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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第九章 18歳、秋(全43回:高校最後の事件、SF編)
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31 俺たちの仕事


 武藤家の応接間は、朝までの熱気が嘘のように静まり返っていた。

 もう午後になっているので、ここの通信システムは傍受されている前提で使われている。


 昼前に坪内佐から、「総理了解」の意が伝えられて、一気に全員が動いた。

 三つのユニットが、斎藤権佐と遠藤大尉のバックアップに回って千葉に移動していた。隠れての継続監視は負担が大きいので、交代要員としてだ。

 同じく三ユニット六人はアメリカへ飛ぶ。とはいえ、まだ成田には着いてもいないだろう。

 やはり三ユニットは非常時に付込まれるのを避けるために南帝のもとで守りを固め、同じ理由で二ユニットは督の元に移動し、残り四ユニットは小田大尉の指揮のもと、米軍基地や米大使館に張り付く。

 そして、アメリカに関わるチームは、その行動をあからさまに誇示している。


 「つはものとねり」内部での、内密かつ安全な連絡調整はすでにできないだろう。

 だけど、全員が己の行動の目的を理解しているし、連携なしとは言え、坪内佐のブランチも、武藤佐配下の移動を明確に掴んでいるはずだった。

 

 武藤さん、俺と美岬は、応接に残っている。

 千葉に行きたかった気持ちは当然にある。

 でも、千葉に姉がいることは、こちらは知らないことになっているわけで、俺がどこにいるかも相手に明かせない。となると、ここにいるしかないのだ。

 そして、全員体制で「つはものとねり」の活動を見せつけていて、そのための人員はいくらでも欲しかった中で、連絡調整という一見地味な役割が俺たちに回ってくるのはやむを得ないことだ。

 加えて、その連絡調整も、八割がフェイクの情報を流すことになっている。

 フェイク情報はランダムに、そう文字どおり支離滅裂なものを流す。


 フェイク情報の中には、俺の泣き言を数多く入れる。おかしな言い方だけど、泣き言、繰り言をたくさん言うのは俺にしかできない仕事だ。

 肉親を人質に取られ、残された家族が盛大に泣き喚いたほうが人質の生存率は上がる。

 これは広く知られた事実だし、だからこそ俺が騒がねばならない。

 出所不明の情報が、これでリアリティを増すという側面もある。

 つまり、何重にも俺がここを離れることはできない条件があるのだ。


 なお、フェイク情報には、事前に取り決めた複数の単語が織り込まれている。

 それによって、ある程度の確度の高い情報も流すことができる。

 そのあたりの国語の能力は、美岬のほうが俺より優れている。

 そう、文字どおり、国語。

 普段の組織内でのやりとりでは絶対に使用しないけど、今回は古典も引用するし、凝ったことわざなんかも使う。

 次から次へと、相手に分析の義務を与え、時間を浪費させ、落ち着いた解析をさせてはならないからだ。

 質をキープした上で量も重要。

 結果として、応接の通信システムは、俺と美岬とで休みなく稼働されていた。


 慧思は、千葉に移動するチームとともに行動している。

 俺の分身として、姉の無事を確認し続けるチームに合流すると同時に、姉を安心させるためだ。姉に対し、通信機を介しての語りかけはここからでもできなくはないけど、現状に即した語りかけは現場にいないとできない。それに、奪還の際に混戦となったら、その中で姉を取り返す際には姉が顔を嫌というほど見た人材が必要なのだ。

 そうでないと、姉が救出部隊に対して怯えから暴れ、不慮の事故が起きてしまうこともありうる。

 代わりに、弥生ちゃんはこちらで守ることになっていた。

 今は、美岬の部屋で、自由にしてもらっている。

 守ると言っても、この家から出なければ基本的には安全。ここの守りは要塞に近いからね。

 慧思は、俺の言ったセリフ、「バディだからこそ、離れていても連携が取れるだろう。小田さんと遠藤さんのように」をそのまま言い残して出発していった。

 慧思が、実戦の場に参加させてもらえることはないだろう。

 でも、頼んだぜ、慧思よ。


 武藤さんは、作戦の細部を詰めたあとは、無言で座ったまま岩のように動かない。

 その大きさも相まって、仏像のようにすら見えた。

 おそらくは、指揮官としての責任感で、睡眠までいかなくても休息できる間は逃さず脳を休めているのだろう。

 おそらく、休息を取るべきローテーションが、一番無視されるのは武藤さんだからだ。

 指揮のトップは、状況変化があれば即責任ある判断を求められ、まとまった睡眠など望むべくもない。その状況の中で常に正しい選択を求められるプレッシャーは、想像するに余りある。

 しかも、ぶっつけ本番なのだ。


 武藤佐は、おそらくは睡眠中。

 本調子に戻るにせよ、戻らないにせよ、ローテーションである。あと一時間は眠る義務がある。

 なんだかんだ言って、昨夜から明け方にかけて小田さんと各ユニットの任務の振り分けを行い、休憩に入るのがずれ込んだのだ。

 結果として、S国への連絡も時差もあるので、武藤佐の睡眠後となっていた。

 行動を開始しているユニットも、それぞれの班内でローテーションを組んでいるはずだ。

 特に、アメリカへ行く四ユニットは、時差対応もある。このような移動は初めてではないし、生活の一部として叩き込まれている習慣だ。


 小田さんが国内のアメリカ関係の組織に張り付く目的は、作戦の基本路線に沿って、グレッグを取り込むためだ。

 まだ具体的報告はないけど、姉の誘拐について突っ込んだ話をしていてもおかしくない。


 俺と美岬も、あと四時間したらどちらかは睡眠を取らねばならない。

 俺たちが、他の誰よりも一番ハードに働いているのだ。もう三十時間は起きている。

 でも……、その前に、美岬には謝っておきたい。

 俺が、自分の中で感情を整理できなかったから、美岬を狼狽させてしまった。美岬自身が自分の遺伝子の件で動転したとしても、俺がしっかりしていれば、もう少し落ち着いた対応だって可能だったはずなのだ。

 問題は、今この部屋での会話は、すべて筒抜けに聞かれていることだ。その中で、どう伝えていいのか、俺は悩み続けていた。


次回、世の中は驚異に満ちています、の予定です。

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