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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第九章 18歳、秋(全43回:高校最後の事件、SF編)
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35 戦闘準備完了


 ここまでくれば事態解決、あとは簡単って思うのは、まぁ、罪がない思い込みって奴かもね。

 現実には、そうは問屋が卸さなかった。


 なにが問題って、あっという間に本体が瓦解しちゃったもんだから、千葉のセーフハウスが宙に浮いちゃったんだ。

 それまで、結構な量の電波による通信量があったのに、それもぴたりと止まった。

 つまり、「双海真由を開放しろ」という命令を出す、そもそもの本体がいなくなっちゃったんだ。

 組織としては存続していても、命令系統の人間がいきなりごっそりいなくなると、まぁ、組織としては体をなさなくなるわけで……。

 まして、通常の行政組織とは違うわけでして……。

 曲がりなりにもこの世界に身をおいていて、いきなり「お前の上司とその上の上司と、さらにその上の上司も替わったから、後釜の俺の命令を聞け」と言われて信じる奴はいませんよ。

 公式に組織改編があった、みたいなニュースが出るはずもないしね。

 で、新たな命令がきたと頷けない機関は、前の命令が生きたまま活動を続けるので、結果として姉の身柄は、無駄に保護(・・)されたままとなった。


 時間が解決してくれるかもしれないけれど、一週間も二週間も姉を渡しておくわけにはいかない。

 千葉にいるチームで、奪還作戦が必要ということまではすぐに決まった。

 俺も千葉に移動した。

 で、最初の問題は、だれが奪還作戦を実行する? の部分。


 第一案として、最初に武藤さんが挙げていた、グレッグを動かしてアメリカの機関同士の同士討ち案があったけど、督判断でなしになった。

 督のと言うより、総理判断かも知れない。

 まだ、姉を拐った組織は明らかになっていない。今時点で、アメリカのどこかの機関というのは、あくまで推測だ。

 ということは、独立国として自国民が誘拐されて、その救出をアメリカにやってもらうという形は取れないとのこと。

 言われてみれば確かにそのとおりだ。

 この判断は、合理ではない。面子の問題だ。

 でも、重要なのは解る。


 第二案として、公式に警察に介入してもらう案があるけど、これもアメリカのどこかの機関という可能性がある以上、あとのことを考えれば没になった。

 そもそも、相手がアメリカの特殊機関で、かつ地下施設に籠城する可能性ある以上、警察でも特殊急襲部隊(SAT)クラスのチームでないと救出できないだろう。作戦の難易度があまりに高すぎる。

 また、マスコミの介入はなんとしても避けなければならないのに、警察が動くのは目立ちすぎる。さらには解決後、表の機関がアメリカを殴ったという形が残るのは避けたい。これも面子の問題だ。

 そうなると、自衛隊はもっと目立つ。

 もう、第三案のうちしかなかった。


 どこがやるかが決まれば、作戦の実行方法は決まらなくても準備は始められる。

 美岬の家の応接間で声を上げた少尉さんとそのバディが、あちこちに電話をしたり、自ら出かけたりして、戦闘を含む事態の変化を考慮した装備が整っていった。


 問題は具体的な作戦。

 先々のことを考えれば、相手を殺傷することはできない。

 かといって、スタングレネードを使って、相手を無力化しつつ地下室までスピード勝負をかけるという力技はもはや使えない。

 それどころか、一度その手段を使っちまったから、さらに守りを固められている。とはいえ、侵入者を同国人と見ているからこそ、その守りは攻撃的なものにならなかった。

 本当ならば、銃火器を揃えて要塞化を進めるところだけど、そこまでのことはされていないようだ。


 議論は紛糾し、現実性を失った案までが出された。

 「駆除」からの連想で、麻酔薬のバルサン炊けとか、水を流しこめなんて案まで出たけど、アリの巣穴じゃねーぞ。

 姉にもしものことがあったらどーするんだ? 殺す気か?

 かといって、横穴を掘ってなんていうのは、非現実的すぎる。セーフハウスとなっているだけあって、防御も考えられている。だから、周りはそこそこ見通しがいい。ということは、五十メートルは最低でも掘らねばならないということで、最低でも百トンからの土砂が出るだろう。

 どっかの三代目大泥棒じゃなし、音を立てずに高速で掘り進めるなんて技術、俺たち誰も持っていない。


 ここで、作戦会議は煮詰まった。

 地下ってのは、つくづく手強い。

 ちなみに、俺たち、直接監視をしている人員以外は、近くの観光ホテルの一フロアを借り切っている。ローテーションで休息に入る人員のことまで考えると、良い方法なんだろうね。シーズンオフに大量のお客で、ホテルもほくほくだろうし。



 そんな中、武藤佐が合流した。

 残念ながら、美岬は弥生ちゃんとお留守番。

 ほぼ同時に、小田さんたちもやってきた。

 膠着状況の細部を確認した武藤佐は、すぐに極めてあっさりとした口調で命令を下した。


 「実包の使用を許可します。      

 あの基地を焼き払いなさい」

 ちょっと、それ!?

 一瞬固まった俺以上に、慧思が抗議の素振りを見せてくれた。

 でも、腰を浮かせた慧思が口を開く間もなく、命令に対する説明がやはり淡々と続く。


 「あの基地は、周りに障害物がないから、延焼の心配はない。

 また、極めて燃えにくい建材でできているから燃焼速度は遅いし、火は上に燃え広がるもの。地下まで延焼する可能性は低い。

 また、この建物の地下の換気は、独立したシステムになっています。そもそも、立て籠もることを考慮していない地下施設など存在しない。まして、アメリカの組織が作る基地が手を抜くはずがない。

 結果として、人質の安全は、確保されています。

 そして、排気口は、建物外の山沿い擁壁の影に設置されている。排熱が見えています。

 なお、()の全員が、地下室へ立て籠もる危険性は無視してよい。

 着火後、燻り出されてきた人員に対しては、一回だけ警告射撃、その後は確実に射殺すること」


 背筋が凍った。

 「人を殺せ」って命令、こんな簡単に出るもんなのか。

 思わず、遠藤さんの顔を見る。

 遠藤さんも、小田さんも全く表情が変わっていない。

 「了解」

 ただ、淡々と応える。

 今までとは違う。

 武藤佐に対して単純な怖さというより、畏怖を感じた。これを聞いた以上、もう戻れない。そんな命令を、結果責任をもあっさりで飲み込んで、恬淡と出すことに、だ。

 今までも、そんな命令は出ていたのかも知れない。でも、俺、直接にそれを聞いたことはなかった。


 慧思の顔色は、って、俺の顔色も紙みたいだったに違いない。

 ただね、遠藤さん、会議が終わったあと、無表情のまま俺の耳元で囁いたんだ。

 「アカノサン」って。

 それって、誰?

 

 

 一時間後。

 消防を含め、話が通った。

 坪内佐配下のとねりも一ユニット駆けつけてくれていて、スムーズに話を通してくれた。

 ポリタンクに入った燃料が運ばれ、二台の軽トラの荷台に満載された。

 それとは別に、ガソリンもかなりの量が準備された。

 軽トラは中古の惜しげのないのを、店頭から一台十万も掛けないで現金で買ってきたそうだ。

 このあと、これらの軽トラは、建物の表と裏の出入り口目掛けて無人で突っ込むことになる。


 排気口の位置は、空調の排熱を武藤佐がその明眼の能力で見破って判明した。

 俺は姉のにおいを感じることができず、その排気口に気が付けなかった。

 ここから判ることは、BNC兵器対策や人質や装備の隠蔽の目的で、通気口には吸気も排気もHEPAフィルターや活性炭などの設置が厳重になされているということ。

 そうでなかったら、犬を連れてきたら排気口に向かって一直線だからね。

 俺の嗅覚が嗅ぎ取れなかったからこそ、ここが軍の仕様で改造されていることが判ったのだ。こんな形で俺の能力が活きるとは思わなかったよ。

 「嗅げないということすら利用できる」ことを再認識した。



 全員がインカムを付け、決められた位置についた。

 ほぼ全員が八九式小銃を構え、遮蔽物の陰に身を潜めている。何人かは、肩に服と同系色の結束バンドを輪にしたものを通している。


 一気に静かになった気がする。

 集団の殺気に、鳥すら泣くのをやめた。

 そして、空気の密度が十倍にもなったような重さを感じる。

 あとは、命令を待つだけ。

 そんな中でも、ぼそぼそと慧思が、姉に向けて現状を中継し続けている。


 前線の指揮官となっている、遠藤大尉の手が上がった。

 その手が振り下ろされたら、攻撃開始だ。




次回、奪還?、の予定です。

奪還、一回飛んじゃいました。すみません。

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