31 失敗と漫才
俺たちの旅行中、慧思の妹の弥生ちゃんは、俺の姉と生活していた。そのせいか、慧思が言うには、食生活の大幅な向上が見られるそうだ。
そうか、そんなに料理の腕が上がったのか。
弥生ちゃんを見ていると、辛いものがある。弥生ちゃんより、もっと小さい頃の美岬が、肩の関節を破壊されていたのを連想してしまうからだ。
やっぱり、辛いわ。
遠藤さん、あんた、やっぱり鬼だよ。俺はどんな条件があっても、弥生ちゃんに暴力を振るうことはできそうにない。
でもね、それでも鬼の辛さも理解はできるんだ。俺は、弥生ちゃんに暴力は振るえないけれど、美岬にはどうだろう? 生まれながらの宿命で、それによる洗脳をしなければ生きて帰れないとき、いくら辛くても、それができる方が優しいということなんじゃないだろうか。
今の俺には、まだ、わからない。論理と心情が一致しないんだ。
ともあれ、その弥生ちゃんも、今日は再び姉のところだ。
今日、慧思のアパートには、慧思と近藤和美さん、同じクラスの飯嶋望美さんと浅見香美さんがいる。
今気がついたけど、むちゃくちゃハーレムじゃねぇか。慧思の奴、羨ましいとまでは言わねぇけど、十分、恵まれているんじゃねーのか?
「真、行くわよっ!」
美岬、ノリノリだな。
近藤さんの慧思への思いは確認がとれているもんだから、気持ち自体は楽だ。
近藤さん自身は、慧思の告白をもう聞いているけど、その後時間が経ち過ぎていて、自分から言い出しにくくなっちゃっているだけみたい。
「はいはい」
と返事して、呼び鈴を鳴らす。
「おう」
慧思が顔を出す。
「来たぜ」
「おう」
美岬と一緒に、慧思の部屋に上がりこむ。
これから、俺が、なんだかんだと飯嶋望美さんと浅見香美さんの注意をひく。その隙に、美岬が慧思と近藤和美さんの間に「あなたたち、両思いだしそろそろいいじゃん爆弾」を投げ込む計画。
投げ込んだら撤収、デートだ。
「こんちわー」
まずは挨拶、挨拶、と。
のぞみんこと飯嶋さんが、真っ先に口を開いた。
「ねぇ、双海くんが菊池くんのところに来るのはわかるけど、なんで、みさみさがここにいんのよ?」
なんだ、そのいじめ発言……。
あっ!
一瞬で、顔から血の気が引いた。
「あ、そこで今、偶然会ったから……」
もごもご。
美岬、君も今、気がついたな?
呆然としてないで、なんとか言い訳考えろ!
かーみちゃんこと浅見さんが高い声で叫ぶ。
「もしかして、双海くんとみさみさ、付き合ってるの!?」
げっ、学校ではバレないように、細心の注意を払ってきたのに。
あ、美岬が凍ってる。たぶん、俺も半分以上。
なんで、自分自身の設定忘れるかなぁ、俺たち。
これって、よりによって、この二人にお題を与えちゃったことになる。
もう、おしまいだ……、よ。
視界に白い布がかかったような気持ちになる。
「人の話を聞けって。偶然だって……」
「それはないでしょう、さすがに」
「他の誰にも言わないから、白状しちゃいなさいよ。
前から、なんとなく怪しいとは思っていたんだよね」
嘘だ!
絶対、嘘だ!
他の誰にも言わないわけあるか!? すぐにでも女子のネットワークに流すだろ、お前ら。
「本当に、偶然会ったんだって。で、のぞみんたちも来ているって、真が言うから……」
美岬、君ってばさ、最低最悪に嘘、下手だな。
つか、舞い上がりすぎ。
ダメだ、こりゃ。
「『真』だってぇ!?」
「やっぱり、付き合ってるじゃん!」
……美岬、自ら掘った墓穴の中で即死中。
何度目だろう、ダメだ、こりゃ。
美岬、顔、真っ赤。
俺も、頬が熱い。
かーみちゃん、急に妙に物分りの良さそうな態度になった。幾多の男子を落としてきたトラップだ。本人はあまり自覚していないってのが、タチが悪い。
「ねぇ、みさみさ、じゃあさ、付き合ってないならそれでいいからさ。今日はなにしに来たの?」
あーあ。ダメだ、こりゃ。
美岬、ガールズトークで攻められると、本当に耐性ないなぁ。いいようにやられちゃってるわ。
「えっ? あのね、えっと……、双海くんにたまたま会ったら、のぞみんとかーみちゃんもここで勉強しているって聞いたから……」
ダメだ、こりゃ。間が空きすぎ。嘘は、さらっと吐かないと。
そう、慧思みたいに。
「もしかしてダブル・デートの相談!?」
今度はお前か、のぞみん!
なんでそーなる!?
「やっぱりぃ?」
「菊池くんとなごなごの方は、ほんと、分かりやすくみえみえだったもんねぇ」
「ぐふぐふ、長い春が続いていると思って、やきもきしておりましたが、ようやくですなぁ」
「是非とも、いろいろと、逐一、進行状況を細かくお聞かせ願わないとですねぇ」
「いやいや、生温かく見守って、みさみさとなごなご、それぞれどこまで行くのか、毎日私たちがチェックをしなければですよ」
「毎日チェックって、あんたの方がえげつないやん。で、どこまで行くのかってなんのこと?」
「東京まで……って、そんなわけあるかって、でへでへ」
おまえら、その口調でその漫才はやめろ!
いや、ごめんなさい。どんな口調でもやめてください。
慧思と近藤さんも、いきなり矛先が向いて、……針の筵。
近藤さん、下向いちゃったよ……。
目的は、果たしたんだろうけど、なんでこうなるんだ!?
それから、二十分、ボケとツッコミの絶妙な間で問い詰められましたとも。
「真は、私のだ!! そう言ってるじゃん!!」
あ、ついに美岬が壊れた。
「ついに言いやがりましたよ、かーみさん。この娘ってば、恥ずかしげもなく『私のだ』ですって」
「おやおや、近頃の娘は、ほんまに恥じらいってものを忘れてしもたねぇ、のぞみんさん。ウチは、こないな風に育てた覚えはないんやでぇ」
「おや、みさみさをお育てになられたんですか?」
「いや、せやから、育てた覚えはないと」
「そんな放任されてた娘は、恥じらいもなく、素直にもなれず、ぐへぐへぐへ」
「はい、シラを切っとるけど、ぼちぼち白状して楽になっちゃいそうな感じやね、うひゃうひゃうひゃ」
「二人とも、ぶっ殺す!!」
美岬が叫ぶ。
あっ、やっばり、そう言い出す?
のぞみんとかーみちゃん、爆笑してますけど。
「お前ら、なにしに来たんだよぉ」
慧思がぼやく。
俺は、文字通り頭を抱えた。
本当に何回目だろ、ダメだ、こりゃ。
漫才は際限なく続いた。
ああ、酷い目にあっているけど、なんて平和なんだろう。
日常の有り難さを、そう有ることの難しさを、しみじみと感じているよ。
これでこの章も終わりです。
ありがとうございました。
引き続き、幕末編に続きます。
よろしくお願いいたします。




