41 事態収拾(あとしまつ)
耳は、やはり弾がかすめたらしい。傷が焼けていたのですぐに血は止まったものの、耳介の縁が一ミリほどだけど凹んだ。
怖かったんだけど、怖すぎで現実感がない。耳に弾がかすめたことがトラウマになるのかどうかも、まだ自分でさえ判らない。
おまけに、全身、いたるところを蚊に刺された。美岬さんより俺の方が刺されたのはまぁ、よしとするしかない。
鬼s(複数形)は、「撃たれたことと蚊に刺されたのが、並列に語れるのならば大丈夫」って言ってくれたけど、その内心は判らない。
もしかして、「違いのわからないバカ」と思われていたらどうしよう?
そんなことより、最終的なお手柄はサトシに攫われた。それがどうにも納得はできないけど、仕方ない。
あいつは、近藤さんに謝り倒してスタバを出ると、自転車で学校に素早く戻り、逆方向から俺たちのフォローをしようとしてくれた。同方向だと、素人がプロを尾行するのは無理と考えて、確実性は落ちるけど逆方向からと考えたらしい。まぁ、確かに尾行者が正面から来るとは思わないもんな。
ただ、大きな問題があって、誰が尾行者かまったく判らないという大きな欠点というか、構造的かつ致命的欠陥があるんだけど……。
サトシの奴、それについては、携帯でかたっぱしから写真を撮れば良いという、割り切った判断をしたらしい。どうせ、百枚にも満たないと。
言われてみればそのとおりだよな。
それに、カメラで写真を撮って歩くのは目立っても、携帯で何かを読みながら歩いている人はいくらでもいる。逆を言えば、携帯のカメラ越しであれば、怪しまれずに監視が可能なのだ。
どこまで考えていたかは判らない。けど、コイツ、スゲェな。
そして、隆光寺の前でアイドリングしたままの車と、うろうろする二人組を見つけて、そりゃあもう怪しいと。俺と美岬さんの自転車も、隆光寺の塀に立てかけてあったし。
それで、物陰から写真を撮りまくったと。あいつらも、スーツではあったけど喪服というわけではなかったから、寺の前では目立っていたらしいしね。
また、後で聞いたんだけど、あいつらは、俺の想像より具体的に俺と美岬さんの位置を摑んでいて。こちらの即応部隊の到着を読んで姿を消したのも、見事なタイミングだったらしい。
ただ、狩る立場にいて、自分たちを観察するもう一つの目に気がつかなかった。
これは、俺には大きな教訓となった。
そしてサトシは、俺と美岬さんが保護され、隆光寺の門から姿を現すとすぐに合流してくれた。
結果として、写真付きでナンバーが判明しているワゴン車と、やっぱり写真付きで男四人が、たった数分で手配された。そこから十分もしないうちにNシステムがワゴン車の走行位置を見つけ出し、パトカーによる追跡と職質から、銃刀法違反で現行犯逮捕と一直線。
サトシがいなかったら、「なんとか生き延びられた」、それだけで終わっちまう所だった。でもなぁ、美味しいところを全部持って行かれた気分だよ。
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その後、解明されたこと。
美岬さんの母親のチームが、俺を拉致した時の一連の行動が、人工衛星から一部始終モニターされていた。で、夏休み中、美岬さんも俺も実質行方不明だったため、向こうの警戒レベルが上がってしまった。日常のパターンが変わったわけだからね。けど、学校が始まって存在確認ができたもんだから、即座に対応してきたと。
なんて世界だよ、まったく。
おかげで、美岬さんに渡されたスマホと、俺に渡されるスマホにも、新たなソフトが付け加えられた。偵察衛星の位置が判るというか、上空にいる時間が判るやつだ。こちらも、即対応。
それにしても、ここまで細かく見ているとは、と美岬さんの母親も驚いていたけれど、逆に、どこまで見ているかがバレてしまったというのは、向こうの失点でもあるそうな。
で、男四人がどこの組織から派遣されたのかとか、詳しいことは教えてもらえなかった。ただ、同盟国側のしわざだったんだと。ま、高校生でも言われなくても判る。人工衛星持っていて、即応してくる組織力のある同盟国、アルファベット三文字のあの国しかないじゃん。バディシステムのマニュアルも共通点が多かったし。
となりゃ、あいつらの所属はやっぱりアルファベット三文字で、最後がAで終わるような組織が複数あるけど、そのうちの一つじゃないのかと、簡単に予想がつく。
大元の動機は、政権交代の余波で、日本という国自体に対して未だ疑心暗鬼が解けないことらしい。そもそも国同士の安全保障において、本当の信頼関係なんてない。もう政権は戻っているけれど、それでも表面上だけさえの信頼ですら再び得るまで、十年は掛かると。
で、目的は拉致。
アルファベット三文字のあの国に「つはものとねり」は知られているから、そこで拉致し開放した人間を確保し、なにが起きたのかの情報を得たら、「つはものとねり」の現在の内情が判るということ。でも、拉致だからといって、こちらの身の安全が保障されるものでもないってのは当たり前のこと。
そもそも、カードであって、人扱いされていないし。
ただ、今回の件はこちらの手際が水際立っていたんで、向こうもそれ以上、どうにもできなかったらしい。まずは、銃刀法違反で現行犯逮捕される工作員って、バカ過ぎね? ってことで。
結局、美岬さんの母親の言い方だと、いつも通り真っ黒な手は使ったけれど、安心して生活を続けていいということだった。
なぜならば、即応時間の極端な短さが、事前から準備をしてあったワナという筋書きを可能にした。で、俺らを、スパイあぶり出しのデコイと誤解させるような誘導をしたらしい。母親さん曰く、「収拾協議の席で相手がデコイだとか言い出したので、そりゃもう必死で否定しただけよ。君たちを囮にしたことなんてないし、同盟国に、誤解なんてさせられないじゃない?
何一つ嘘はいっていないし、全部ホントのことよー、うふふふふ」だそうだ。
綺麗な人の意地悪い表情って、とことん怖いわ。
口調まで、変わっちゃってる。
で、これは逆説的だけど、同盟国側だからできた工作なんだとさ。
敵国側なら「デコイも含めて厄介払いに皆殺し」という選択の回避が必要だけど、同盟国側だとさすがにそこまではしないので、と。で、あの四人は、微妙な扱いをされた上で、真実と異なる情報を頭にしまって無事に国に帰ったと。
この一連の騒ぎで、敵国側にも情報が漏れたけど、敵国側を陥れるワナに同盟国側がかかってしまった失態というカウンター情報がどこからともなく流されていると。
結果として、俺らはこのままの生活で良いということになった。
おおっぴらなデコイというレッテルによって、より安全になって。
喰いつけと差し出されると、喰いつかないもんだと。ましてや、喰いついたら痛かった人たちがいた訳だからね。
美岬さんの母親のサービスはもうひとつあった。
小田さんが手を回して、サトシに。
警察署長からの公式の感謝状。本人の安全のためという理由で、名前とかは報道管制されていたけれど。
ストーリーは、スタバで暴力団風の男の脇の下から、ちらっとホルスターが見えてしまったと。で、警察に情報提供し、勇気ある感心な高校生ということに。
近藤さんは、警察から、ぶっちゃけ小田さんから、その時スタバにサトシがいて、不自然なまでに急に帰ったという証言を求められて、その事実を知った。で、まぁ、イメージ好転? 小田さん、サトシを持ち上げまくったらしい。
冷静で素晴らしい判断だった、と。
なんかまぁ、まぁね、こうやって、俺は、取り繕われた平和ってか、何事も起きていない社会の表層のその底を見ちまったってわけだ。
次回、俺たちの終結
先が見えてきました。次次回で一章、終わりです。




