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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第九章 18歳、秋(全43回:高校最後の事件、SF編)
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20 再び深夜のさいたま新都心へ


 「この部屋が安全だという前提は、本日の……」

 そう言って小田さんは時計に目をやる。

 俺たちも、だ。

 「日付が変わりましたね。本日の正午までとしましょう。

 その後は、この部屋も盗聴されている前提で作戦を進めます。

 コミュニケーションの確度は下がりますが、仕方ないでしょう」

 全員が頷く。

 とはいえ、武藤佐は曖昧に、弥生ちゃんは半ば呆然としながら。


 「おそらく、私はそれまでに戻れると思います。さいたま新都心と連絡手段さえ確立できれば常駐は不要でしょうし、四時間あれば打ち合わせの上で往復もできるでしょう」

 と美岬。

 「護衛は?」

 心ここにあらずの状況でも心配するのは、武藤佐の母心なのだろう。

 「俺が行きます。

 今日起きたことも説明できますから」

 迷うことなく立候補する。そもそも、さっき出発時刻を聞いたのはそのためだ。


 「俺も行きます」

 慧思が立候補する。

 でも、俺はストップをかけた。

 「慧思、お前はお留守番だ。

 小田さん、それでいいですよね?」

 視界の中の小田さんが頷くのを確認して、言葉を続ける。

 「弥生ちゃんと一緒にいろよ。

 弥生ちゃんだって、いきなりの事態で、重い話を立て続けに聞かされたって消化しきれていないだろう。

 きちんと不安を解消してやれよ。

 弥生ちゃんを守れるのはお前だけなんだし、そもそもお前がいなかったら、弥生ちゃん、怖くて寝ることもできないぞ。

 それに、ここに遊軍がいないってのは、不測の事態が起きたときに対応できなくなるからな。ここで小田さんを除けば、戦えるのは武藤佐しかいないってのは、論外の事態だろ?」

 「でも、俺はお前のバディだ」

 「だからこそ、離れていても連携が取れるだろう。小田さんと遠藤さんのように。

 も一つ、だからこそ、ローテーションでの休憩も必要だろ? 先に寝ていてくれよ。

 頼んだぜ。

 帰ったら、俺、寝るから」

 「解った」

 話しながら、小田さんと武藤さんの視線が、俺の提案の論理を了承してくれているのを感じていた。

 慧思に拳を突き出す。慧思も、そこに軽く拳を合わせた。


 慧思は解っている。

 俺が、この部屋でじっとしていたら、感情が堂々巡りを始めて限界を超えかねないことを。

 頭で、今は姉を助けない方が良いと判っていても、感情が付いていけるはずもない。環境を変え、悪い方向に考え続ける事態を避けたい。

 切実にそう思っていた。


 美岬も母親に話している。

 「お母さん、もしかしたら良い知らせを持ち帰れるかもしれないし、しっかり休憩シフトを休んでいて」

 武藤佐、ただ無言で頷く。

 いつもの武藤佐が戻ってきてくれないと、きっと遠藤小田のバディは力を十全に発揮できない。今、俺ができることはないけれど、進む事態の中で何らかの光を見つけてもらうしかないよな。

 それに、逆説的だけど、これはマニュアルどおりにもなっている。

 どれほどの危機でも、全滅寸前までは、全員で戦うシフトになってはいけないのだ。常に、休憩が終わって、疲れが残っていない人員をローテーションで確保しなければいけない。

 ということは……、あと八時間のうちに、武藤佐へ何らかの光を持ち帰ることを頭の中に置いておかなくては、だ。



 走る方向さえ決まっちまえば、後の実働は順調に進んだ。

 人工衛星の死角は45分後だったので、小田さんはすぐに手を打った。遠藤さんとも話したのだろう。

 ここには、去年坪内佐が用意してくれた、黒くて動きやすさ優先の機能的な服がそのまま保管されていた。俺はそれに着替えた。

 今まで着ていたものは夜の山を歩いて薄汚れてもいたし、坪内佐とすんなり会えないかもしれないので、できるだけ身分証明できるような接点を増やしておきたかったのだ。


 出発直前、武藤さんは、琥珀色の液体の入った小さな瓶を俺に渡した。

 これって、ニ○カのフロム・×・バレルというウイスキーのミニチュア瓶だよな。

 訓練のとき、擦り傷の消毒に使ったことがある。アルコール度数が高いし、四角い瓶なので、他の物と一緒に同梱する時に据わりが良いのだ。救急キットにも足されていたはずだ。

 「坪内君に渡してくれ。

 彼ならば、この意味を察するだろう」

 「はい」

 おつかいならば、いくらでもしよう。


 中身はあえて聞かない。武藤さんのやること、坪内佐の察すること、俺がその内容を聞いて、それが必ずしもプラスにはならないことは理解している。

 今回の往復で、無事に帰れる保証はない。拉致された場合、知らないことは拷問されたって答えようがない。

 おつかいは、自らの判断と責任で行動するものとは違う。だから聞かないのだ。


 五十分後、覆面パトカーが玄関門扉に横付けされ、美岬と俺は乗り込んだ。

 小田さんは運転をする警察の人に目的地を説明し、お約束を付け加えた。「ここに、高校生二人を連れ帰るにあたり、帰着時間はこの二人に従え。帰着後は、今晩の一切を忘れろ」って。

 そして、夜目にも分るほどぎらついた目をした。

 「さもないと死ぬぞ」って、いう目だ。

 今日は、遠藤さんに比べて温和で優しいイメージの小田さんの、いつもと違う顔を何種類もたっぷり見せられたよ。

 内心で密かに言うけど……。

 今日のあんた、マジで遠藤さんよりはるかに怖えーよ。


 あとは、小田さんと武藤さんはトータルな見直しと、作戦の練り直しに入る。坪内佐がなにかを考えていないはずがないので、それを予測し対応した作戦案が複数必要なのだ。

 坪内佐の考えを見切るのは、今の武藤佐では難しいだろう。でも、今、こちらには武藤さんがいる。かなりいいところまで整合してくれるはずだ。

 そして、組織の人間ではなく、真気水鋩流はともかく訓練を受けたこともない武藤さんには、小田さんという表も裏も知り尽くした人が付いていないと、立てた作戦が着地しない。


 慧思と弥生ちゃんも休憩に入る。

 弥生ちゃんはともかく、慧思が休憩に入るのはもう一つ意味がある。

 武藤さんと小田さんが立てた作戦を、実行前にまっさらな目で確認するためだ。

 どれほど優秀な人間でも、人間である以上、立てた作戦には先入観や落ち度は必ず生じる。それを立案に参加していない人間がチェックするのだ。

 武藤佐が本調子であれば、と思う。

 でも、慧思の能力は、過去の実績からも、そういったことには向いていると思われた。

 そう、ちょっと韜晦(とうかい)しているけど、あきらかに他の人と視点が異なるからね。



 覆面パトカーは、深夜の関越自動車道をかなりのスピードで走った。

 昼間のグレッグの運転からすればスローだけど、それでも結構速い。

 これまた昼間と同じように、一度は他の覆面パトカーがサイレンを鳴らして追いかけてきたけど、こちらも赤色灯を出してサイレンを鳴らしたら、いなくなっていた。

 一時間を切って、覆面パトカーは深夜のさいたま新都心に着いていた。



次回、一年ぶりの再会、の予定です。

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