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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第九章 18歳、秋(全43回:高校最後の事件、SF編)
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7 慧思の指摘


 「そうか……」

 慧思はつぶやくと、俺の横に座る。地面の上だがお構いなしだ。

 話し終えた俺も、虚脱したみたいにやはり地面の上に座り込んでいる。


 下からは工場の照明が、上からは月が俺たちを照らしていた。

 「なぁ、美岬ちゃんの両親ってすげーよな?」

 「唐突に、何の話だ?」

 「双海、お前さ、美岬ちゃんの名前の由来、知っているか?」

 「知らないってか、なんでお前さんが知っているんだ?」

 「信頼されているからな、俺は。

 ヒグマから聞いた。

 話してやるから、聞け」

 ハイというのも悔しいので、黙っていた。

 でも、武藤さん、慧思に何を話したというのだろう?



 「あのな、お前どころか、美岬ちゃん本人にも話していないそうだ。

 武藤佐の家系は女性ばかり、もう、十代も『つはものとねり』に人生を捧げてきた。好むと好まざるに関わらず、その職に付き、殉職した人もいるらしいな。

 だから、もういいだろうと。

 この世界から飛び立って、明日があることを疑わなくて済む、普通の生活を得て欲しいと願っているそうだ。

 そのために、『その先』へ踏み出せる名前をつけたと言っていた。

 美岬とは岬、海と陸の交わる場所だ。

 そこから、『先』の世界に飛び立って欲しいとさ。

 だから、お前の『双海』って苗字も、好ましいとよ。この世界と、普通の幸せのある世界と二つの海を渡る岬ってことだからな。

 十六歳で伴侶に会う。それが運命だろうが、生理活性だろうが、そんなこた、俺には分からん。生物ってか、理科は得意じゃないし。

 ただ、美岬ちゃんの伴侶が、娘を普通の幸せのある世界に連れて行ってくれるきっかけになるかも知れない、それをあの両親は願っている。

 そして、お前と美岬ちゃんの子が、視覚も嗅覚も普通ならば、もう、最高にハッピーだろうさ」


 名付けに、願いとか、祈りとか、そういうのって、あるんだよな。

 それが今の俺には、ただただ切ない。

 「俺の苗字にまで、救いを感じていたのか……」

 そう、何もできない俺なのに、だ。


 「気がついていないだろ、お前?

 とねりたちの苗字は、調べると全員四姓に行き着く。もっとも、日本人の苗字の本姓は、だいたいその辺りにはなるんだけどな」

 「四姓って?」

 「源平藤橘だ。小なりとはいえ、『つはものとねり』は朝廷なんだよ。俺だって、元を(ただ)せば藤原氏だ」

 「それは気が付かなかった」


 慧思は、軽い口調で爆弾を放り込んできた。

 「お前一人だけが例外なんだよ」

 「なんだと!?」

 「二度見と書く『二見』なら、清和源氏の出で、奈良で南朝武士として活躍した家系だけどな。

 双海なんて苗字や地名、日本中探しても殆どないぞ。お前んちにはそれなりの由来が伝わっているんだろうけどな」

 「ああ、確かに言われてみれば、親戚以外で同性は聞いたことなかったな。祖父は、四国の出だとかなんとかは聞いた気はするけど、詳しいことを聞く前に親も死んじゃったからなあ……」

 「『つはものとねり』の面々の意思って、そこからも見えてこないか?

 美岬ちゃんに対して、というか、あの女系の一族に対してご苦労さま、もう開放されていいよって、そう思っているところがあるのだろうさ」

 「……なんでそれ、俺に話してくれなかったんだろう?」

 「いつも思うんだが、時々、お前って、呆れ返るほどバカだよな。

 聞いたら、お前はどうしたよ?」

 「ああ、そうだな、確かに聞くまでもなかった。バカなことを聞いたな。

 了解だ……」


 聞いたら、俺はもっと積極的に、美岬をこの世界から連れ出そうとしただろう。

 周囲の状況が、それを許していないのに。

 去年、俺と美岬がそんな性根でいたら、絶対生き延びられなかった。踏みとどまって戦う意志を見せられなければ、この世界では運が切れ次第、死ぬしかないのだ。

 だから、武藤さんも、武藤佐も、話すに話せなかったんだ。


 俺たちは、そう、坪内佐や美岬の母親の武藤佐も含めて、俺たちはコトが起きれば、さくっと死ぬ。

 日々を骨董商として生きている石田佐でさえ、毎日覚悟をしていると。石田佐の奥さんは、そのために毎日手作り弁当を欠かさないと……。

 そう改めて考えたとき、武藤さんが組織から距離を置き続けている理由が解った気がした。父親として、娘の最後の避難場所を確保したいと思っているんだ。あの人に限って、逃げたいからなんて理由であるはずがない。


 そうか……。

 なんか、いろいろと納得した。

 俺たちの命は、決して重くはない。

 そんな中で、名付けの思いを伝えておくのに、慧思ほどの適任者はいないだろうな。


 「もう一つ、いいか?」

 慧思が聞く。

 俺は頷く。

 「あの家系の女性が、男を食い物にするとして、だ。

 真実かどうかは措いておいて、それは美岬ちゃんのせいと思っているか?」

 「思うワケ、ないだろ。遺伝子と人格は別だ。そこまで俺も馬鹿じゃね−よ」

 「思え、そして、態度に出せ」

 ぽつりと慧思が言う。

 少し驚いたけれど、コイツがこういう言い方をするときは、深い意味がある。


 「説明しろ。

 俺が、それを美しく感じないってのは、お前には解っているはずだ」

 「その方が美岬ちゃんの救いになるからだ。

 美岬ちゃんは、自分が代々のクローンだと知ってしまった。

 この事実は動かせない。

 この先、なにか状況の変化でもない限り、お前がそれに対して腹に一物ある態度を取らないと、美岬ちゃんにとってお前は、交尾に命を捧げる昆虫と同じ立場になっちまう。そしたら、美岬ちゃんは自分と自分の遺伝子を責める。

 そのループに入ったら、美岬ちゃんは耐えられないぞ。

 お前、さすがにそれは解っているだろう?

 どうせ、お前が態度に出したって、美岬ちゃんには見透かされるんだ。

 ならば、あえてそういう演技をして、男を下げても美岬ちゃんの心を救え。

 そして、お前自身も無理をせずに、それで救われろ。

 で、だ。

 お前と美岬ちゃんの子が、視覚も嗅覚も当たり前に生まれてきたら、それはもうクローンじゃあない。そしたら、その事実が双海も美岬ちゃんも根本的に救うだろう。

 そうしたら、今のこの話をして、俺のせいにして、許しを請え。

 そんなところでどうだ?」


 ため息が出た。

 コイツには敵わない。

 本当に敵わない。

 そうだな、ひとつくらい、一回だけなら繰り言、言っても許されるよな。

 「降参だ。慧思の言うとおりにするよ」

 そう、素直に口から出た。

 確かに、慧思の言うことに救われた気がしたんだよ、俺。



 「さらにもう一つだ」

 慧思が続ける。

 「まだあるのか?」

 「こっちが本命で、本当に最後だ。

 双海、お前、落ち込んだり、ヤケになったりする前に、やるべきことをしていない」

 「俺にできることなんか、もう、なんもねーんだよ……」

 「違う。

 そっちの角度じゃねぇ。

 お前はこの事態に、自分自身の自信のすべてを失った気がしているんだろうけど、あのヒグマもお前と同じ反応すると思うか? 全く同じ立場だぞ」

 一瞬、頭を叩かれたような気がした。

 そうだ、あの熊、武藤さん、美岬の父親で武藤佐の旦那は、この事実を知ってどんな反応をするのだろう?

 俺なんかより遥かにハードな人生を送り、満身創痍になりながらも生き延びたあの人なら、どう判断するのだろう?


 なんだか、想像もつかない。

 それでも判ることはある。

 武藤さんは、俺のようにすべてを放り出すことはしないだろう。ヤケにもならないだろう。それは確実に。

 では、どうするのか?


 「双海、あのヒグマと話せ。

 お前の抱えた問題について、俺では役者が不足している。お前を追いつめているものを理解はできても、実感と共有はできない。

 唯一、問題を共有できるのはあのヒグマだけだ。

 死ぬならそれからでも遅くはないはずだ。

 逆に、それをしないで死ぬのは、怠慢以外のなにものでもないと俺は思う」


 あーあ、敵わないな、コイツには。

 何の反論もできない。

 「武藤さんと話すよ。

 降りよう。

 降りたところの駅ならば、タクシーも拾えるだろう」

 これは、慧思に対する、実質的な白旗宣言だ。


 俺は、こいつが落ち込んでいる時に、ここまでのことができるんだろうか?

 恩を返すとかじゃない。

 こいつと同等でいるためには、同じようなことが慧思の身に起きた時に、同等のことができなきゃダメなんだ。

 俺にそれができるだろうか?

 


次回、いつもの応接間で、の予定です。

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