21 つはものとねり
美岬さんの母親は、ゆっくりと話しだした。
「私たちは、とても古くから存在している組織の一員として、御今上に仕えている。そして、その組織では、いろいろな先天的な特異機能を持つ人間をも受け入れ、働いてもらっている。
双海君。あなたも私たちの一員になってくれたら、とてもうれしいのだけれども」
「ええっ、御今上っておっしゃいましたか?」
知ってはいたけど、生まれて初めて使ったぜ、この単語。
「ええ、南のね」
理解に数秒掛かった。
こともなげに言うなっ、そんな爆弾!!
驚きすぎて声も出ない。
南って、南北朝? 歴史の時間に教わったよな。でも、北朝に統一されているじゃんか。一応、現役の高校生で、大学受験も考えているんですけれど。とはいえ、「歴史のヨタ話は通用しない」と見得を切れるほどの自信もない。
「南と北はね、当時の武家による皇室利用によって結果的に産まれた。
でも、天皇家はそれを逆手に取った。もはや皇室は安泰ならずと踏んで、血脈のバックアップを計ったの。北朝に統一される時も、南朝の裏できちんと血筋を残したのよ」
「では、今も、陛下は二人いるんですか?」
「そういう事になるわね。
私たちが知る範囲だけならば。
もう一筋ぐらいバックアップがあっても、私は驚かないけれどね。
でもね、この際だから言っておくけど、権力機構もなにもかもみんな二重以上にバックアップされているのが日本という国よ。二千年の歴史は、偶然や成り行きじゃない。常に確実なバックアップがあってのこと。経済も政治も、すべてが二重以上の構造になっている」
それじゃ、民主主義って、表だけなの?
「一皮むけば、どこかの、誰かの独裁ってことですか?」
「日本史上、天皇家が独裁できていた期間がどれほどあったかな?」
逆に聞かれて返答に窮した。
降参。
もっと勉強しときゃよかった。
「では、その二重構造に、どんな意味があるんですか?」
「逆に聞くわ。民主主義の致命的な欠点は?」
んー、分からない。現社の授業では、三権分立の民主主義が最も優れた政治形態としていなかったっけ?
政治に優れた人間よりも、選ばれることに優れた人間が政治をする事になるという欠点はあるけれど、それでも、その人達をクビにすることもできる。したがって、致命的な欠点とまでは言えないと。
「考えたこともありませんでした」
「普通はそうね。
でも、これからはすべてを疑いなさい。私たちと共に生きる選択をしてもしなくても、自分の嗅覚までも含めて、すべてを疑いなさい。
答えはね、国家間の平和には、民主主義は意味がないのよ。
戦争は、外交手段の一つとして国家に認められた権利。国民が、民主的に戦争すると決めれば止める方法はないわ。動機が正義感でも、軍産複合体による経済利潤でも、ね。挙げ句に、選挙に勝つために、他国へ勝てそうな戦争を仕掛けるという本末転倒なことも起きる。
もともと利害の対立があって、国民感情的も悪化していて、戦ったら勝てそうだと思ったら、群れとしての国民が戦争しない選択をすると思う?」
「ぴんときませんが、他の国はともかく、日本では戦争しない選択もあるのではないでしょうか?」
「本州に攻め込まれても、緩慢な自殺を選ぶかな?」
「選びかねない可能性を感じていますが……」
「それも答えの一つよ。
日本は戦争へのアレルギーが強くて、組織的防衛もせずに、なし崩し的にたくさんの人が無為に殺されてしまう。敵対している国では、大勝利への熱狂で、戦争を継続させすぎてしまう。これは、民主主義の名の下のジェノサイドよ。
どちらにしても、二国民の間で共通の利害がない場合、共通の結論は成立し得ないし、結果として戦争の適切な抑止はできない。だから、経済による共生が重要になるのよ。
でも、政治家や官僚が適切な判断ができても、国民がそれに納得しなければ、積極的にも消極的にも防衛は適正にできないわ。
かといって、国民全員が高度な軍事的知識を持ち、マキャベリストな国ってもどうかな?」
確かに、やだな、そんな国。
マキャベリって、イタリアの思想家でさ。後で調べたら、その人本人の言っていることとは違っちゃったらしいけど、権謀術数主義者を表す言葉として名前が定着しちゃったんだと。で、「権」は権力、「謀」は謀略、「術」は技法、「数」は計算のことだっていうから、嫌になるよな。
正確な軍事的知識が平和を維持するには必要ってのは解るけど、国交ってのを国民全員が権謀術数のみで見るようになったら、ぶっちゃけ見た目、どこかの国と変わらなくなりそうな矛盾を感じる。永世中立といいながら、傭兵を輸出する軍事大国みたいな?
普通がいいよな。
いろいろな考えの人がごちゃごちゃと混じっている、それが良いはずなんだ。
「民主主義へ移行する流れの中で、それそれの国の中での人権は確保されたけれど、一面で、皮肉にも戦争の潜在的な危機は高まってしまった。
その証拠に、民主主義国家間でも戦争はなくならない。
王族や貴族ってものの価値が、ここにあるのよ。
政府が断交したとしても、バックドアから交渉して落としどころを掴むルートが確保できる。外交記録に残らないところで、本音の交渉ができる。なにせ、数代遡れば親戚という例も多いしね。
その上で、国民にある程度の納得と共感を得させることもできる。
だから、近代ではともかく、現代ではそのルートを自ら放棄する国はないわ」
「バックアップの話と併せて、理解できる気がします。外交でヘマをしたら、国が滅びるというのは、私でも判ります」
「結構。
私たちは、表に出るわけではない。バックアップだから。犯罪組織が表に出ないのとは、意味が異なるのは解るわね?」
「はい」
「何が何でも隠そうとは思わないけれど、隠れていた方がバックアップとしての仕事は便利なのよ。
一応、潤沢な資金もある。
でも、困ったことに、おおっぴらな求人はできない。
それに、仕事の効率を考える時、チームの中で、それぞれ違う能力がある人間が複数組み合わされることが好ましい。
だから、スカウトの機会は逃さないようにしているの」
説明は納得できるけど、なんとも、言いようがない。
間を持たせるために聞いてみる。
「そんな古くからある組織ならば、歴史にも出てくるんですか?」
「ええ、Wikiにだって項目があるわよ。
あとで調べてみなさい。『つはものとねり』で出てくるわ。
そこに書かれていないのは、南北朝が終わってすぐ、私たちの組織が朝廷の名誉職として残った部分以外は地に潜ったことと、幕末の開国時に井伊直弼によって作戦遂行能力を再度得たこと。
そして、最後に、今に続いていること」
もう驚くことはないと思っていたけれど、「今日は、もう許してください」というような気持ちになったよ。
次回、雇用条件?




