23 バディ、その1
部屋を出て、またもや驚いた。
俺は、自分の嗅覚に自信を持っていた。それなのに、こんなに神出鬼没に目の前に出たり消えたりされるんじゃ、本当にたまったもんじゃない。
さっきの没個性的な二人のスーツ姿の男が、俺の前に立ち塞がっていた。本当に、あんたらも十分に化け物だよ。
一人が(自衛官で、「蕁麻疹が出る」と言った方だ)が、指でちょいちょいと「付いて来い」とサインを出す。
唇で、「りょーかい」と形作ると、足音もさせずに歩き出す。俺もそのあとを続く。
その後をもう一人(警察官で、「自分が高校生の時はもっと間抜けでしたね」と言った方だ)が続く。
玄関の扉をまったく音もなく開け、全員が出たのを確認して、また音もなく閉め、更に音も無く鍵をかけたのにはもう一度驚いた。よくは見えなかったけれど、鍵は持っていなかったぞ、今。
「どこで、飲み物を仕入れる?」
警察の方が聞く。おそらくは、公安とかなんだろう。
自衛官の方も、困ったらしい。つか、さすがにそこまで下調べしてこないよな。
で、提案してみる。
「行ったことはないですけれど、和菓子屋さんがこの住宅街の真ん中にあったはずです。冷たいお菓子と何か飲み物を、併せて買えるかもです」
「よし。案内してくれ」
あ、提案が受け入れられちゃったよ。なんか、俺がなんか言っても、「黙ってろ」とか、「口を出すな」とか言われるもんだとばかり思っていた。
警察の人が運転をして、俺が助手席。自衛隊の人は後ろで、でーんとのびのびと座っているようだ。
数分で着く。
「あっ」
思わず声が出る。
「どうした?」
「和三盆糖で小豆を炊いている。ここんちは当たりですよ」
自衛隊の人が、後ろから背中を叩く。親愛の表現らしいけれど、力が強過ぎ。痛いって。
「よし、今日は、こっちのおじさんのおごりだ。なんでも買うといい」
「おいっ……」
抗議の声をあげる警察の人を置き去りにして、自衛官の人と店に入る。
葛饅頭、若鮎、竹筒に入った水ようかん、生蓬麩、錦玉まである。
「えっと、和菓子は食べますか? お酒を飲む方ですか?」
聞いてみるが、まぁ、愚問だったな。二人とも和菓子を見る目に、無関心さはない。
「じゃあ、夏のお菓子、一つずつ全部ってのはどうでしょう?」
「よし、そうしよう。あとは飲み物だ」
お店の人に聞くと、持ち帰れるような飲み物はないという。
しかし、自衛官の人がお店の人に何かをいうと、冷たい薄茶をありあわせのビンに入れてくれることまでが、とんとん拍子に決まった。
ここで、警察の人が口を開いた。
「一つ言っておく。おごりは構わん。だが、おじさんは取り消せ」
抗議はそっちかよ。
「了解です、先輩」
と軽く敬礼してみせると、あれ、この人、こんな柔和な顔なのか……。
なんか、警察という組織のイメージと一致しなくて戸惑う。
でも、この顔は、この人の二面性の証明だよな。本性の表れと取るのは、楽観が過ぎるよな。
そんなこと、一瞬頭の中を過ぎった。
警察の人、「よし」って言うと、柔和な表情のまま財布を取り出した。
支払いを済ませて、和菓子の袋と冷たい薄茶のビンを持って車に乗る。
自衛官の人が、ちらっと時計に眼を走らせた。
「もう五分だな」
「何がですか?」
「姫が落ち着くまでだよ」
「なんで分かるんですか?」
「姫は俺が仕込んだ。だから知っている。
基本の人格として、姫は強いぞ」
そう言って、後部座席でふたたびふんぞり返ったようだ。
同意を喉の奥で唸って、警察の人がハンドルを握る。
車は、来た道とは別の道を選んで、大回りに戻りだす。数分の時間を、稼ぐつもりだろう。
正直、惚れたね。
今まで、スカウトと言われても、正直、ぴんと来なかった。
でも、この二人を見ていたら、「なんか良いな」と思っちまったんだ。「強いぞ」と、そんなことを言えるような、信頼で周りとの関係を築ける渋い大人になりたいよな。
後ろを向いて聞いてみる。
「冷茶をビンに詰めてくれましたね。なんて言ったんですか?」
「なぁに、炎天下で刑事二人で張り込みだと。犯人の顔を知っている証人の高校生に、脱水症状を起こさせたくないんでお願いしますと、そう頭を下げたのさ」
「おいおい、そういうのは本職にやらせろ」
運転しながら、警察の人が言う。
「お前が言ったら、シャレにならん。俺が言うなら冗談だが、お前が言ったら嘘になる」
「おや、警察官の立場を考えてくれたのか。感謝せんとな」
「俺は、こう見えても、スポンサーにはいつも気を使っているんだ」
「俺にではなく、俺の財布に、だろう?」
下手な漫才が続く。
サトシ、俺もお前と馬鹿話がしたいぜ。
家を出た時とはうってかわって、正面から呼び鈴を鳴らしてやかましく入る。
部屋には美岬さんの涙のにおいが残っているし、目もまだ赤い。
でも。
いつもの彼女がいる。ちょっと、つんとしていて、でも話すと実は社交的で。
時間の見切り、さすがです、先輩。
自衛隊の人が和菓子の袋を軽く顔の横で振ってみせ、同時に警察の人が、同じポーズで薄茶のビンを振ってみせた。
あんたら、息合い過ぎだよ。
母娘で笑いをこらえているじゃないか。
美岬さんが、制服のスカートをふわっとさせて立ちあがると、ガラスの切子の茶器を持ってきた。
冷たい薄茶を注ぎ、和菓子を広げる。
ひとしきり、誰がどれを食べるかで大人げない話があったけど、順当に、まぁ、順当に行き渡った。
警察の人が、美岬さんの母親に言う。
「佐、今日はこちらで話をつけておきますから、明日の昼からご出勤ください」
「大尉、良いんですか?」
「任せておいてください」
自衛官の人が答える。
ん? 自衛隊なら、一尉じゃないのか?
などと考えていると、警察の人がちょっと困った顔をした。
「つい、役職名で呼び合っちゃいましたね」
ばつが悪そうに言う。
おもわず、俺の口から、とんでもない言葉が出てしまった。
「大丈夫ですよ。近いうち、私も身内になりますから」
気がつくと、美岬さんが横から抱きついていた。
俺は動転して、もうなにがなんだか……。
母親さんの改めて冷たい目と、燃えるように熱かった自分の耳は覚えている。
次回、バディ、その2




