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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第一章 16歳、入学式〜夏休み明け(全42回:推理編)
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27 保護者対決


 口火を切ったのは、美岬さんの母親だった。

 「真君の同級生の、武藤美岬の母です。真君には、娘が大変お世話になっておりまして、感謝の言葉もありません。娘が、よい友人に会えたことを喜んでおります」

 姉も、一瞬間を置いて挨拶を返す。

 「改めまして、双海真の姉です。ご存知かもとは思いますが、うちは両親と死別しており、姉弟で生活しておりますので、私が保護者としての責任を全うして行きたいと思っております」


 胃の辺りがきゅんと痛んだ。緊張しているな、俺は。今日は、もう一年分の緊張したような気がしてたんだけど。


 美岬さんが、氷の入った麦茶を持って部屋に入ってきた。一瞬、緊張した空気の張力が別の種類のものに変わる。でも、すぐに元に戻ってしまう。

 母親さんが話し出した。

 「まずはこちら側から、お話をさせていただきます。

 娘は、中高とクラスで孤立し、親として心を痛めておりました。しかし、真君たちの尽力によって、やっと今のクラスで級友に恵まれました。真君には感謝してもしきれません。

 そして、真君が娘を孤立から救ってくれた際に、その原因を鋭い嗅覚と推論によって突き止め、考察したことに大変驚きました」

 姉は、表情だけで笑った。

 「犬並みに嗅ぎ回って、さぞやご迷惑をおかけしたのではないでしょうか」

 姉は、にこやかに言っているけれど……。両親が死んで、親戚達と渡り合った時と同じ、緊張したにおいをさせている。姉は、俺を守ろうとして緊張している。

 俺は、まだ、守られる立場なのか。美岬さんも姉も、みんなを守りたいのに、守られてばかりだ。


 「いえいえ、どのように嗅ぎ回ろうが、間違った目的のために行動するようなことはないと、お姉さんにはお判りでしょう」

 「保護者として、信じたいとは思っていますが、それとご迷惑をおかけするかもというのは別の話ですから……」

 一転してジャブの応酬だな。でも……、ジャブだろうがなんだろうが、俺を持ち上げてネタにするのは止めて欲しいな。居づらいじゃんかよ。


 「うちの家系は、真君の嗅覚と同じように、女は赤外光が見えるという力を持つものです。その関係で、国防に関わる仕事をしております。身分は安定した状態にあります。

 可能ならば、真君にも同じ職場で働いていただきたいと考えています」

 口をぽかんと開けちまうほど驚いた。いきなり能力をばらすかよ……。婉曲さの欠片もないな。多分、このままだと埒が明かないと踏んで、畳み掛けてくる前兆だ。

 「愚弟に勤まるとは思えません。大変ありがたいお話ですが、辞退させて頂きます。申し訳ありません」

 ……言い切ったな、おい。

 そか、畳み掛けられる前にブチ切る考えだな。

 こんな駆け引き、俺にはできないよ。


 「大変失礼なことを申し上げますが、お姉さんは、真君の能力を正当に評価されていないと感じてます。嗅覚に限ったことではありません。

 こちらのことを警戒されるのも、もっともなことです。これに関しては、ある程度きちんと時間をかけてご説明する必要があると感じています。

 その一方で、真君自体の能力の点については、今この時も成長をしようとしています。この伸びている今を有効に使わせていただきたいのです」

 「真が成人したら、自分の判断で働く場所も探すでしょうし、その判断は尊重しようと思います。しかし、まだ未成年ですから、保護者として、まずはきちんと高校で勉強して欲しいのです」

 俺の意志は、まるきり無視かよ、とも思ったけれど……。


 姉が必死で蟷螂(とうろう)の斧をかかげるのも解る。こういう場合、親が相手だと息子は反抗するんだろうけれど、俺は凍り付いたように動けなかった。

 なにより、姉の気持ちも痛いほど解るからだ……。



 姉を傷つけず、自分の意思をどう話すか、そう考えだした矢先に母親さんはとんでもない爆弾を投下した。

 「単刀直入に申し上げます。

 失礼は幾重にもお詫びしますが、本日、真君に絡んでお姉さんについても身辺調査をさせていただきました。先程、その報告書が送られてきました。

 スカウトした人間とその身内の素性ついては、こちらの組織の存亡の危機に及ぶ可能性があり、短期間とはいえかなり徹底した調査を行います。警察や自衛隊と同じとお考えください。

 その結果、お姉さんの置かれた現在の状況についても、私たちはそれなりに把握しています。それをお含みおきの上で、判断をお願いします」


 姉が硬直したのが分かった。

 俺たち姉弟は、何の話を聞かされるんだ?

 母親さんは、容赦なく畳み掛ける。

 「私たちの仕事は、表は公務員、裏も筋は違えども公務です。したがって、警察組織などと同様に、本人は当然のこととして、身内の方にもクリーンでいていただく必要があります。

 加えて、諜報を業務とする特殊性から、我々は組織構成員の身内の保護も必要に応じて行っています。

 ただ、このままだと、真君が高校を卒業する頃には、お姉さん自身が理由となって声をかけることはできなくなりそうです」


 俺、気がついたら全身に冷や汗をかいている。驚きと怒りとが沸点に近い。

 「どういうことだよ?」

 思わず、姉に問う。

 何やらかしてんだよ、あんたは。


 姉から一気にアドレナリン、汗、涙など、いろいろなにおいが吹き出てきた。

 姉は、説明する言葉が見つからないようで、呆然とこちらを見た。視線を合わせても、そこからは混乱しか読み取れない。

 でも、目は涙で満ちている。数回、口を開きかけ、それでも声も出せないようだ。


 美岬さんの母親が口を開いた。

 タイミングがいい。姉を追い込むのには、だ。

 「こちらから説明しておくわ。被保護者として、聞いておいた方が良いでしょう」

 姉は、いやいやをするように首を振った。

 でも、母親さんは一気に切り込んできた。

 ちらっと、「尋問って、こういう呼吸でするんだろうな」と思った。

 この展開では、姉だけではない。俺にも逃げ場がない。

 所詮、どれほど強くても孤立無援な十九歳の姉と、諜報機関の実行部隊の人間では、お話にならないのかも知れなかった。


 「お姉さんはね、今の職場で脅迫されているのよ。

 仕事のミスで生じた億単位の損害への補償と民事訴訟、それらと引き換えに、あるだけの財産と無期限の体の提供。お姉さん、綺麗で身内も弟しかいないから、目をつけられたのね。

 もっとも、その体の提供も散々させた上で、処分して保険金を受け取って終わりと、向こうは考えているんだけどね」

 処分、保険金……。って、死?


 美岬さんの母親の説明は、抽象的だった。けど、事態を理解するのには、十分な材料が含まれていた。


 俺は呆然とし、次の瞬間怒りは沸点を超えた。

 「なんなんだよ、それは! なんで言ってくれなかったんだよ!」

 俺自身、こんな声が出せるのかという叫びだった。

 それを美岬さんの母親は押しとどめた。片手を上げただけだけど、他人の感情までも制御しきるようなタイミングだった。


 美岬さんも、呆然として、凍り付いたような表情になっている。

 「覚えておきなさい。世の中はね、無関心が80%、善意が11%、悪意が9%。そのくらいに考えておけばちょうどいい。

 無事に生きていけるのは運によるものが大きいし、普通を維持する努力を一瞬たりとも怠らないということに等しい。出会うできごとの一割は、常に悪意の落とし穴。

 それに加えて、事故というトラップもある。車の運転で一瞬気を抜いたら、人を殺してしまうことだってあるし、そうしたら普通に生きるということは、もう、ハードルがとても高くなってしまう。

 そして、悪意が事故と異なる点は、向こうが目をつけたら無条件に巻き込まれてしまうこと。そして、逃げるのはとても難しいということ。

 真君、見ていて判るでしょう? あなたのお姉さんは賢く、思慮深く、用心深い。そのお姉さんでも、悪意からは逃げられない。

 お姉さんはね、今回の事態で相当の抵抗をしている。でもね、能力の問題じゃないのよ。

 人を縛ることは簡単なの。

 それが、賢く、思慮深く、責任感がある人であればあるほどね。例えば会社の億単位の損失とかの言葉をちらつかせれば、勝手に縛られてくれる。失敗しないようにチェックにチェックを重ねているからこそ、自分のミスが皆無とは信じられない。

 事前に悪意を想定していれば証拠を残して自衛できるけど、普通は何もない平和な状態で悪意の想定なんかしない。逆に想定していたら、それはある意味異常な精神状態だしね。

 男性だったら、自分自身の生命保険金で対処して勝手に自滅するけど、女性は体の提供をオプションに加えることで、更に精神的に追いつめることができる。

 体を提供すれば事態が好転するかもという希望を持たせるの。それによって、逃亡も防げるし、最終の口封じのタイミングも自由に決定できる。

 こんなの、基本のテクニックよ。でも、だからこそ恐ろしい」

 冷徹、という単語が頭に浮かぶ。

 現実も、母親さんの声も、みんなみんな冷徹だ。

 もはや怒りはない。底冷えするような恐怖だけが、ひたひたと足元から上ってくる。


次回、筋を通すということ


です。

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