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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第一章 16歳、入学式〜夏休み明け(全42回:推理編)
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25 姉、帰宅


 自宅に着くと、二人はさっさと俺の自転車を下ろして去って行った。

 今、気がついた。

 「わ」ナンバーじゃねぇか。

 あいつら、レンタカーかよ。

 だから、無頓着に車にも乗せたし、送ってくれもしたのか。一介の高校生じゃ、ナンバー覚えてレンタカー事務所を突き止めても、借り主のことを教えてくれるはずもないもんな。

 ガードを下げて見せていたけど……、さすがだな。


 サトシは近藤さんと話したはずだけど、どちらからも報告メールは来ていない。

 もしかして、まだ話しているんだろうか? もう、一般家庭なら晩飯の時間だ。飯でも食ったら、こちらからのメールを送るべぇ。

 

 家に入る。

 米を研ぎ、冷蔵庫を確認する。めぼしいものがレタスしかない。ここんとこ、まともに買い物もしてないからなぁ。明日は、文化祭実行委員会だけど、食料品を仕入れないと外食になっちまう。


 とりあえず、レタス以外の有り合わせの少ししなびた野菜を洗い、刻む。豆豉(トウチ)も刻み、花椒をつぶす。いい香りだ。昔は、この香りは強過ぎて、どうにもダメだった。今は、なんていうのかな、嗅覚がカメラのズームのようにアップにもワイドにもなるんで、普通に料理として楽しめる。

 あとは、姉が帰ったら、凍らせてあるストックの挽肉を豆板醤、甜麺醤とともに炒め、豆豉を加え、刻んだ野菜と更に炒め、仕上げに花椒を振る。でもって、それをレタスで包んで食べる。これなら姉の帰宅から、十五分と掛からず食事になる。


 シャワーにするか、メールにするか悩んでいるうちに、姉が帰ってきてしまった。

 すかさず、下ごしらえを活かして夕食の手順を進めたため、考える時間もなくなってしまった。

 ざっと仕上げ、夕食。

 中華はもう少し火力があると、もっと旨くなるんだけどな。まぁ、こんなもんだろうな。上を見りゃきりがない。


 姉と、口数少なく夕食を済ます。今日のことを報告しなきゃならないのに、なんか、言い出しにくくてさ。


 でも。食べ終わって、お茶を飲んで、気持ちも一段落して。

 「ありがとう」

 こう、切り出したんだ。

 「なにが?」

 「仲間と情報を共有していて、助かったことがあったんだ。アドバイスのおかげだよ」

 「ふん」

 姉は鼻を鳴らすと、そのまま立ち上がろうとした。

 いかん。

 このままだと、シャワーからビール、そしてベッドと一直線だ。

 「相談があるんだ」

 姉は、振り返ってしばらく俺の顔を見ると、ソファにとぐろを巻いた。飲まないでソファの上に陣取るのは、そう多いことではない。


 「あんた、ちょっと雰囲気が変わったね。何があったの?」

 姉は、相変わらず鋭い。

 「就職のことなんだけど」

 「学費はなんとでもするから、大学に行きなさい。以上」

 ぶつん。

 音を立てて会話が断ち切られる。


 俺は食い下がる。

 「待って。大学には行く。でも、同時に給料も貰えるんだ」

 姉は、一息つくと、うさんくさそうにこちらを見た。

 「どういうこと? 防衛大学校? 学生で起業でもするの?」

 「いや、今日、スカウトされたんだ」

 「スカウト? 馬鹿言ってんじゃないわよ」

 話が噛み合ない。


 まぁ、しかたない。

 「頼むから、馬鹿にしないで聞いてよ。事後報告にしたくないんだ」

 「聞くから、眉に唾をつけなくていい話をするのよ」

 厳しいよな、姉は。まぁ、シビアでなきゃ生き抜けないのは、俺だって解っているんだけど。

 「俺の嗅覚を、買ってくれる場所があったんだ。で、大学も出してくれると。大学受験の予備校補習も面倒を見てくれると。しかるべき学歴をつけた上で、嗅覚をも活かした仕事につくんだ」

 「あんたの嗅覚を、そこまで買うってのが信じられないのよ。

 それだけの学費を考えれば、七桁の単位よ。それに給料をもらえるといったわね。となれば、学生の使い物になるかならない相手に、八桁の投資を無条件に与えるってことになるわ。

 あんた、馬鹿じゃない? そもそも数学どころか算数ができないんじゃ、大学なんて受からないわよ」

 俺は混乱した。

 姉の言うとおりだからだ。反論の余地がない。

 お金は数字だ。稼いでいない俺だって、そのくらいのことは判る。そして、数字とは絶対のものなのだ。


 その上で、今日、あの場でされた話にも、嘘も感じられなかった。

 予算は潤沢だと。でも、海のものとも山のものともつかない相手に八桁は出さないんじゃ……。


 もしかして……。

 「つはものとねり」という組織が、俺を含め一市民は抹殺できないと決められているとしたら?

 うまい話をして俺を納得させ、あの二人が家まで送って確実に時間を稼ぎ、その間に身を隠す。

 美岬さんは、組織のことを話してしまったペナルティとして、有無を言わせずに別のところで別の人生を送らされる。

 嗅覚をキャンセルさせられていた俺は、良いように手のひらの上で転がされていて……。


 それもまた、あまりにありそうなこと。

 否定できない。

 俺が、美岬さんにしてしまったことは、最低のことだったのかも知れない。


 どうか、間に合ってくれ。

 俺は、家を飛び出し、自転車に飛び乗った。


次回、消失? そして姉弟


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