8 退院
退院まで、半年以上かかった。一度ならず再手術もあったし、リハビリも必要だった。大学も留年になった。
二メートルの大男は、幽鬼のように痩せこけ、青白い顔になって退院の日を迎えた。
肉体は、失われた内臓のことを考えなければ、ほぼ治ったと言っていいかもしれない。左腕さえも、元通りとは行かないまでも使えるようになった。名医に恵まれたのだ。
しかし、フラッシュバックが武藤を襲っていた。
この時代、医療機関でも心理的外傷に対するケアは確立していない。
美桜の必死な顔での告白、刺された熱さ、撃たれた時のはらわたが凍るような寒さ、そして振り返ったときの血まみれの美桜。これが、寝入り端から明け方まで続くのだ。当然、恐怖に睡眠も食も進まず、点滴だけで体力を維持し肉体を回復させたようなものだった。
夏の明るい日差しの中、入院中の荷物を両親が車に運び、武藤は蹌踉と病院の正面玄関に向かっていた。
「武藤さん、今日、退院なの? おめでとうございます」
声を掛けられて、武藤は振り返った。
よくは思い出せないが、産休・育休で半年休むと言った看護婦がいたような気がする。
「ありがとうございます」
「どうしたの、そんな顔して。ICUに面会に来た彼女は迎えに来てくれないの?」
「バカっ!!」
看護婦長の叫び声が聞こえた。
「患者さんを混乱させないで! 武藤さん、さあ、ご両親の車までお送りしますから」
「ちょっと待ってください。どういうことですか!? お願いします。お願いしますから、どういうことか教えてください!」
「ほら、どうしてくれるのよ? せっかく落ち着いていたのに。
武藤さん、この女は、別の患者さんへのお見舞いの人と間違っちゃっただけなのよ。本当にごめんなさい。本当にごめんなさいね」
父親の声が聞こえた。
「純一、看護婦さんを困らせるんじゃない。帰るぞ」
父親に、強引に腕をつかまれ、車に乗せられた。
「強盗に立ち向かった勇気は褒めてやるが、お前にもしものことがあったら、母さんも俺も耐えられない。少しは家でおとなしくしていてくれ。頼むから」
父の声は涙交じりだった。
その涙に、さすがにその場でそれ以上のことは武藤にもできなかった。
車は、自宅へ向けて走り出した。
夏の明るく、鮮やかな光景が、武藤の眼には白茶けた嘘っぽいものに見えていた。
次回、探索
看護婦さんと呼ばれていた時代です。




