表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第九章 18歳、秋(全43回:高校最後の事件、SF編)
181/232

4 駆け落ち? 亡命?のススメ

 

 「そして、です。

 代々のギフテッドですが、全DNAを読みつつある現在、それでも交叉によるものとは思えないほどの少量ですが、少しずつ男性側の遺伝子が影響しているのではないか、というところまで突き止めています。

 というのは、細胞分裂時に遺伝子のコピーエラーが生じるのは有りうることですが、三人のそれぞれのDNAの違いにはランダムではない方向性があるのです。

 コピーエラーはエラーというぐらいですから、出鱈目に変化しジャンクになるものです。DNAの修復機能が働くにせよ、生体内で有効に働く配列が突然に紛れ込むようなエラーが起きる可能性は低いはずです。

 少数とはいえ、発現している遺伝子があるのですよ。

 となると、父親にあたる人間の遺伝子が影響したと考えるほうが自然です。

 まぁ、遺伝子組換えなんて難しく考えてしまいがちですが、パーティクル・ガンという、金の微粒子にDNA分子をまぶして細胞に打ち込むだけの方法でも起きてしまうのです。そんないい加減なものでもあるので、卵子に入った精子の核のDNAが何事もなくすべて消去されることもないのでしょう」

 俺は無言で、車の窓から、恐ろしい速さで流れる景色を眺めていた。でも、その景色を解釈できるだけの余裕なんて俺にはなかったから、絵の具がどろどろに混じった混沌を眺めているのと変わりはなかった。


 「一代に付き、せいぜい数カ所しか、男性側の遺伝子は発現していません。

 で、ですが、次は君の話です」

 「はい」

 素直に返事をする気なんかなかったのに、良い子のお返事みたいなのが口から出てしまった。

 完全に飲まれている自分を自覚する。

 くやしい。


 「君の15番目の染色体も、マイクロアレイ解析に掛けました。嗅覚の遺伝子の活性化が確認されています。

 本題に入りましょう。

 その君の15番目の染色体と美岬さんの15番目が対を作り、通常の発生がされて双方の遺伝子が受け継がれた場合、瞳の色の制御と嗅覚の制御がともに人並み外れた状態になる可能性は少ないでしょうね。

 ポマトという、細胞融合で生じた農作物を知っていますか?」


 確か、生物の参考書で見た。

 トマトの細胞とジャガイモの細胞を融合させて、耐寒性を得ようとしたのだった。

 そして、あわよくば地上にトマト、地下にジャガイモという夢の作物だと報道されたのだ。

 結果は、実も芋も大きくならなかった……。


 「突出した能力を二つ持つよりも、その能力自体が消えてしまう可能性のほうが高いということですか?」

 「そういうことです。

 細胞融合で二つの性質を待たせようにも、徐々に染色体が抜け落ち、元のものにも戻りきれず、不完全なものにしかならない例が多いのです。

 生体内での遺伝子の制御は常にバランスを取る方向に働きます。

 それが崩れれば、癌になりかねないわけですから当然でしょうね。癌やいわゆる奇形は、遺伝子のコピーミスで容易に起きます。ホメオボックス遺伝子が暴走すれば、腕が四本なんてことにもなります。ところが、そんな赤ん坊が生まれてくることはそうそうありません。

 遺伝子のエラーの訂正能力は極めて高いものです。

 個々にそのような病気を持つ人はいますが、分母の数からすればそのように考えるしかありません。

 ですから、通常以上の働きがされている遺伝子が近くにあったら、相互に抑制をする可能性は高いでしょう。

 もっとも、君たちが千人も子供を作って、選抜をしたら話は変わるでしょうけどね」


 ちくしょー、俺たちを育種される農産物扱いするな。

 更にくやしいのは、精一杯の抵抗が内心にとどまって、出すに出せないでいることだ。


 グレッグは話を続けた。

 「ギフテッドは、得られる才能と引き換えに、弱点とも言える性質も持ちます。

 ですが、我々の調査の範囲では、代々の女系にそのような性質は感じませんね。ギフテッドに観察されることの多い、自閉スペクトラムも見られない。

 特に、減数分裂の制御も含めて、遺伝子の働きの異常な場所が複数以上ある以上、癌化の確率も高いと思ったのですが、予想以上に長寿の家系でもあるようだ。

 こうなると、奇跡のバランスだとしか言いようがありません。

 君は、そのバランスを崩すかも知れない存在です。

 おそらくは、君たちの子供は女の子が産まれ、そして性染色体上の赤色を見る遺伝子は働くでしょうが、今の状態には程遠い、健常者の個性の範疇に留まるでしょう。

 嗅覚に関しては広範囲の遺伝子が同時多発的に働いていますから、15番目の染色体の遺伝子部分がキャンセルされたとしても、君ほどではないけれど、常人よりは遥かに利くでしょうね」


 なんで俺は、まだまだこれから先にいるかどうかも分からない、自分の子供の体質の話を具体的に聞かされているのだろう?

 どこかおぞましいものを感じながらも、必死で反撃を試みる。

 「お話としては、とても面白いですね。

 そうは言っても、男性側の遺伝子は数カ所しか影響しないんでしょう? ピンポイントでそこに働くとは思えませんが」

 「ええ、君の言うとおりです。

 でも、嗅覚の遺伝子は、他の染色体にも跨って、ヒトの遺伝子の中で最大の領域を占めているんです。

 子供に影響する男性側の遺伝子が、広帯域かつ活性化している部分ってのは、ありそうでしょう?」


 やはり、グレッグは俺とは役者が違う。

 敵わない。

 せめて生物学の知識があれば、ここに含まれているであろう嘘だって見抜けたかもしれない。無いものねだりだけれども。

 でも、せめて、一言だけでも反撃したい。

 「あなたたちの国の技術だと、私と美岬の子供の発生シミュレーションもできているでしょう?」

 「ええ、そのような技術は保有していますが、通常の発生ではない君たちの子供については、シミュレーションしきれませんね。遺伝情報の発現にしても、これからの研究テーマでしょう。

 もっとも、君たちの例はあまりに例外すぎて、解明された知識が普遍的に人類に役立つかも判りませんが……」


 グレッグが話していることがどこまで本当か判らない。それに、必要な情報をあえて落としている可能性だってある。そうやって、嘘はついていないけど、思考の誘導はするというやつだ。

 でも、だ。

 俺と美岬の子は、普通の子になれるかも……、か。

 それって、俺たちにとっては、まぎれもなく「救い」だよな。


 そんな感慨までもが押し寄せている俺に、グレッグは再度爆弾を落とした。

 「さて、サウスは、それを容認しますか?」

 思わずため息が出た。

 出てから、内心で感情を露わにした自分を叱る。


 俺個人としては、極めて喜ばしい。

 俺と美岬の子が、この感覚という呪いから開放されるのであれば、それはもう何ものにも代え難い。

 けれど、それは、「つはものとねり」との別離を意味するのだろう。それはそれで、良いことだとも思うけど。

 だけど、組織として、「明眼」という能力を失うことは大きなダメージのはずだ。

 それを「つはものとねり」は、本当に容認するのだろうか?

 美岬の両親だって、あれ程の経験をしながらも、結局「つはものとねり」から縁を切ることはできないのだ。

 俺は、ここでも無言になるしかない。


 車は、スマートインターチェンジを降り、ぐるっと回って再び高速に乗った。話が半分終わり、帰り道で残り半分を話すのかな、などと思う。


 「ここで提案です。

 サウスが、それを容認しない場合、また、容認したとしても君と美岬さんが望むならば、アメリカ国籍を得る自由があります。

 その際の取引材料はたった一つ、君たちの遺伝子を遺伝資源として確保させてもらいたいということだけです。それだけで、君たちは一生安泰に生活できます」

 グレッグの言いたいことはこれなのか。


 「すでに、私たちの遺伝子配列は読み切っているんでしょう?

 私たちが、グレッグの言うような能力を持っていたとしても、その提案に意味はないでしょう?」

 グレッグは声に出して笑った。


 「双海君、君は君で、日本という国を過小評価していますね。

 君たちの遺伝子は、発現の状態を巧妙に誤魔化して、その配列がすでに日本から世界各国に対して特許申請されているのです。よほど凄腕の弁理士だったのか、権利と範囲の設定が絶妙で、こちらはおおっぴらには使えない。

 まあ、使ってしまうこと自体はできなくはないでしょうが、まずはその遺伝子の所有権者に直接協力を求めているのです。君たち遺伝子の持ち主本人には、この特許の法律は適用されませんからね」


 ……そんなこと、全然知らなかった。

 怒りとか別に湧かないけれど、ただ、ただショックだった。

 俺たちの遺伝子、すでに特許を取られているって、なんで俺自身が知らないんだよ?

 これも、守られている一環と言えば言えるだろうけれど、それにしても……。

 これを素直に喜べと言われても(うなず)けやしない。

 俺たち、利用されているだけなんだろうか?

 そんな深刻な疑念さえ浮かぶ。


 俺の受けているショックを見透かしているに違いないグレッグは、追い打ちをかけてきた。

 「君たちは、この薄汚れた世界にいながら、限りなく善意でものを見ていますね。

 けれども、サウスは、この情報を得たのち、君たちの子供が能力を失うことを本当に容認するでしょうか?

 君たちを、最終的には引き離す決断をしないと言い切れますか?

 『誰かを助けたい、誰かを守りたい』、その姿勢は素晴らしいです。

 でも、冷静に考えてください。

 そのためには、どこにいて、どこに属するのが有効なのでしょうか? 日本というこの狭く制約の多い国家で、しかもそのバックアップに過ぎないサウスの守りをしていて、そんなことが本当にできますか?

 アメリカに来なさい。

 君の能力を最大限に活かし、世界中の人々を助け、守ることができます。

 本当の人生を、君と美岬さんは過ごすことができるのです。そして、君たちの子供がどのような子供であっても、最高の教育を保証しましょう」


 「混乱の極み」ってのが、俺の心境だった。

 おそらくは、俺と美岬の会話も盗聴されていた。でも、それをショックに感じるより、グレッグの言うことのすべてが当然の帰結に感じられて、反論なんかできなかった。

 心の中のどこかが、「それは違う」と叫んでいたけれども、どこが違うのかは理性では判らない。

 だってさ、アメリカからの『誰かを助けたい、誰かを守りたい』であったとても、「やる偽善」のほうが「やらない善」や「できない善」よりずっと良いはずなんだ。


 「時間をください」

 俺が口から絞り出せたのはそれだけだった。

 「いいでしょう。

 日本は、君たちのある程度の遺伝子解析はできていても、全配列の読み取りまではできません。一定規模以上のDNAシークエンサーとスパコンを自由に運用できるのは我が国だけです。

 だから、情報を提供しました。

 君たちの人生です。

 繰り返しますが、君たちの組織の人とも相談するといいでしょう」


 赤いスポーツカーは、高速を降り、俺の家に向かう。

 いいよな、人工衛星を一手に握っている国は。

 時間とか、なんも気にしなくて良くて。


次回、波紋、の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ