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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第一章 16歳、入学式〜夏休み明け(全42回:推理編)
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31 夏休み前


 夏休みまでの間、短かった。実際、二週間足らずだったし。


 週明け、美岬さんの顔がまともに見られなかった。

 ちらっと見るだけで心臓がでんぐり返りやがる。後ろ姿の揺れる髪を見るだけで、口をぽかんと開けちまいそうになる。自律できる方だと自分のことを思っていたけど、とんでもねー。

 かといって、距離をおけばなんてのは、俺が許しても俺のすべてが許さない。なに言っているか解んねーよ、自分自身。

 でも、文化祭実行委員会の仕事もあったし、表面上だけでも取り繕うのは本当に大変だった。



 あのあと、サトシは近藤さんにいきなり告白して、玉砕したらしい。どんな告白したのやら。まぁ、近藤さんにしてみちゃ、サトシという人間をほとんど知らない状態の時に告白されたって対処に困るだろう。

 あの、のほほんとしていながら本質を突いた行動をとるサトシが、近藤さんのことになると人が変わるというのが可笑しい。なぜいきなりこのタイミングで告白するのか、普段のサトシの抜け目なさを知っていると、舞い上がるにも程があるとしか言えん。

 俺だって舞い上がっているけど、そこまでバカじゃないぞ。


 ともかく、サトシと近藤さんには、かいつまんで事情を話す。あくまで、問題ないレベルで、だけれども。

 すでに、「つはものとねり」と美岬さんの能力の部分だけを隠したカバーストーリーができあがっていて、つじつまを合わせた形で説明が可能だった。差し障りなく物証もあった。

 カバーストーリーでサトシを誤摩化すことに、俺の良心は痛んだけど……。聞き終えたサトシの言葉が俺を救った。

 「事情は解ったことにしといてやる。真実の中にこそ、嘘は混ぜろというよな。どこまでが架空の話か知らんが、武藤さんが黒くないと言うことが判れば、俺はそれで良い。

 良かったな。あとは聞かないから、うまくやれ」

 と言って、にやっと笑った。


 不覚にも俺は絶句した。

 この男がどうして、近藤さんの前だとああまでお馬鹿になれるのか、深刻な課題となってしまった。もうちょっと、真面目に観察してみるかな。だって、俺自身、お馬鹿になりうるってことだしな。


 近藤さんは、カバーストーリーをそのまま素直に信じてくれた。クラスの女子達もだ。なんせ、物証がある。事件の時に、間に入った弁護士の作った民事の示談書だけど、近藤さんだけに差し障りのない部分だけを見てもらった。

 そこには、きちんとどちらに責があるか記されていた。

 あとは、近藤さんの人徳で、他の女子もそういう書類があるということを納得してくれた。


 サトシのクラスの一部は、相変わらず美岬さんを白眼視しているけど、うちのクラスは美岬さんを守る体制ができあがっているので、彼女を一人にすることはない。

 だから、当面の問題はないだろう。姑息だけど、一日一日を逃げ回ることで、一年を安泰に過ごすという手をとるしかない。

 物証を彼らに見せても、美岬さんへの恨みが消えるわけもないのだから。

 そして、それを三年、いや、あと二年半重ねるだけで、学校というステージはあっけなく終わってしまうのだ。それが救いでもあり、辛い事実でもあった。



 姉の会社は、あの翌日捜査が入って、幹部から逮捕者が数名出たとのこと。さらに、反社会組織との繋がりも表に出て、倒産まで行くだろうとのこと。

 「つはものとねり」から、警察と税務署に捜査令状を取れるだけの具体的物証の提示がされたという裏話を後で聞いた。

 更に……、その証拠の出所は、あの中年コンビの表立って言えない活躍らしいとも。


 姉自身は、混乱の最中でさくっと辞表を出し、美岬の母親さんに紹介してもらった別の会社で働いている。大きくはない会社だけど、世界的な特許を持っていて、経営は極めて安定、ホワイト企業の代表格みたいなもんらしい。

 それどころか、美岬の母親さんに勧められて放送大学の講義も聞き出した。相変わらず自宅のソファでビール片手に講義を聴いているんだけど、喉から胃に落とし込むような飲み方はしなくなった気がする。


 俺は馬鹿だった。若い女である姉が、安心感もまったくないまま毎日戦っていた。その無理をしている姿に、気がついてあげられなかった。観察を担う肝心な嗅覚すら、「見抜いたと思う錯覚」を与えられて誤摩化されていた。そして、前向きになりたくてもなれない葛藤にも、気がついてあげられなかった。

 理由は解っている。弟という立場に甘えていたことと、嗅覚に頼りすぎていたからだ。


 俺は、自立しなければならないし、自分の嗅覚をも疑えという、母親さんの言葉を噛み締め続けるしかないんだ。


 その思いの中、地獄の夏休みは始まった。


次回、二学期


だんだん、きな臭くなるかな?


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