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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第九章 18歳、秋(全43回:高校最後の事件、SF編)
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14 駆除


 「グレッグ君のやりたいことは、情報が少なすぎて推理が難しい。

 だが、君たちの遺伝子を使うことで何ができるかな? そちらの角度からならば考えられるだろう。

 僕にもいくつか考えはあるけれど、君たちの意見を聞かないと絞り込みができない。ブレーンストーミング的に、なにか考えがあれば出して欲しいな」


 武藤さん、きっと確定案みたいなものを自分では持っているだろう。

 この提案は、それを補強し、死角を補うためだ。

 「クローンを作っても、実働は15年後だよね」

 真っ先に美岬が言う。

 それを受けて、慧思がその案を改良する。

 「嗅覚や視覚の遺伝子を、なんらかのベクターによって成人に組み込むことは?」

 そうか、それならば一年未満でなんとかなるかも。

 「技術的には可能かもしれないけど……。そこまでの知識がないので判らないけど、安全性と確実性の両方を満たして、実用するレベルには至っていない気がする」

 俺も話す。

 だって、それができていれば、能力を足すとか以前に、医療に大きく応用されているはずだ。したがって、先天的な疾患はすべて解決していなければオカシイよ。


 「それを組み込んだ人間の、戦術的な使い道はあるかな?」

 これは、武藤さんの質問。

 妻に聞くのではなく、武藤佐というプロに対して聞いたのだ。

 漸く視線を上げて、武藤佐は答える。これは、毎日のように考え続けてきたことだろうから、今のテンションでも問題ないよね。

 「案外、ない。

 私たちの能力が生きるのは、戦闘が主目的ではない諜報機関で、かつ組織の姿勢が守りに特化した『つはものとねり』だからよ。

 諜報機関でも攻めを多用するアメリカでは、おそらく必要ない。

 攻めであれば対象は特定のターゲットになるし、その際には視野の広さは必要ない。例えば、エイミングならば、私や美岬の能力より近頃のスターライトスコープの方がよほど高性能。

 双海君の嗅覚にしても、予算があるならば訓練した犬とセンサーで同等のことは可能よ」

 「じゃ、兵士にというのは、なおさらに無しなんだね?」

 と、武藤さん、さらに確認をする。


 「ええ、私が指揮するとしても、特には要らない。

 私を含めて、世界で最もこういう人材を抱えている『つはものとねり』ですら、通常の人材の方が多いしエース級も通常の人材よ。

 通常の感覚以上を持っているというのは、せめて十年前であればもっと有効だった。明治大正では絶大な威力だったでしょう。

 文字どおり、命を狙われ殉職するほどの。

 でも、これから先の十年では、ますます不要になるでしょうね。

 センサー技術や原義的リモートセンシング技術の進歩は凄まじいわ。

 それらのセンサーとコンピュータを結びつけておけば、寝ずの番で連続稼働が可能なのよ。疲れないし、ムラはないし、ミスもない。そして、なにより使い捨てにできるのがありがたい。しかも、機械は裏切らない。

 美岬や双海君のような訓練を重ねた人材を使い捨てにしたら、数十億円単位の損失だわ。まして、裏切られたら、さらにその数倍の損失ということになる。

 戦闘機パイロットの一人百億よりは安いけれど、それでも機械の百倍から千倍はコストが掛かるわ」

 話している声が暗い。冷徹な論理から話していると言うより、自動モードで口だけが紡いでいるような話し方。それに、冷静な判断と言うには自虐が過ぎていないだろうか。

 それでも、話し続けさせているのは、これ以上気持ちが落ちていってしまわないためという、武藤さんの考えがあってのことなのかもしれない。


 武藤佐は続ける。

 「さらにもう一つ、忘れてはならないことがあるわ。

 兵士は戦争が終われば、父だったり、夫だったり、息子だったりに戻らねばならないのよ。

 遺伝子を組み替えられた人材は、通常社会に戻ってのちもその能力を持ち続け、さらにその子供にその形質が受け継がれると考えねばならない。

 それは相当にその社会で、長期にわたる問題を引き起こすでしょうね。美岬と双海君がその能力を犯罪に使ったら、相当のことができるでしょうから。

 結果、確実に使い捨てを前提にする人材にしか遺伝子導入はできず、そのくせコストはかかるという到底ペイし得ない話になってしまうわ」


 武藤さんは頷いた。

 「そこを確認したかったんだよね。

 美桜の見識を前提とした僕の考えだけどね、軍事用遺伝子バンクじゃないかなと思う。遺伝子配列の情報保持だけでなく、ベクターを含む売買をするというね」

 「えっ?

 それって、そこに人を派遣すると、いろいろな能力を得て帰ってくるってこと?」

 美岬が確認する。


 「平たく言えば、そういうことになるね。

 もちろん、僕の推理というより想像に過ぎないけれど。

 今の美桜の『必要ない』という考えは、まったくそのとおりなんだろうなと思うよ。でもね、だからこそ裏を返して、使用目的が自爆テロ要員養成ならば需要は高いと思うんだ。

 当然、バンクだから、視覚嗅覚だけじゃない。他の感覚や、ミオスタチン欠乏症による筋肥大とか、いろいろあるだろう。そういったいろいろな能力を、組み込み技術も含めて自爆テロ要員を飼っている組織に売れば商売になる気がするけどね」

 そのような目的を限定すれば、確かに有効ではあると思う。


 武藤佐が反論した。

 「私の理解が正しければ、そのようなものを作って、なにかに特化した超人を作っても、機械や人海戦術には敵わないと思うのだけど……。極端な話、オリンピック金メダルクラスの倍の速度で走れてさえも、普通の自動車にすら到底敵わない。

 その程度の特化した超人を作っても、対策はどうとでも立てられる。

 もう一つ、確かに、テロに対しては極めて有効だとは思う。でも、テロとの戦いを標榜するアメリカが、テロを助長するという自己矛盾がある。

 あ、あともう一つある。

 顧客にどう、それを売り込むのか、よ。遺伝子バンクの自らの立ち位置、確立した技術であること、安全性を含めてね。美岬や双海君をアメリカ国内で見本として展示するとしても、やっぱり難しいわ」

 それを聞いて、武藤さん、腕組みをして難しい顔になった。


 「美桜、やっぱり君らしくないな。

 僕が考えている目的は、『勝利』ではない。

 『駆除』だ」


 「それは、非道すぎます」

 思わず、そんな言葉が俺の口を突いて出た。

 俺だけではない。

 「駆除」という単語を聞いた全員が、同時に武藤さんの考えていることを理解していたと思う。


 「いろいろな能力の遺伝子と一緒に、一緒に不妊の遺伝子も……」

 震える声で武藤佐が呟く。

 「そうだ。

 伝染回数を制御した、数年後に発生する時限発癌ウイルスとともに。

 これなら、巣ごと『駆除』できるからね。

 美桜、冷徹っていうよりドライっていうのかな、こういうのは……」


 武藤さんの考えのとおりのことが企まれているのであれば、テロ集団をその個人的母体集団ごと、まるごと皆殺しということだ。これは、ジェノサイドという単語すらが生ぬるい。

 相手を人間と見ていないし、逃さず滅亡させるのが前提で、周辺にいる関係ない人たちの犠牲まで織り込み済みなんだ。


次回、先祖返り、の予定です。

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