでダンボールにくるまり寝ていたところを襲撃された。体格が大きい、ただそれだけで反感を買ったのだ。

 治る場所を優先的に叩かせ、歯など、治らないところはできるだけカバーする。

 息ができない。革靴のつま先で蹴られた肋骨にヒビが入っているらしい。



 五年目。

 親に仕送りする余裕はすでにない。また、合わせる顔もない。

 連絡したら、両親は何をおいても迎えに来るだろう。そして、両親に泣かれたら、二度と今のように探すことはできなくなる。

 この賭けに勝てたら、絶対連絡する。でも、今はできない。


 暖冬とはいうものの、冬の駅の床の冷たさは想像を絶していた。集めた段ボールが何の役にも立たない。

 とても、じっとしてはいられない。段ボールハウスに荷物を残しておけば、すぐ誰かに持って行かれてしまう。結局、荷物を抱えてぶらぶらと朝まで歩きとおすしかない。

 足の爪は、毎夜のあまりの酷使に半分剥がれ、膿が滴っていた。



 八年目。

 冷たい東京の地べたで、バブル景気を最初から最後まで見上げながら、生きのびるために犯罪以外はなんでもした。

 調査は必死で続けていたが、それでも、もう、自らを見失いそうだった。


 「お前、どこの回しモンや? 何でうちのフロント企業を調べているんや?」

 武藤を拉致し、拷問のために服を脱がせた反社会的組織の構成員が、武藤の体を見て絶句した。

 「お前、なんなんや? どこの抗争でそこまでの怪我をした?」

 誤解が解け、解放されるまでに指が三本逆側に曲がり、奥歯を二本失っていた。そのかわり、服のポケットには百万の現金がねじ込まれていた。



 十年目。

 突然、後ろから黒い布袋を被せられ、結束バンドを高速で締める甲高い音が響き、両腕を拘束された。わずか数秒でそのまま車に押し込まれた。

 頭から被せられた袋は、かつての恐怖を思い起こさせた。バニックになって暴れる武藤はさらに手際よく固定され、車は東京湾沿いにある倉庫の前に止まった。

 改めて椅子に固定されるように縛りあげられ、顔を正面から照明で照らされた。


次回、尋問


残念だが、沈んでいただく準備をしなさい

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