18 結尾
夏の満月が煌々と庭を照らしていた。
月に照らされた木々の葉が、白く輝いている。
「見事なものよ」
水戸斉昭の声は、上機嫌に弾んでいた。
蟄居とはいえ、水戸に戻っていれば、江戸にいるより気楽というものであった。当主であれば我儘も利く。
政敵といわれた者も、半年も前に江戸城前の雪を血に染め、この世から去った。居合で一派を立てるほどの腕があっても、駕籠の外から鉄砲で撃たれれば如何程のこともできぬ。
ふと、立ち上がる。
「殿、どちらへ」
「馬鹿者、厠じゃ。
よい」
よいとは、共に立とうとした小姓を止めたのである。
斉昭は少し怪しい足元を踏みしめる。
この程度の酒でふらつく体を小姓に支えられるのは、弱みを見せるようで憚られた。
水戸に戻ってのちは、夏というのに脚気の症状が治まりつつあった。
江戸ではあまり大っぴらにできなかった薬食いが、ここでは気儘にできているためやもしれぬ。もしかしたら、暑さが和らぐ秋には完治も夢ではないとも思う。
完治したならば再び江戸に上り、蟄居を取り消させ、我が意を世に徹すのだ。
その嬉しさ、体調のよさから、いつになく月見酒の杯を重ね過ぎたかもしれぬ。
とはいえ、一人で歩けぬほど過ぎ過ぎているわけではなし、火照った頬に当たる夜風が心地よい。
そのまま歩き出し、厠まであと数歩というところで、不意に視界がくるりと上下反転し、自らの腹に締めていた帯が目の前を通り過ぎた。
それが何を意味するか解すより先に、斉昭の意識は痛みも感じず、ただ暗転した。
地に転がる首がその動きを止める前に、拭いと納刀を終えた初老の浪人が悠然とその場を去って行く。
月のみが、背後を一顧だにしないその背中を見つめ、蒼く照らしていた。
次回、進路相談
第九章、18歳、秋(高校最後の推理)になります。
が、もう少し手直ししたいので、連載開始までちょっと時間をいただきます。
全十章で、ひとまずは終わる予定です。
おつきあい、ありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします。




