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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第九章 18歳、秋(全43回:高校最後の事件、SF編)
203/232

26 最後の作戦会議1

 

 美岬の家の前。

 車を降りる。

 相変わらず真っ暗で、音の漏れてこない家。

 今の時間では、すでに生活音の再生もしていない。

 それでも、すでにそこに無言の拒絶は感じない。


 例によって、そっと玄関を開け、応接室の鍵を開け入る。

 どうせ、こちらの行動はモニターされているのだから、勝手にぐいぐい行動してしまう。

 でも、こんなことになっているとは思わなかった。


 三十人近くもの人員は、さすがにこの応接間のキャパを超えているよなぁ。

 弥生ちゃんなんか、壁際に張り付いて座り込んで呆然としているし、その脇で慧思も呆然としている。

 全員が、みっしりと密着状態で座っているけど、その目は部屋の真ん中で立ち尽くしている武藤さんに集中している。そして、武藤佐は、その横で内心はともかく、見た目は普段どおりに見えた。


 で。

 そこへそっととはいえ、ドアを開けたもんだから全員の視線が一気に来て、なんか物理的に痛いよ。

              

 小田さんがこちらを見て、俺たちに告げた。

 「双海の姉を確保している連中を監視している以外の、武藤佐配下の全人員がここにいる。

 早速だが、報告をしろ」

 「了解しましたが、誰あてに報告するのですか?」

 「武藤純一氏あてだ」

 美岬の顔が「はあああああっ!?」ってなった。

 「何が起きたのでしょうか?」

 俺も耐えきれずに聞いた。

 「簡単なことだ。

 我々は常に勝たねばならない。

 我々にとっての敗北は組織の死を意味する。

 ならば、身元がはっきりしていて勝てる相手に従う。それだけのことで、それ以上でもそれ以下でもない。

 武藤佐から移譲された権限を、私の判断で委託したのだ。

 私が指揮するよりも、勝率が高いだろうという目測がついたからだ」


 「斎藤さんは!?」

 美岬が聞く。

 斎藤さんって、武藤佐の副官格の人だよね。

 「遠藤と一緒に、双海の姉の安全確保に就いている。

 現場での判断の責任を取るためにな。

 彼の判断も変わらない。彼も、勝てる人間に付く」

 はあ、そうですか。

 皆さん、揃って現金なこと。

 っていうかさぁ、この数時間の間に、武藤さん、何をやらかしたんだ!?


 小田さん、続けて言う。

 「簡単なことだ。

 俺の立てた作戦が否定され、より優位な戦術的対応の提示がされた。

 そして、その優位性をここにいる全員が認めた。

 武藤佐に対するのと同じ信頼感を、武藤氏に対して我々は抱いている」

 はあ、そうですか。

 もう、ため息しか出ないよ。


 立ち直るのは美岬のほうが早かった。

 「それでは報告します。

 『つはものとねり』の督は、本日午前中、総理と会談し作戦の方向を最終決定します。ですが、それに関わらず、坪内佐の基本的な方針は決定しています。

 その決定には、やはり武藤氏の見解が寄与しています。

 坪内佐は武藤氏の見解を支持し、『アメリカの一部で、生物学的な手法によるテロリストの駆除が考えられている』ことを前提に、かの国内での各機関での意見の相違を利用することを考えています。

 そして、『アメリカをその手法の最初の使用者にさせないこと』を考えている機関に協力し、『駆除』という意思自体に設定できる限りの高いハードルを設けることを作戦の目的とします」

 美岬は一気に言い切った。

 美岬、自分の父親を「武藤氏」と呼んだかぁ。

 公私の使い分けだけど、きっと内心複雑だろうなぁ。


 「その範囲において、武藤佐のルートで中東にアラートを出すことも、現時点で容認されます」

 と俺が補足する。

 「なんだ、フリーハンドですね」

 という声が上がる。

 といっても、俺、去年の事件で、遠藤さんと小田さんと一緒に銃撃に加わった数人以外、顔すらも見たことのない人ばかりで、その声が誰から出たものかも判らない。


 困惑の表情を残したまま、武藤さんが話し始めた。

 「そう、フリーハンドですね。

 でも、そうなると、見極めるべきは敵ではなく味方です。いかに坪内佐の打つ手を推測し、連携できるかが重要ですね。

 そして、それだけではありません。

 督が動いた以上、この国の表も動きます。我々は、そのバックアップとして、目立たず、しかし、確実にその動きを成功させる補助をしなければなりません。

 また、こちらで責任を取って実行できる、優れた作戦案があれば、表に補助を依頼することになるでしょう。

 そして、おそらくは、それだけでは済まないでしょう。

 石田佐も、ダイレクトにアメリカの機関員に働きかけをしているでしょう。

 この部屋の安全を本日の昼までと決めましたが、それ以外の場所はすべて情報が筒抜けと考え、連絡なしの連携を一発で決めなければなりません。

 また、それぞれの思惑を読み切り、私たちの望むポイントに着地をしなければなりません。

 そういう意味では、フリーハンドには程遠い」


 部屋の中、静まり返った。

 そこへ、俺がさらに補足を打ち込む。

 「坪内佐から、武藤佐のルートで中東にアラートを出すにつき、『タイミングは一任するが慎重に対処されたい』とのことです」

 声にならないどよめきが湧く。

 坪内佐と武藤さんの間で、打ち合わせもないのに高度な連携がされていることに驚きの念があるのだろう。

 そう、作戦立案自体はきわめてフリーなのに、その実行条件は針の穴をラクダが通るような難しさなのだ。そして、その問題を打ち合わせもなく共有している。

 最終的には坪内佐のとっておきの手段の使用も視野には入るけど、この場でそれを武藤さんに伝えることはできない。知る人数の桁が変わってしまう。

 でも……。

 その最終手段を使わなくても、この二人ならばやってのけそうな気がするよ。


 俺は、求められていないのに強引に話を続けた。

 「坪内佐は、武藤氏の作戦、アメリカの情報リーク元の作戦、共に囲碁の打手返しだと見ています。

 ということは、私見ですが、打手返しを喰らわないために、囮の石を取らないことですが、もう一つ、先回りして取られるはずの石を繋いで救う手があります。

 囲碁や将棋では『待った』はご法度ですが、現実ではよくあることです。

 そして、今回は『待った』は、石を繋ぐ、すなわち姉を最初から拉致しなかったものとして作戦を組み直すことです。とはいえ、すでに誘拐していますから、無かったことにするには開放するしかありません。

 今、相手側は、私に連絡が取れず動きが取れません。それを活かし、『待った』をさせず、私の姉を開放させないことが、重要なポイントになると思います。

 私、美岬さん、菊池のカバーを最大限に活かし、カモフラージュに使われただけの未成年の誘拐を企てた上に、さらに関係ないその姉を拉致してしまったという筋書きを、私の姉を開放させないうちに強固なものにしてしまうのです。

 これ自体は、二年前に設定され、去年リフレッシュされた構図です。

 これを活かすとしたら、遠藤大尉に、去年の敵国の組織に偽装の上で、姉の監視体制に一あて当たっていただくのも一つの方法です。

 この形で取り合ってもらうことで、相手側は姉を開放できなくなります。開放して即、他組織に誘拐された場合、利益なしの濡れ衣だけを被ることになりますから。

 同時に、姉の人質としての価値も上がりますから、結果として持て余して殺害というリスクも低減されます。

 さらに、去年の敵国の組織に自分たちが監視されていて、うかつな外部への発信は危険という教訓を与えられれば、こちらに連絡するタイミングをさらに逸らさせることも可能でしょう。

 その上で、『駆除』を考えている組織と、この世界に関係ない人間の更に関係ない家族を拉致してしまった間抜けな組織は、同じところだというリークを効果的に行います。具体的な私案としては、大統領選の共和、民主両党のそれぞれの最強候補に、です。

 これで、どちらが大統領になっても、『駆除』を実行するとしても、従前の組織には任せられないという思いを抱くでしょう。結果的に、グレッグの組織あたりが一からプランを立て直すことになるでしょうから、計画は大幅に遅れ、その実行は留保されることになります。

 さらに、武藤佐の伝手を活かしてS国に伝える際には、計画の実行は留保されていますから、より具体的な注意喚起をしてもアメリカ側の実害が目立たないという利点も生じます。

 つまり、アメリカからどう見えるかですが、『罠を張るなりS国を始めとするあの地域の聖戦士たちが断ってきた』なら、こちらに対してS国にどう伝えたのかという話になってしまいます。しかし、『ようやく罠を張る段階まで漕ぎつけた、でもその時にはもう相手が気乗りしていなかった』という流れであれば、こちらに疑念の目が向けられる可能性は低くなります。

 グレッグがどこまで考えていて、どう主導していくかは読みきれませんが、遠藤大尉の襲撃で一気にこちらが主導権を握ることも可能でしょう。仮想の敵が本当にいるような顔をして、日本国内こそがその戦場であるのだからと、主導権を渡さないことは理に適っています」

 一気に話し、そして気がつく。


 こちらを見る全員の目が、極めて奇妙なことに。

 なんていうのか、珍獣を見る目というより、納得のいかないものを見ている目だな。

 それに気がついた瞬間、まだ話したいことはあったのに、声が出なくなった。

 背中に冷たい汗が伝った。


次回、最後の作戦会議2、の予定です。

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