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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第一章 16歳、入学式〜夏休み明け(全42回:推理編)
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23 バディ、その1


 部屋を出て、またもや驚いた。

 俺は、自分の嗅覚に自信を持っていた。それなのに、こんなに神出鬼没に目の前に出たり消えたりされるんじゃ、本当にたまったもんじゃない。

 さっきの没個性的な二人のスーツ姿の男が、俺の前に立ち塞がっていた。本当に、あんたらも十分に化け物だよ。


 一人が(自衛官で、「蕁麻疹が出る」と言った方だ)が、指でちょいちょいと「付いて来い」とサインを出す。

 唇で、「りょーかい」と形作ると、足音もさせずに歩き出す。俺もそのあとを続く。

 その後をもう一人(警察官で、「自分が高校生の時はもっと間抜けでしたね」と言った方だ)が続く。

 玄関の扉をまったく音もなく開け、全員が出たのを確認して、また音もなく閉め、更に音も無く鍵をかけたのにはもう一度驚いた。よくは見えなかったけれど、鍵は持っていなかったぞ、今。


 「どこで、飲み物を仕入れる?」

 警察の方が聞く。おそらくは、公安とかなんだろう。

 自衛官の方も、困ったらしい。つか、さすがにそこまで下調べしてこないよな。

 で、提案してみる。

 「行ったことはないですけれど、和菓子屋さんがこの住宅街の真ん中にあったはずです。冷たいお菓子と何か飲み物を、併せて買えるかもです」

 「よし。案内してくれ」

 あ、提案が受け入れられちゃったよ。なんか、俺がなんか言っても、「黙ってろ」とか、「口を出すな」とか言われるもんだとばかり思っていた。

 警察の人が運転をして、俺が助手席。自衛隊の人は後ろで、でーんとのびのびと座っているようだ。


 数分で着く。

 「あっ」

 思わず声が出る。

 「どうした?」

 「和三盆糖で小豆を炊いている。ここんちは当たりですよ」

 自衛隊の人が、後ろから背中を叩く。親愛の表現らしいけれど、力が強過ぎ。痛いって。

 「よし、今日は、こっちのおじさんのおごりだ。なんでも買うといい」

 「おいっ……」

 抗議の声をあげる警察の人を置き去りにして、自衛官の人と店に入る。


 葛饅頭、若鮎、竹筒に入った水ようかん、生蓬麩(なまよもぎふ)、錦玉まである。

 「えっと、和菓子は食べますか? お酒を飲む方ですか?」

 聞いてみるが、まぁ、愚問だったな。二人とも和菓子を見る目に、無関心さはない。

 「じゃあ、夏のお菓子、一つずつ全部ってのはどうでしょう?」

 「よし、そうしよう。あとは飲み物だ」

 お店の人に聞くと、持ち帰れるような飲み物はないという。

 しかし、自衛官の人がお店の人に何かをいうと、冷たい薄茶をありあわせのビンに入れてくれることまでが、とんとん拍子に決まった。


 ここで、警察の人が口を開いた。

 「一つ言っておく。おごりは構わん。だが、おじさんは取り消せ」

 抗議はそっちかよ。

 「了解です、先輩」

 と軽く敬礼してみせると、あれ、この人、こんな柔和な顔なのか……。

 なんか、警察という組織のイメージと一致しなくて戸惑う。

 でも、この顔は、この人の二面性の証明だよな。本性の表れと取るのは、楽観が過ぎるよな。

 そんなこと、一瞬頭の中を過ぎった。

 警察の人、「よし」って言うと、柔和な表情のまま財布を取り出した。


 支払いを済ませて、和菓子の袋と冷たい薄茶のビンを持って車に乗る。

 自衛官の人が、ちらっと時計に眼を走らせた。

 「もう五分だな」

 「何がですか?」

 「姫が落ち着くまでだよ」

 「なんで分かるんですか?」

 「姫は俺が仕込んだ。だから知っている。

 基本の人格として、姫は強いぞ」

 そう言って、後部座席でふたたびふんぞり返ったようだ。

 同意を喉の奥で唸って、警察の人がハンドルを握る。

 車は、来た道とは別の道を選んで、大回りに戻りだす。数分の時間を、稼ぐつもりだろう。


 正直、惚れたね。

 今まで、スカウトと言われても、正直、ぴんと来なかった。

 でも、この二人を見ていたら、「なんか良いな」と思っちまったんだ。「強いぞ」と、そんなことを言えるような、信頼で周りとの関係を築ける渋い大人になりたいよな。


 後ろを向いて聞いてみる。

 「冷茶をビンに詰めてくれましたね。なんて言ったんですか?」

 「なぁに、炎天下で刑事二人で張り込みだと。犯人の顔を知っている証人の高校生に、脱水症状を起こさせたくないんでお願いしますと、そう頭を下げたのさ」

 「おいおい、そういうのは本職にやらせろ」

 運転しながら、警察の人が言う。

 「お前が言ったら、シャレにならん。俺が言うなら冗談だが、お前が言ったら嘘になる」

 「おや、警察官の立場を考えてくれたのか。感謝せんとな」

 「俺は、こう見えても、スポンサーにはいつも気を使っているんだ」

 「俺にではなく、俺の財布に、だろう?」

 下手な漫才が続く。

 サトシ、俺もお前と馬鹿話がしたいぜ。



 家を出た時とはうってかわって、正面から呼び鈴を鳴らしてやかましく入る。

 部屋には美岬さんの涙のにおいが残っているし、目もまだ赤い。

 でも。

 いつもの彼女がいる。ちょっと、つんとしていて、でも話すと実は社交的で。

 時間の見切り、さすがです、先輩。

 自衛隊の人が和菓子の袋を軽く顔の横で振ってみせ、同時に警察の人が、同じポーズで薄茶のビンを振ってみせた。

 あんたら、息合い過ぎだよ。

 母娘で笑いをこらえているじゃないか。

 

 美岬さんが、制服のスカートをふわっとさせて立ちあがると、ガラスの切子の茶器を持ってきた。

 冷たい薄茶を注ぎ、和菓子を広げる。

 ひとしきり、誰がどれを食べるかで大人げない話があったけど、順当に、まぁ、順当に行き渡った。

 警察の人が、美岬さんの母親に言う。

 「佐、今日はこちらで話をつけておきますから、明日の昼からご出勤ください」

 「大尉、良いんですか?」

 「任せておいてください」

 自衛官の人が答える。


 ん? 自衛隊なら、一尉じゃないのか? 

 などと考えていると、警察の人がちょっと困った顔をした。

 「つい、役職名で呼び合っちゃいましたね」

 ばつが悪そうに言う。


 おもわず、俺の口から、とんでもない言葉が出てしまった。

 「大丈夫ですよ。近いうち、私も身内になりますから」

 気がつくと、美岬さんが横から抱きついていた。

 俺は動転して、もうなにがなんだか……。

 母親さんの改めて冷たい目と、燃えるように熱かった自分の耳は覚えている。


次回、バディ、その2

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