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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第九章 18歳、秋(全43回:高校最後の事件、SF編)
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9 娘の父として


 応接間に招き入れられた双海真と菊池慧思は、ソファにぐったりと座っている。

 双海はこの部屋に入るなり、堰を切ったように、今日グレッグから聞かされたことのすべてを話した。

 具体的な内容を聞いてからの方が間違いは生じないと、武藤が双海の話の方を優先したのである。


 そして、グレッグから聞かされた話の内容から、自らの根源ともいうべき美岬への想いの真実性にすら自信を失ったと、美岬も同じような疑問に苛まされているのではないかと思いつめた表情で話した。

 話し終わると、ヤケになったように冷めかけたチャイにトルコの小さな角砂糖を四つも放り込み、それを飲み干すとスイッチが切れたように無言になった。


 一人娘の選んだ男がどのような人間なのか、この夏から武藤は娘の父親として観察をしてきた。

 会社の上司が部下を査定するのとは自ずから性質は異なるものの、相手は娘を盗る男である。その目は得てして厳しくなりがちだという自覚はある。

 ただ、受験期の高校生のような連帯感もあった。受験にせよ就職にせよ、目的達成を考えれば同級生全員は敵でありながら、同じ目的に向かって走る戦友でもある。

 同じように娘を()る敵でありながら、双海は自分と同じ苦労を運命づけられた戦友なのだ。


 武藤の頭の中には、双海と打った囲碁の棋譜がすべて記憶されていた。

 夏から、真気水鋩流とともに、時たま手ほどきをしているのだ。

 黒石の並びは、如実に双海の性格を表していた。

 若く、一本気。駆け引きが苦手で直情的。良く言えば素直、悪く言えば単純。攻めには強く、守りは不得意。

 このあたりの本質は、美岬というより美桜に似ていた。

 武藤を呼ぶのに、「美岬さんのお父さん」から「武藤さん」に落ち着くまで一日しか要さなかった辺りは、きちんと空気を読めているのも感じさせられている。「美岬さんの」がついても、「お父さん」と呼ばれることへの違和感に敏感に気がついたのだろう。まさかこんな細かいことまで、いくら鋭かろうとも嗅覚だけでは解らないのではないか。


 また、嗅覚の鋭さによって他人の表情の裏まで知覚しながらも、悲観的にならない強さそのものは素晴らしいとさえ思う。

 このあたりの強さも、美岬より美桜に似ている。

 武藤の見るところ、美桜の辛辣さは、自らを守るために上手に演じているものに過ぎない。その本質は、やはり悲観的にならない強さと、事態に応る覚悟なのだと思う。

 だからこそ、双海の強さの根源をきちんと見極めたいと、武藤は思っていた。その強さが、ただ単に痛みに対しての鈍感力の発露では困るからだ。

 だが、今回の双海の自らの想いに対する自信の喪失は、その武藤の疑念を晴らした。

 ただ、やはり若いことは否めない。


 己の信じるもののためには、出し惜しみせずひたむきに尽くす。

 前を向いて己を信じられるからこそ、美岬のために己のすべてを賭け、その正当性を疑うことなく戦っている。

 心理構造が単純で、一本しかないのだ。

 だからこそ、その正当性の根本を疑う事態が起きたときには、脆くも折れてしまう。

 美桜も本質は同じだが、もう少し年の功による問題の消化力を持っている。

 とはいえ、武藤の子を産まなかった、産めなかったという可能性は、美桜を退行に追い込むほどのショックの原因となっている。程度の差はあれ、同じ状態なのだ。


 本来、この性格は、平和な日常の中では周りから好まれ、幸せな一生を送る(よすが)となるものだろうと武藤は思う。仕事にも、家族にも一生懸命という男は、基本的に不幸になるはずがない。

 だが、そういう順当で平和な一生を、双海は選ばなかった。

 夏からの数ヶ月という短期間では、流派の入門過程に踏み込んだばかりで、「なにがあろうと生きて帰る」という真気水鋩流の本質も伝えきれてはいない。

 ただ、先を歩く者として、武藤は双海に自分の二の舞だけはさせたくないと、切実に思っていた。


今回は短く。

次話はちょいと長いかもです。

次回、武藤さんの考え、の予定です。

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