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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました  作者: 林海
第七章 18歳、夏(全31回:渡米編)
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25 ボストンの休日


 ボストンは楽しかった。

 朝食は、ホテルで無料で食べることができた。牛乳もローファットだけでなく普通に白いものもあったし、コーヒー、紅茶も飲み放題。パン、コーンフレーク、フルーツも豊富だった。

 なにより、黒人のスレンダーなお姉さんが、毎朝アメリカ式のビスケットを焼いてくれたのが素晴らしかった。ケンタッ○ーフライドチキンで売っているような、高さのあるサクサクふわふわの奴。これにバターを付けて頬張ると、三人揃って笑みが浮かんでしまう。


 食べ終わると、地下鉄のグリーンラインに乗る。これで安上がりに何処へでも行けた。

 初日は、ボストン茶会事件の博物館に行き、お昼はクインシー・マーケットで食べた。

 クラムチャウダーは磯臭さが少なくて、日本のアサリとは違う貝なのかなと思ったけど、慧思が追加を買いに走ったほど美味しかった。

 ロブスターサンドはほぐしたロブスターたっぷり。大きなピザも、アーティーチョークがどっさり乗っていて美味しかったけれど、食べ終わる頃には三人で天井を見上げてため息を吐いた。満腹すぎて苦しい。


 いいなぁ、アメリカ。

 もっとも、この生活が毎日だと、あっという間に顔が丸くなりそうだよね。

 午後は、MIT、マサチューセッツ工科大学の中をぶらぶらした。


 俺たちは、大学は国内ならばどこでもいいけれど、海外の大学は禁じられている。

 そりゃそうだ。

 グレッグにぼろを出さずに、ここで生活を続けられるはずがない。禁じられていると輝いて見えるってのはあるけれど、それでも別世界すぎてぴんとこない。ここに留学に来る人たちってのは、どういうエリートがどういう伝手を使うんだろう? と三人で不思議に思った。

 たぶん、俺たちのような早期教育による似非秀才じゃなく、本物の天才が来る場所なんだと思う。


 二日目は、観光を兼ねて街を散策。

 午前はビーコンヒル。美岬の希望で、『若草物語』の作者、ルイザ・メイ・オルコットが暮らした家を見た。

 午後は、バックベイに移動、トリニティ教会と図書館の建物の素晴らしさに絶句。

 どう観ても、豊かさのレベルが違う。


 最終日は、ボストン美術館。

 仏像など、ここは奈良か、京都かというほど充実していた。

 特別展をやっていて、チケット売り場のお姉さんが料金と内容の説明してくれたんだけれども、さすがにその詳細は専門用語も入っていて聞き取れなかった。

 三人で顔を見合わせていたら、お姉さん、日本語に切り替えて説明してくれた。グレッグ以外で初めて日本語を話す人に会ったよ。目の周りが真っ黒になるほどシャドウを入れて、パンクな格好をしたお姉さんだったので、一瞬の間、日本語を喋ってくれていることが理解できないほどびっくりした。


 それなのに、日本美術から西洋印象派まで見たあたりでダウン。途中、美術館の中でお昼を食べて休憩もしたんだけど、体力が保たなかった。

 疲れも出たんだと思うけど、見応えありすぎ。

 日本のものは尾形光琳なんかもあってすごかったんだけど、それ以上に、西洋絵画は美術の教科書に載っている絵があちこちあるんだもの。いちいち、その度に圧倒されてちゃ、体力も精神力も保つはずがない。


 午後三時ぐらいで、ホテルに帰って昼寝をしようって提案したんだけど、慧思は帰らないという。それどころか、とんでもないものを取り出してきた。フェンウェイ・パーク球場、レッドソックス公式戦チケット。午後八時試合開始のやつ。

 それも一枚だけかよ。

 これからフェンウェイ・パーク・ツアーに乗って球場見学し、選手たちの練習開始を観れる六時前には席に入りたいから、そろそろ行きたいんだと。


 驚いたけど、明日は日本に帰る日。

 日本に帰ったら、いつもの日常。そう、美岬と一緒に居られる時間は激減する。

 慧思、お前ってやつは……。

 「ポップコーンとホットドックで晩御飯!」と浮かれている裏には、俺たちへの気遣いがあるんだな。

 ありがとうな。本当にそれしか言えない。



 − − − − − − − 



 ホテルに帰ってシャワーを浴びる。

 やっぱり夏なので、それなりに自分が汗臭くて嫌になる。まして、特殊塗料で毛穴が塞がれているので、暑いなんてもんじゃない。地味に体力を奪われるね、これ。

 美岬も浴びて、エアコンの効いた部屋で、二人になる。体表の温度が下がるぐらいのことが、素晴らしい快感に感じる。あとでDNA分解酵素、撒かなきゃだけど。

 疲れ取りのオレンジジュースをコップに注いで、ベッドに並んで座る。やっぱり、靴を脱げると楽だよね。毎日、二万歩以上歩いているもんな。


 「なぁ、慧思になんか報いたいんだけどさ」

 「私もずっと考えていたんだけど、帰りの免税店でお化粧品を買おうかなと思ってる」

 「んで?」

 「なごなごにおみやげ。それで、菊池くんをどう思っているか、しっかり聞き出してみる」

 なごなご、すなわち近藤和美(なごみ)さんへのルートを確立させるのか。それならば、お礼として十分だよな、確かに。

 「んで? んで?」

 「帰ったら、菊池くん、なごなごと勉強する機会があるんでしょ?

 あの子、なかなか本音を出さないところあるから、菊池くんをどう思っているか判らないけれど、それでも菊池くんと話すとき体温が上昇するのよ。だから、見込みはかなりあると思っているの」


 さすがだなぁ。

 四十人近くの体臭が混じり合っている教室の中では、なかなかに細かい観察が行き届かないし、女子の香料類の渾然一体化した中じゃ余計判らないことがある。

 おまけに、嗅ぐというのは積極性を必要とする能力で、自制や遠慮していると判らないことが多い。俺、美岬以外の女子の強いにおいが流れてくると、結構、無意識に息を止めちゃうんだよね。


 けど、視覚ってのは、そのあたり関係ないもんなぁ。

 「姐さん、さすがっすね」

 「もう、ふざけないの!

 たぶん、気持ちはあっても踏ん切りがつかないパターンだと思う。菊池くんも忙しいから、一緒に遊びに行くとかの機会も作りにくいし、ずるずるそのまま行っちゃってるんだと思うな」

 「なるほど」

 確かに、そんなとこだろうとは思う。

 「だから、ちょっといいお化粧品をお土産にして、逃げられないようにしてから確認を取る」

 ふむ、なるほど。


 ただ、俺は、なお、それより大きな問題があると思っていた。

 「了解。

 たださ、一ついいかな。うまくいったら、近藤さんも『とねり』の仲間にならなきゃならないの?」

 「そんなの、菊池くん次第よ。表の顔しか奥さんに知らせていない『とねり』は結構いるって聞いてるし」

 すげぇな。外国出張とか、どうごまかしているんだろ?


 「あいつってばそれを知らないから、近藤さんを巻き込まないために、身を引いているんじゃないかな?」

 「真、帰りの飛行機の中で、雑談にかこつけて話しておいてくれないかな?」

 「あいよ、話しとく。

 で、話を戻すけど、近藤さんの気持ちの確認がされたらどうするの?」

 美岬が、ぴとっと、くっついてきた。 

 (はかりごと)は密なるを持って良しとする、か。

 秘密より、密着の密だけど。


 「二人が一緒に勉強するときに、乱入、即時撤収ということで」

 「乱入、即時撤収の間に、どんな作戦を展開するん?」

 「二人が一緒に勉強するときってさ、二人きりじゃないじゃん。菊池くんちのアパートだから、妹の弥生ちゃんもいるし、歴史が苦手なのぞみんが来ると、かーみちゃんも自動的に一緒だと思う。

 だから、まず、真のお姉さんにも手伝って欲しいんだけど、弥生ちゃんにはお姉さんのところに遊びに行ってもらいたいの。それから、真には、のぞみんとかーみちゃんの気を引いて欲しいんだよね。私がその役をすることも考えたんだけど、真のアロマの話の方が、確実にあの二人の注意を引けると思わない?」

 うちのクラスの三美が揃い踏みかぁ。


 なごなごこと近藤和美さん、のぞみんこと飯嶋望美さん、かーみちゃんこと浅見香美さん。で、割りといつも一緒にいるから三美と。

 クラスの男子の中では、「名は体を中途半端に表す」と言われている。

 んでもって、三美のうち誰が表しているか、表してないかは、クラスの男子誰もが、拷問にかけられても女子と他クラスの奴には言わねぇ。なんせ、男子からの人気は、逆比例しているからだ。


 学級委員タイプより、サバサバしていて性格が男らしい女性って異性問題の相談相手にしやすいし、話して理解し合えると思うと、その男子は自分から落ちちゃうんだよね。なんかのトラップかと思うくらい。

 それはともかく、のぞみんとかーみちゃんは、我がクラスの漫才師という評価は確定していて、芸人としてはイイ線いってる。かーみちゃんにいたっては、小学生の時まで大阪育ちだから、大阪弁も最強。


 「そうだね。なんなら、ちょっとしたアロマオイルを用意すれば、食いついてくる可能性は高いよね、あの二人なら。でも、近藤さんまで付いてきちゃったらどうする? もしくは、あの二人が食いついてこなかったら?

 いっそ、お題でも与えて、漫才をさせとこう。あの二人なら、いつもの調子で半日ぐらいは喋ってるぜ」

 「だめよ、あの二人に漫才させたら、それこそぶち壊しよ。あの二人が邪魔したら、私がぶっ殺す」

 「待て待て待て待て待て、殺すな」

 握りこぶしが怖いわ。ってか、女子同士のこの辺りの言葉の荒さって、なんなんだろうね?

 美岬がこういうの、女子の中ではおとなしい方だって知っているだけに、余計に解らない。ぶっ殺すだの、絞め殺すだの、吊るだの恐ろしいことを女子同士では口調も可愛く言ってるのに、男子には片鱗も出さないんだぜ。

 出すときは、その男子が眼中に全くないときだよね。


 まぁ、俺の理想の美岬と本物の美岬が一致しているはずもないわけで、でも、一致していないから発見があって面白いわけで。

 「だから、うまく二人を引き離してよね」

 「何が、『だから』なんだよ? 全然事態が改善してないよ。それに、引き離せなかったら、俺のせいで二人を殺すって言ってるようなもんじゃんかよ? ふざけんな」

 こっちこそなんの漫才だと思いながら、ツッコミを入れる。


 ついでに、思いついたことの確認を取る。

 「美岬さ、もしかしてだけど、俺を引き離し役にするのは、爆弾落としたときの慧思と近藤さんの反応を直かに見たいからじゃない?」

 「えっ?」

 図星か。

 この野次馬め。


 「野次馬じゃないなら、絶対成功させろよな」

 「……はい」

 まったく、男から見ると、女子ってちぐはぐだよなぁ。なんで、恋バナになると、ここまで積極的になるかねぇ。自制心が必要以上にまで強い美岬だから、よけいに不思議だよ。

 でも、成功の見込みは高いと思う。なんとかなりそうな気がする。

 なんとなく、肝心なことを忘れているような気もするけれど。


 「ねぇ……」

 なんで、急に上目遣い?

 「なに?」

 「ねぇ……、可愛がって」

 次の機会は、何年後になるか分からない。

 でも、この言葉だけで一生耐えていけそうだわ。

 

次回、帰国



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