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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第一章 16歳、入学式〜夏休み明け(全42回:推理編)

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38 撃たれる


 必死で頭を回転させ……、ふと、隆光寺という古い寺が近くにあるのを思い出した。そこならば時間を稼げるかもしれない。橋の手前までの道を、一本変えるだけで不自然さはないし。


 頭の中で検討したけど、考えれば考えるほど良い案という気がしてきた。

 墓地ならば、墓石で視界も閉ざされるし、よほどの大口径弾だとしても銃弾に対して十分な防御になる。加えて、城下町の歴史を語るような古い墓地なので、立地自体が整地とは無縁の迷路だ。そして、その規模も相当に大きい。

 もっとも、失敗して墓地で死ぬんじゃ、いろいろ先走り過ぎてたまらんけどな。


 初夏に山門からちらっと見えた紫陽花が綺麗で、サトシと一度入った事がある。その時期がまた巡ってきたら姉も誘って、もう一度来たいとは思っていた。


 意志の力で、後ろを振り向きたいという気持ちをねじ伏せて、隆光寺を目指し、山門の通りに入る。

 美岬さんに説明する余裕もないけど、顔色も変えずに付いてきてくれている。

 寺が近づいてきた。

 尾行に気がつかず、のんびりと自転車を押して歩く擬態を、必死で続ける。

 「銃弾を避けられるかも」と考えた瞬間から早足になりたがる足を、意志の力で押さえつける。


 背後から、こちらに急速に近づく、大型車のエンジン音。

 においの伝わる速さより、音の伝わる速さの方が早い。当たり前のこと。やはり、バックアップチームがいる。

 でも、拉致される経験は二回目。

 美岬さんの母親から拉致られた時は、即応ユニット数は5、バックアップ2の7ユニットだったと聞いた。今回の、敵のユニット数は2、現場にいないチームを合わせても3程度。練度も「とねり」でトップの鬼遠藤と小田さんのバディほど高くないだろうし、俺自身もあの時ほど無力ではない。


 自分の自転車を車道の真ん中に放り出し、美岬さんの手を引いて一気に走る。

 急ブレーキ音。自転車による車止め成功。

 そして、それとは別に、二人分の走る足音。

 敵のユニット数がもう一つ余計にあって、車で挟み撃ちされたら逃げられなかった。


 山門をくぐる。

 死角に入った。

 美岬さんの手を引いて、すぐ左に折れ、塀の内側に沿って走り、墓地に向かう。美岬さんは俺の行動を、信じてくれている。繫いでいる手は、俺の進む方向に同じく自らの意思で走っていることを伝えてくる。


 相手がこちらを追って門をくぐるまでの間に、墓地に、墓石の陰にたどり着けさえすれば、無事に帰れるオッズが大幅にあがる。

 一番端の墓石の影に飛び込むのと、スーツ姿の二人連れが門を入るのがほぼ同時だった。しかし、その一瞬でこちらの位置を摑んだらしい。やはり、訓練された人間のハンパない動体視力だ。おまけに、行動に躊躇ためらいがない。そのまま走りよってくる。

 一瞬、視界に、消音器付きの拳銃が見えた。

 自動拳銃だ。リボルバーより弾数が多い分、こちらの不利が確定。


 頭を下げて、走る。走る。走る。

 耳元を、何かが高速で通り過ぎて行った。頬に叩かれたような衝撃が走る。

 弾は、近くの墓石に当たって、鋭い音を立てる。

 硝煙の臭い、灼けて潰れた弾の金属臭。そして、墓石から飛び散った石の粉のにおい。

 遅れて、耳に鈍い痛み。触ってみると血が滲んでいる。弾がかすめたか、墓石の破片が当たったか。

 改めて、恐怖にすくみそうになる。

 牽制ではなく、当てようとしていると思った。


 鬼遠藤から教えられた。

 拳銃とは、有効射程は案外短いし、肩と手の二点で支えるライフルと異なり、支点が手のみの一点で狙いがぶれやすいなど、あてにならない武器だと。

 そんな知識はあっても、実際に狙われれば心臓が口から出そうな恐怖がある。鬼が訓練の合間に話し、叫ばされたことだけを頼りに、諦めないという気持ちを必死で繋ぎ止める。


 俺は美岬さんの手を引いたまま、姿勢を低くし、足音を立てないように走った。(しきみ)と紫陽花、墓石が視線を遮ってくれるはずだ。おまけにこちらは制服、黒と白を基調としているから墓石の中では見えにくいはずだ。墓地内で走る方向は当然風下、迷いはない。



 夏休み中の訓練は、無駄ではなかった。

 俺は走れる。この状況下でも走れる。夏休み前ならば、きっと、走れなかった。

 もう一弾撃たれたようだけど、どこかの墓石に当たったのだろう、なんともいえない強烈な音。先のものほど至近弾ではない。

 削れた鉛の臭い。

 酸味の混じった焦げ臭さ。

 石の粉のにおい。

 そのすべてが俺を追い立てる。

 三発目は来なかった。


 一旦は、敵の視界から逃げることができたらしい。

 パニックになりそうな心を、二つの発見が救った。

 一つ目は、やはり緊張で冷たくなった、美岬さんの手。しっかりと俺の手を握っている。俺は、独りではない。

 二つ目は、敵二人の持つ銃が異なるもので、それが俺には判るということ。僅かな硝煙のにおいの違いが、意識の中に届いた。俺は、対抗できる銃を持っていない。でも、嗅覚という武器を持っている。改めて、それに気がついた。俺は無力ではない。

 追い立てられていることが解ってしまう以外にだって、嗅覚を活用できる。


 墓石を背に、少しだけ落ち着く。

 弾が墓石に当たった音も違った。後から撃たれた銃の方が、口径が大きいかもしれない。

 考える余裕が生まれてきた。

 深呼吸。


 そして美岬さんの顔を見る。

 緊張でやはり青ざめているけど、まっすぐに俺の視線を受け止めている。

 「無事に帰るぞ」

 そう、囁く。

 美岬さんが頷いた。それを見て、さらに落ち着きが戻ってくる。


 そう……、ここは、俺の世界だ。視野の閉ざされた、死角の多いフィールド。俺はここならば、文字どおり墓石の裏側まで、風上にあるものすべてを把握できる。

 美岬さんの手を引き、一転してゆっくりと墓地の区画を移動する。

 再度、美岬さんと視線を合わせる。極度の集中と緊張のためだろう、いつもより更に目が大きく見える。走って、少し髪が乱れた美岬さんは、神属性を備えたように綺麗だった。

 俺は、美岬さんに無理やり笑顔を作って頷いてみせると、手近な墓石の根元に屈み込んだ。


 もう一回、深呼吸する。相手の位置は手に取るように判った。風が運んできてくれる。奴らの位置情報を。

 今になって、植物の出すにおい、線香の燃えかすのにおい、供えられた花の匂い、枯れた花や長く放置された供物の腐敗臭を把握する。テントウムシの臭い、複数の野良猫のテリトリーの範囲、そして、二種類の硝煙。


 奴らは発砲した。一人一発ずつ。ありがたくてお礼を言いたいくらいだ。

 おかげで、明確に、においの発生源の位置と、それぞれの識別ができる。

 スタバから距離を保って付いて来られていたので、今までどちらがどちらか判らなかった。

 頭の中に、敵の位置がプロットされた、正確な墓地の配置図が描かれる。野良猫のテリトリー付きで、だ。

 一回でも来たことがあってよかった。


次回、中央突破


逃げ切れるのか?

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