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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第九章 18歳、秋(全43回:高校最後の事件、SF編)
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36 奪還?


 で、ここで、話は終わり。

 期待こそしてはいないけど、起きると思っていた炎の吹き上がりと流血は起きなかった。

 遠藤大尉の腕が振り下ろされる直前に、ぴらんっと白旗が上がったのだ。

 そして、全員が投降してきた。

 両手を上げた四人がぞろぞろと建物から出てきて、自分から地面に大の字にうつ伏せになった。


 三十秒ほどを状況の確認に費やして。

 銃を構えたままのとねりたちが近づいて、銃口やつま先で小突き回して武器や通信機を持っていないことを確認し、結束バンドで二重に後ろ手を拘束していく。

 拘束後、さらに厳重に検査がされ、武器、センサーの類を探す。

 肩に輪にした結束バンドを通していた理由が、見ていてやっと解った。相手の両手を抑えると、そのまま輪をずらすだけで、相手の腕を持ち替えることなく拘束できるのだ。

 ものの数秒で全員を拘束し終わった。

 行動に迷いがなく、極めて手際がいい。

 その一方で、できるかと問われればできる自分を発見して、少し驚く。


 それでも、俺も、慧思も半ば呆然としていた。

 どうしてこうなったのか、さっぱり解らない。


 身柄の拘束に関わっていない人員は、遠藤大尉の指揮のもとセーフハウスに突入していった。まだ残存者もいるかもしれないから、戦闘態勢は解除できない。

 でも、それも複数の「クリア!」って声とともに、五分も掛からず終わった。


 そして……、遠藤大尉が、姉をエスコートして建物から出てきた。


 「お(ねえ)……」

 よかった。無事だ。

 怪我をしているふうはない。

 「お姉……」

 駆け寄って、もう一度呼びかける。

 安心のあまり、涙が溢れそうで視界が霞む。

 って……。


 あんた、呑んでるだろう!?

 それも「しこたま」って量を。

 強く優しいワインの香り。それも、ここまで良い香りは嗅いだことがない。

 お姉、あんた、人質やってたんじゃないのか!?

 「ただいまぁ!」

 呂律が少し怪しい。

 そして、そこはかとなく幸せそうだ。

 ビール程度の度数の酒ならば、いくら呑んでも姉はこの状態にならない。

 度数の高いアルコールを、通しで呑み続けていたに違いない。


 なぁ、こういうときって、俺、どういう顔をすればいいんだ?

 「笑う」のは違うだろっ!?



− − − −


 事情聴取される姉を見送って、ようやく手が空いた遠藤さんを掴まえて聞いてみれば、これって至極当たり前の流れらしい。

 外部に監視モニターのないセーフハウスなど存在しない、と。

 それはそうだよな。

 それは、美岬んちを見れば解る。


 で、今までは、こちらが監視していることがバレないよう、モニターに写らないようにしていた。

 でもね、殲滅戦のために配置につくとなれば、攻撃に有利な場所に陣取ることになる。で、そういう場所にこそモニターは設置されている。

 「『モニターを破壊しろ』とは命令されなかったからな」

 はあ。

 それで、武藤佐の意を汲んだってことですか。

 当然、他のとねりたちは、そこまで武藤佐の意を汲んでいない。

 俺だって、実の姉が巻き込まれているのでもなければ、遠藤大尉が教えてくれるはずもなかったのだろう。


 遠藤さん言われて……。

 相手の立場で考えて、ようやく何が起きたか見えてきた。

 相手から見て、モニターに映るのは、普段の弱腰の日本というイメージとは真逆の作戦展開。

 実弾を装填し、あまつさえ焼き討ちの構え。

 銃を持つ人間の練度が高いのもうかがえ、その人数も立てこもった側の倍以上。

 人質が犠牲になっても妥協しないという、断固たる意思。

 全員で、殺せない人質と地下に立て籠もっても、時間を稼げて数時間。地上部が焼け落ちたあとは、重機による掘り返しも楽に実行できる。

 いくら強度を増して改造したとはいっても、当然のことながらバンカーバスターに対応できるほどの地下室ではない。日本で土木工事に使用されている、多彩で高強度の重機でがんがんやられれば、文字どおりひとたまりもない。

 確かに、詰んでる。


  武藤佐の作戦の考え方は、アメリカで行われている、人質をとられて立て籠もられた際の対応策、そのまんま。

 テロリストには妥協しないんだ。

 相手からしてみれば、自分たちがやっていることを、そのままやり返される辛辣さ。


 違いは一つ。

 で、その違いが非道(ひど)い。

 自分たちですら、犯人を人質ごと焼き払ったりはしないぞ、と。強硬策が多く、人質に犠牲を出すことを厭わないロシアの作戦よりもさらに非道い。

 どれだけ、徹底して()るつもりなんだ? と。

 自分たちに向けて、徹底した非人道的作戦が立てられている。で、対処しようにも地下室だからこそ退路がない。


 となると、全員死にたくないから、一瞬で投降以外の選択肢が消えた。

 で、さっさと投降してあとは、「同盟国の仲なんだから命までは取らないで」と縋ろうと。

 「俺たちを殺すと、日米関係に禍根が残るぞ」と逆ギレしようと。


 このあたりの相手の甘えも、武藤佐は計算に入れていただろうし、まぁ、彼らがなにを考えてもいいけど、そんなのすべてを踏み潰して投降させたのは、結局のところ判断の強さだよね。

 たぶん、こういう判断は、坪内佐も武藤さんもできない。

 中途半端な判断は、事態を悪化させるだけだっただろう。もしかしたら、作戦を考えているとき、誰かの頭の片隅にこの方法はあったかもしれない。

 でも、それを覚悟し決断し、勢い込むこともなく、狼狽することもなく口にするのは別のことなんだ。

 まったく、応接間で武藤さんにしがみついて泣いている姿を見ているだけに、その二重人格が怖いよ。



 そして……。

 「ブラフを主体とする作戦ならば、言ってくれればいいのに」

 と、慧思がこぼすのを聞いて。

 「ブラフじゃないと思うよ」

 と答えて。

 たとえブラフとしても、見破られないためにはマジになる必要があったんだ。

 結果としてブラフになっただけで、相手が白旗上げる瞬間まではマジだったんだ。

 相手が発砲してきたら、少なくとも最初の一人は確実に殺す気だったんじゃないだろうか?


 でね、俺、ヒントを出されていたことに、今気がついた。

 ああ、「アカノサン」って、「赤の三」だ。

 あれだよ、血染めの手ぬぐいのあれだ。

 トリックが仕込まれているときのサインだ。

 気がついたとたんに、俺、その場で膝を着いちまった。

 「姉が味方の救出作戦で死ぬかも!?」って逆上しているときに、これはこういう作戦だって気付けって、無理っ!

 どう反応していいか判らないの、本日二回目!!




 なにはともあれ、軽い事情聴取が終わった姉と話す。

 二人で落ち着いて話すのは、四日ぶりかな。いや、五日か。

 姉は、俺の顔を見るなり話しかけてきたけど、安心したからだと思いたいよね。酔った勢いだったら、俺、救いがないわ。

 「いやぁ、呑んだ呑んだ。

 こんなに高い酒を呑み放題にできるなんて、人質はいいぞぉ」

 ようやく、姉弟で水入らずに話せる状況になって。

 で、お姉、あんた、いきなりそれかい!?

 なにが「人質はいいぞぉ」、だ!

 やっぱり酔った勢いか!?

 まさか、それ、事情聴取でも言ってないよな?


 「んーと、ホストクラブで飲まれている、ピンクのドンペリがとても高いって聞いたことあるけど?」

 と、かろうじて返す。

 「そんなの、酒屋で買うんならば数万の安酒よ。

 普段はそんなん呑めないけど、今回は違う。そんなんで、弟の一生を左右する説得ができるかってーの。

 とりあえず、真をアメリカに連れて行きたいんだって言うからさ、納得できる生活の保証をしろって。で、その準備期間に一週間くらい呑むだけ呑んで満足したら、アメリカに行くよう弟を説得してもいいって言ってみた。

 そしたら、なにが良いかというから、『ド・モンタルのアルマニャックの100年と山崎の25年を呑ませろ、つまみを忘れずに』と言った」

 「いくらする酒か知らんけど、出てきたんかい!?」

 「出てきた、出てきた。

 それから、つまみにハモン・セラーノの原木が一本。それから、チーズが十種類くらいはあったかな。

 あのマッチョの兄さん、ホント、いい人だったよねー。

 で、いつもアイラばっかり呑んでいたから、話の種に国産の山崎の25年、呑んでみたかったんだよね。自腹じゃ、絶対、ウイスキーに八十万なんて出せないし。アルマニャックも百万くらいはするから、これも絶対買えない。

 で、もう、そうなると怖いもんなんかないから、その二本を二日ちょいで呑み干して、次はビンテージは許してやるから、ロマネ・コンティを持ってこいって言ってみた」

 「お姉、いい加減にしろよ。

 話を聞いていたら、それだけで俺、立場が違うのに殺意を覚えてきた。だいたい、人質ってのはさぁ……」

 ここまで言って、俺の口からは大きなため息。

 なんか、もう、どうでもよくなってきた。


 「で、出てきたのかよ、ロマネ・コンティは?」

 「それが、ケチくさくてさぁ、あんまり良い年のではない、百万くらいの安物だしてきたから、上司を呼べって言ってやったわ」 

 呆然。

 百万で安物なんだ……。


 思わず、反応の言葉がどもる。

 「あ、あんたなぁ……。

 ビンテージは許してやるって最初に言ったんだろ?

 しかも、それ、呑んでっから、いちゃもんつけたんだろ?

 で、これって、ロマネ・コンティの香りだろ?

 だいたいさぁ、数日で三百万近く呑み干す方がおかしいだろ?」

 姉は、弟の立て続けの、半分怒りを込めたツッコミなんか聞いていない。


 「で、酔っていたもんだから怖いものなんかなくて、その上司が来たら一発かましてやろうと思ってね。そしたら、上司じゃなくて、もう遠藤さんだったのよ。

 遠藤さんが来るのがもう少し遅かったら、ラフィット・ロートシルトとマルゴーとラ・トゥールとオー・ブリオンとムートンのビンテージが呑めたのに。

 ほんと、あと二日あれば、全部呑めたのに。

 もう、一生こんな機会はないだろうし、『なんで今、助けに来た?』とはさすがに言えないし、それだけ呑んだらさすがに真を説得したのに、残念だわー」

 おい、未練たらたらだな。


 五大シャトーのビンテージ、全制覇する気だったのかよ。

 向こうは、一週間で一千万円を呑まれなくてよかったと思っているに違いない。

 もう、ため息しか出ない。

 お姉、あんた、つくづく豪傑だなぁ。

 本当に、俺と姉弟かぁ!?


 そして、最後に、なんか言ったよな!?

 姉から見た俺の価格って、一千万円(そのくらい)なの!?

 高いのか安いのかさっぱり判らん。


次回、なんか、ご愁傷さまみたいな?、の予定です。

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