20 反撃?
「そちらの論理では、そうかも知れませんね」
口火を切る。
俺は、腹を決めた。
視線も、もう逸らさない。そう決めた。
「私は、美岬さんを守りたい。そのために観察した。生まれ持っている嗅覚も、結果として使った。それを、騙し討ちにしたように言われるのは心外です。
美岬さんに関して流れている噂を、あなたたちが知らないはずはないですよね?
あなたたちが、美岬さんが孤立している状況を、『組織の秘密保持に都合がいいと考えている』とまでは言いません。でも、高校の三年間を辛い状態のまま置いておくんですか? この状況をあなたたちが許容していたら、消極的にせよ、そう考えていると言われても仕方ないのではないでしょうか?
私は、あなた達に比べれば非力ですし、考えも足らないでしょう。
でも、学校内では、直接味方になることができます。私だけではありません。私の友人も、クラスの女子たちも、みんな同じ考えで連携しています。
素の美岬さんに触れて、悪い噂を否定して、普通の友人として付き合って行きたいと思っています。
私がなにかの組織に属していないことも、とっくに調べ上げてあるんでしょう?
ならば、私を脅すよりも、これからどうするか選択をする必要があるのは、あなた達なんじゃないですか?」
言いたいことは言い切った。
これが俺にとっての幹。俺がいくら弱くても、これだけは揺るがない。どこから何を言われても揺るがない。俺は、ここの、この論理に踏みとどまって戦う。
反論はない。静かに時間だけが流れる。
覚悟は決まっている。これを踏み潰すなら、俺の存在ごと潰せばいい。潰されながら、俺はお前らを軽蔑する。
正面から、視線を合わせ続ける。
睨む必要はない。ただ、俺からは絶対に外さない。たとえ、今、後ろの男から撃たれたとしても、俺は視線を外さない。
美岬さんの母親は、「ふっ」と息をついた。ため息ではなく、緊張をほぐすような、何かを終えたような。
「どう?」
後ろの男達に視線を向け、声をかけた。
勝った。
髪の毛一筋ほどの小さな満足感。でも、もう、これで死んでもいいや。俺は、プロに一歩だけかも知れないけど、後退させたんだ。
返答の声は、頭上から降ってきた。においから想定した居場所より、五十センチは近い位置にいたようだ。
今まで、俺、認識しないまま人をここまで近づけたことはない。手が届く範囲じゃねーか。どうなっているんだか。
でも、いいぜ。
さあ、殺せ。
硝煙のにおいのする男が口を開き、その声が背中をなで上げる。
「青いですね。聞いていて、蕁麻疹が出そうだ。
だが……、悪くない」
続いてもう片方の男。
「自分が高校生の時は、もっと間抜けでしたね。私としては合格です」
合格? 何を言っている?
「双海くん。今回の問題の中心が、あなただということは、私たちの認識では変わらない。
でも、それは、あなたが考えているような意味ではないわ。
責任問題の話ではなく……。あなたの能力と、それに対する正当な評価としてよ」
わけが解らない。
「どういうことですか?」
「あなたは、自分の能力を過小評価している。でも、実際にたいしたもんだと思うわ。一応、褒めているのよ」
「……」
今さら、懐柔する必要はないはずだ。
何が言いたい?
「それと、人間が腐っていたら、能力を使う以前の問題だわ。それも含めて合格」
「はあ」
「混乱しているみたいね?」
「情報をいただかないと、判断のしようがないだけです。いきなり合格とか言われても……」
殺されなくて済むのだろうか?
もしかして、無事に帰れるのだろうか?
気がつくと、美岬さんが俺の前腕を強く掴んでいた。小さな手、細い指、なのに、どこにこんな力があるんだろう?
そして、その手は極限の緊張に氷のように冷たい。間違いなく、俺の上腕も同じように緊張で冷たくなっているはずだ。
その上に、美岬さんの涙が雨のように落ち、その温かさが瞬時に失われて冷たく流れていく。こんな状況でなかったら、大丈夫だと伝え、その手を握り返し温めてあげたい。
って、美岬さんの手を握ったことなんか、一度もないけどな。握られたのもこれが初めてだし。
本当にすまない。美岬さん、もう少し待ってくれ。
待てば事態が好転するのか、そんなことすら判りはしないけれど。
次回、組織の姿があきらかに。
双海、もうちょっと頑張れ。




