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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第二章 連理比翼、ハレー彗星の年より(全14回:昭和の純愛編)
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8 退院


 退院まで、半年以上かかった。一度ならず再手術もあったし、リハビリも必要だった。大学も留年になった。

 二メートルの大男は、幽鬼のように痩せこけ、青白い顔になって退院の日を迎えた。


 肉体は、失われた内臓のことを考えなければ、ほぼ治ったと言っていいかもしれない。左腕さえも、元通りとは行かないまでも使えるようになった。名医に恵まれたのだ。

 しかし、フラッシュバックが武藤を襲っていた。

 この時代、医療機関でも心理的外傷に対するケアは確立していない。

 美桜の必死な顔での告白、刺された熱さ、撃たれた時のはらわたが凍るような寒さ、そして振り返ったときの血まみれの美桜。これが、寝入り端から明け方まで続くのだ。当然、恐怖に睡眠も食も進まず、点滴だけで体力を維持し肉体を回復させたようなものだった。



 夏の明るい日差しの中、入院中の荷物を両親が車に運び、武藤は蹌踉(そうろう)と病院の正面玄関に向かっていた。

 「武藤さん、今日、退院なの? おめでとうございます」

 声を掛けられて、武藤は振り返った。

 よくは思い出せないが、産休・育休で半年休むと言った看護婦がいたような気がする。

 「ありがとうございます」

 「どうしたの、そんな顔して。ICUに面会に来た彼女は迎えに来てくれないの?」

 「バカっ!!」

 看護婦長の叫び声が聞こえた。

 「患者さんを混乱させないで! 武藤さん、さあ、ご両親の車までお送りしますから」

 「ちょっと待ってください。どういうことですか!? お願いします。お願いしますから、どういうことか教えてください!」

 「ほら、どうしてくれるのよ? せっかく落ち着いていたのに。

 武藤さん、この(ひと)は、別の患者さんへのお見舞いの人と間違っちゃっただけなのよ。本当にごめんなさい。本当にごめんなさいね」


 父親の声が聞こえた。

 「純一、看護婦さんを困らせるんじゃない。帰るぞ」

 父親に、強引に腕をつかまれ、車に乗せられた。

 「強盗に立ち向かった勇気は褒めてやるが、お前にもしものことがあったら、母さんも俺も耐えられない。少しは家でおとなしくしていてくれ。頼むから」

 父の声は涙交じりだった。



 その涙に、さすがにその場でそれ以上のことは武藤にもできなかった。

 車は、自宅へ向けて走り出した。

 夏の明るく、鮮やかな光景が、武藤の眼には白茶けた嘘っぽいものに見えていた。


次回、探索


看護婦さんと呼ばれていた時代です。

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